第24話 ぜんぶこっちへ
地下は、外の儀式の華やかさとは別世界だった。
石の祭壇。たちこめる、濃いお香。壁ぎわには、白い寝台がずらりと並んでいる。
その上に、子どもたち。眠らされているのか、みんなぐったりしている。
ノラちゃんの顔も、あった。
わけもわからず、寝転んでいるだけみたいだ。
ただ、近くで見ると、どの子も見ていられないくらい黒い。今日のために、目いっぱい溜めこまされたんだ。
手が、うずく。これが怒りってものなのか、いつものくせなのか、自分でも分からなかった。
祭壇のまわりには、フードや頭巾やベールで顔を隠した、身なりのいい人たち。貴族か、お偉方だろう。みんな息をつめて、中央を見ている。
その中央に、エルフリーデさまが立っていた。
純白の祭服。今日は、いちだんと神々しい。
……でも、わたしの目には、あいかわらず。あのくすみが滲んで見えた。
高位神官が、よく通る声で祈りを唱えはじめた。
古い言葉で、意味は分からない。でも、その響きには、ぞっとするものがあった。
やがて神官が、両手をかかげる。
「聖女エルフリーデさま。さぁ、器の実りを。どうか、お勤めを始めてくださいませ」
器の、実り。
あの子たちに溜めこんだ、黒いもののことだ。
いよいよ、だ。
わたしは、隅で道具袋をぎゅっと握った。
マリーが、リリが、ユーリさんが。それぞれの場所で、息をのむ気配がした。
エルフリーデさまが、こちらをちらりと見た。
目が、合う。
……やりましょう。
その目が、そう言った。
エルフリーデさまが、両腕を大きくひろげた。
エルフリーデさまの力は、〈転嫁〉……穢れを“よそへ動かす”力だ。いつもは、客から預かった穢れを、子どもたちへ押しつける。そして子どもたちごと、儀式の資源にする……。
でも、今日は——逆だった。
ずらりと並んだ寝台から、黒いものがいっせいに噴きあがった。何十本もの、黒い糸みたいに。
それが宙でうねって、エルフリーデさまのほうへ。
ぜんぶ、ぜんぶ、あの人ひとりへ吸いこまれていく。
子どもたちから引きはがして、ぜんぶ自分の中へ。それが、あの人の「方法」だった。
「な、何を!」
高位神官のしゃがれた叫び。
……聞いてはいた。でも、目の当たりにすると、息が止まりそうだった。
子どもたちの肌が、みるみる白くなる。ノラちゃんも、ほかの子も。
かわりに——エルフリーデさまが、白い祭服の上から、ぶわりと黒く染まっていった。
何十人ぶんの穢れを、たったひとりで。
わたしには、視える。あの黒さが、どれだけのものか。
あんなの、人ひとりが抱えていい量じゃない。布なら、とっくに裂けて、ぼろぼろになってる。
早く。早く落とさなきゃ、あの人が、もたない。
「……っ」
膝が、がくりと落ちる。
それでも、両腕はひろげたまま。一滴も、こぼさない。
しんと静まっていた地下が、いっぺんに騒然となった。
「なにをしているッ!?」
高位神官が、顔を真っ赤にして叫ぶ。声が、裂けていた。
「正気か……! それは贄だぞ! 幾年もかけて、満たしてきた……! 渡り人を、この世に呼び出すための贄だというのに!」
わたり、びと。
聞いたことのない言葉だった。なんのことだか、さっぱり分からない。
その一言で、頭巾の人たちが、いっせいに息を呑んだ。聞いてはいけないことを聞いた、という顔で。
「渡り人……。異界より人を、呼ぶという……」
「まさか、この儀式は……そのための……」
頭巾の下から、掠れたささやきが漏れて、すぐに消えた。
貴族たちのどよめきは大きくなるばかりだった。
いつもの儀式とは、まるでちがう。
なぜ、聖女が自分から穢れをかぶるのか。
子に押しつけるための力で、なぜ、自分が引き受けるのか。からくりを知る者ほど、信じられない、という顔でざわめいていた。
神官たちが、いっせいにエルフリーデさまへ駆け寄ろうとする。
でも、もう遅い。
まっ黒な顔で、エルフリーデさまが、それでも笑った。
わたしのほうを見て、はっきりと言った。
「サボン。……あとは、おねがい」
まっ黒になったその姿を見て、全身の血が、かっと熱くなった。
ああ。いままででいちばん、大きくて、黒い。
いちばん、落としがいのある汚れ。
それに、今日のこれは、いつものとちょっとちがう。
落としがいに、うずうずする。それは、ほんと。
でも、それと同じくらい、早くあの人を楽にしてあげたかった。
こんな気持ちは、汚れを前にして、はじめてだった。
でも、ここじゃ落とせない。神官たちが、もうすぐそこまで来ている。
だから、まずは逃げる!
「ユーリさん! 聖女さまを、お願い!」
わたしが叫ぶと、ユーリさんが人垣を突き飛ばし、エルフリーデさまを担ぎあげた。
マリーとリリは、子どもたちのほうへ走る。
わたしは、道具袋を抱えて駆けだした。
石鹸水を仕込んだ、あの廊下へ。
丸洗いのはじまりだ!




