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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 結実の章

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第99話「奪うより、取引が得」

 朝の光が、丘の南の縁から斜めに上がってきた。

 昨日の三人が降りていった林の縁の方角に、もう影はなかった。風は弱い。冬の入り口の風は夜の間に一度止まり、夜明けにまた低く吹き始めた。空き地の上には、煎じの薬草の薄い青い匂いだけが残っていた。


 ソウは作業場の脇の平らな石の前にしゃがんでいた。

 石の上には粘土板が五枚並んだままだった。配給板。鍬印板。白板。医療制度板。カナの薬の板。指の腹で五枚目の縁を一度なぞった。縁の白さが朝の光の中で、昨日よりわずかに沈んで見えた。


 頭の中の白板の方では、別のものが動いていた。

 三人の男の目が留まった場所。住居の数。畝の縁。陶器大壺。煎じの火。そしてこの五枚の板。見られた場所が、一つずつ線になって並ぶ。線はまだ何も意味を持たない。だが、並ぶ場所がどこに空いているかは、頭の中で形を持ち始めていた。



「シフトは変えない」


 梯子の下から、リアの声が静かに上がってきた。

 ヒガとダイの交代の間に、リアが半呼吸だけ口を開いたのだった。ヒガが頷きを返す。ダイが梯子を登り直して、南の斜面の方角に背を向ける。リアは梯子の脇に立ったまま、見張り台の上のダイの黒い影と、南西の林の縁の方を、一度ずつ目で確かめた。

 ソウは石の前で顔を上げた。リアの背中はまだこちらを向いていない。だが、リアの肩の線が、昨日の夕方の柵の脇に立っていた時の角度と同じだった。


 ガランは焚き火の脇のいつもの位置で、膝を落としていた。

 昨日の夜に飲み残した煎じの椀が、まだ脇に置かれている。火の方を見たまま、ガランは咳を二度落とした。短い咳。


「……埃だ」


 ガランは低く言った。

 誰も振り返らなかった。振り返らない動きが、振り返る動きと同じ形をしていた。



 日が高くなり、また傾き始める頃まで、丘の上の動きはいつもの動きと一つも変わらなかった。

 オンが粥の鍋の脇で杓を動かし、カヤが煎じの火の縁から目を上げない。アサとハナが空き地の縁で椀を並べ、キイがその脇でカナの椀の方角は見ない位置を保ったまま、椀の山の脇に立つ。子の何人かが川から水を運ぶ革袋の脇に集まって、笑い声が一度、低く立った。


 日常は止まらなかった。

 止めないことが、たぶん今日の形だった。


 だが、誰の頭の中にも南の斜面の方角の影があった。話さなかった。話さなくても、それが座っているのは分かっていた。



 夕の光が丘の南の縁から薄くなった頃、焚き火の脇に主要な顔が自然と集まった。

 ガラン。ソウ。リア。テツ。ベン。ハマ。ヨル。焚き火の輪の外側にカヤと、煎じの椀を運び終わったオンが立っている。ダイは見張り台の上に残った。ヒガは柵の南の側で、丸太の上に両手を置いている。

 誰が呼んだのでもなかった。誰も呼ばずに、座る場所が一つずつ埋まる。


 焚き火が一度、低く爆ぜた。

 二つの椀と、その隣の板の縁を、火の光が斜めに撫でていく。


 ガランが火を見たまま口を開いた。


「昨日の続きだ」


 短い声だった。

 ガランの声は、いつもの命令の声よりも半音だけ低かった。



「戦うか」


 リアが最初に口を開いた。

 梯子から離れて、焚き火の脇に立っていた。座らずに、立ったままだった。


「あいつらが来る形なら迎える形がいる」


 リアは続けた。

 声は張っていない。だが、迷いの色もなかった。


「柵の二段。見張り台の高さ。落とし穴は進入路の三本にまだ残っている。矢じりは十二本ある」


「動くか」


 ベンが低く言った。

 ベンは焚き火の輪の外側に近い場所に膝を落としている。北の谷から来た男の声は、いつも、輪の内側に入りすぎない。


「動いて逃げる形もある/北の谷で——一度だけ見た」


 ベンの声の語尾は途切れた。

 ベンが見た北の谷のその一度は、ベンの一族の半分が消えた一度でもあった。誰もその先を問わなかった。



 ソウは焚き火を見ていた。

 火の縁から薄く立ち上がる煙が、夕の風に乗って、南の斜面の方角へ流れていく。煙の流れる先が、昨日三人が降りていった林の縁とほぼ同じ角度だった。


「もう一つある」


 ソウは口を開いた。

 声は静かだった。輪の中の顔が一つずつソウの方を向く。リアは立ったまま、ガランは火を見たままだった。


「取引する」


 ソウは続けた。


「奪うより、取引した方が得だ」


 言ってから、ソウは火の縁から目を上げなかった。

 昔——どこか別の場所で覚えた言い回しが、丘の上の言葉に翻訳されて、焚き火の前に置かれた。置かれた言葉が、輪の中の誰の頭にも、いったん同じ場所で座る音がした。


「向こうが力で取れる物より、取引で出せる物の方が多い」


 ソウは続けた。

 指の腹を無意識に、焚き火の脇の粘土板の縁の方角へ向けかけていた。気づいて、指は途中で止めた。


「粒。薬草。矢じり。陶器の皿。それから——」


 ソウは一度、言葉を切った。


「数える形」


 最後の四つは、誰の頭の中の白板にも、まだ線として並んでいないものだった。

 だが、丘の上の五枚の板の上には、線としてすでに並んでいた。



「形か」


 ガランが低く繰り返した。

 ガランは火から目を上げて、ソウの方を見た。膝の上の右手が、一度だけ上下した。半秒。今夜はソウの目だけではなく、リアの目とテツの目も、たぶんそれを拾っていた。

 誰も、その動きの話はしなかった。


「形で、相手を動かす」


 ガランは続けた。


「戦わずに動かす」


 ガランの声は、断つように終わらなかった。

 最後の「動かす」の語尾が、焚き火の音の中にわずかに丸く沈んだ。


 ソウは頷かなかった。

 頷かない代わりに、両手を膝の上で軽く重ねた。



「だが」


 リアが立ったまま口を開いた。


「相手が形を見ない時がある」


 リアの声は責めの色ではなかった。

 ただ、防衛責任者の声だった。


「奪う方が早いと思った時、形は止まらない/その時迎える形がいる」


「止めるな」


 ソウは答えた。


「止めない。戦う準備は続ける。だが最初に取引を試す」


 リアは頷いた。

 頷きの動きは浅かった。だが、止めたのではなかった。


 ガランがもう一度、火に視線を戻した。

 火を見たまま、ガランは低く言った。


「両方やる」


 短い声だった。

 族長の決断の声だった。



 誰もすぐには口を開かなかった。

 焚き火の薪が一度崩れて、赤い塊が低く転がった。


 テツが火の脇で、自分の掌の上の小さな黒い片を、親指の腹で一度撫でた。

 ハミから受け取った黒曜石の片の、最後の一枚だった。撫でた指は、それ以上動かなかった。

 ハマが焚き火の輪の外側で、両手を膝の上に重ねていた。ハマの口は開かなかった。だが、ハマの肩の線がわずかに前に落ちた。前に落ちる動きが、頷くのと似ていた。


 ヨルが口を開きかけて、また閉じた。

 閉じた口の代わりに、ヨルの目がリアの方を一度、確かめるように見た。リアは梯子の方角を見ていた。

 ヨルは閉じた口を、それ以上は開かなかった。



「次は」


 ガランが低く聞いた。

 声は誰にともなかった。だが、焚き火の脇の顔の半分がソウの方に向いた。


「向こうが次に来る形を取るまで待つ」


 ソウは答えた。


「だが待つ間にこちらが置く形がある」


「何だ」


 ガランが火を見たまま聞いた。


「ハミに伝える形」


 ソウは答えた。


「ハミは春の入り口にまた来る。その時こちらが何を出せるかを数えて渡す。向こうの誰かがハミから聞く」


 ガランは答えなかった。

 答えない代わりに、煎じの椀を口に運んだ。一口。それから、火を見た。


 ソウの指の腹がもう一度、無意識に、焚き火の脇の粘土板の縁の方角を向きかけた。

 今度は止めなかった。



 夜の入り口の風が、丘の南の縁から低く上がってきた。

 風の中に、馬の汗の匂いに似た何かは、まだ混じっていなかった。乾いた葉の匂いと、焚き火の煙の匂いと、煎じの薬草の薄い青い匂いが、空き地の上を低く渡っていた。


 梯子の上のダイの黒い影が、南の斜面の方角を向いて立っていた。

 その斜め下で、リアが焚き火の脇から梯子の方角へ、静かに歩いていく。座らなかった輪の中の一人の背中が、夜の入り口の風の中で、輪の外側へ戻っていく。

 戻っていく動きが、止めたのではなく続けるのだと言っていた。


 ガランは焚き火の脇のいつもの位置に、膝を落としたままだった。

 咳はもう落ちなかった。



 ソウは作業場の脇の平らな石の前に、もう一度しゃがんだ。

 石の上の粘土板は五枚のまま。何も加わっていない。

 だが、頭の中の白板の方では、新しい線がすでに引かれかけていた。粒。薬草。矢じり。皿。そして——数える形。五つの線が上から下に並ぶ場所を、頭の中で量っていた。


 奪うより、取引が得だ。

 その言葉は、焚き火の前に置いた時、丘の上の誰かの頭の中にも座った。だがいつか——丘の外側の誰かの頭の中にも、座らせる形にしなければならなかった。

 そのための線はまだ引かれていなかった。だが、引く場所はそこにあった。


 焚き火の脇の二つの椀の縁を、夜の最初の闇が薄く撫でていく。

 その隣の五枚目の板の縁の白さが、闇の中でもう昨日のようには沈んで見えなかった。


 夜が、丘の縁から上がってきていた。

 風は止まらなかった。

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