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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 結実の章

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第72話「ここの蒔き方」

 三日が過ぎた。

 その間に丘の上の土は、上の層まで完全に緩んだ。指で押せば二節分ほど沈み、押した跡の縁が崩れずに残るようになった。蒔ける土の感触だった。


 四日目の朝、ソウは第三畑の北縁に立った。

 畑の縁に石鍬が二本、改良型が一本、合わせて三本が並べて置かれていた。テツが冬の間に刃の縁を研ぎ直していた三本だった。土に入れる前の刃は乾いていて、朝の光を細く返した。


 革袋がソウの足元にあった。

 昨日トウカが運んできたままの位置だった。袋の口は結ばれている。中の粒は四十二本分。皮ひもの印が結ばれていた穂から外した粒だけが、その袋に入っていた。


 別の革袋がもう一つ、その隣に置かれている。

 こちらの粒は、印のない穂から外した粒だった。数は多い。去年の秋に集落全体で外した粒の残りで、こちらは普段の収穫の種にする分だった。


 トウカが畑の縁を歩いてきた。


「畝、北縁の二列を切る」


 トウカが言った。声は短く、確かめる調子だった。


「印のある方を外側」


 ソウは頷いた。


「印のない方を内側」


「うん」


 トウカは石鍬を一本取り、北縁の一番外側の列をゆっくりと切り始めた。刃が土に入る音が、朝の畑の上で初めての音だった。



 空き地の方から、人の足音が並んで聞こえてきた。

 サガが先に来た。ノタとアズが続いた。ベンとタル、ジンも来た。ガンが少し遅れて薪の方の手を離してから来る。ヨルも来ていた。ハルは少し離れた場所からだった。

 全員、石鍬は持っていなかった。鍬はこの畑には三本しかない。ほとんどの者は、種を持つ手と土をかぶせる手が仕事になる。


 トウカが切った最初の溝の前で、サガが膝を折った。

 膝を折ってから革袋の口を解いた。印のある方の革袋だった。掌を浅くまるめて、粒を四つほど取った。


「一粒ずつ。間は指一本分」


 サガが言った。

 声には誰に向けるという形は付いていなかった。だが、視線は移住者たちの方に薄く流れていた。

 サガは溝の縁にしゃがみ、指先で一粒を溝の底に置いた。指の腹で軽く押して底に粒を据える。次の粒は、最初の粒から指一本分の幅をあけて置いた。同じように指の腹で押す。

 三粒目、四粒目。

 動きは速くなかった。だが、迷いはなかった。


 ベンが、その手元を見ていた。

 しばらく見てから、ベンは膝を折った。革袋から粒を取る掌の作り方は、サガと同じだった。だが、ベンの掌の中に入った粒は、サガより多かった。五粒。六粒。

 ベンは溝の縁にしゃがみ、指で土に小さな穴を掘った。深さは、指の第二関節の手前まで。穴の底に粒を三粒まとめて落とした。穴の縁の土を寄せて軽く埋めた。

 次の穴は、最初の穴から掌一つ分間をあけた場所だった。


 サガが手を止めた。

 ベンの方を見た。


「お前、それは——」


 サガの声は責める形ではなかった。確かめる声だった。


「北の谷では、こうやる」


 ベンが答えた。低い声だった。手元の動きは止めなかった。


「穴を深く。三粒まとめて。間は掌一つ」


 サガは口を閉じた。

 閉じたまま、自分の手元の溝に目を戻した。すでに置いた粒は、一粒ずつの間隔で並んでいる。ベンの穴とは、形が違った。



 タルが、隣の列の前にしゃがんでいた。

 手の中に印のない方の革袋から取った粒が、こちらも掌の浅いまるめの中にあった。タルの手元の溝は、サガが切った溝より浅かった。

 タルは溝の底に粒を置いた。間は、サガとほぼ同じ、指一本分だった。だが、置く粒の数は少なかった。タルの掌の中には、最初から三粒しか入っていなかった。


「東の谷では、浅い溝で蒔いた」


 タルが言った。

 誰に向けるでもない、独り言の形だった。


「土が厚くかぶさると、芽が出にくい」


 ヨルが、タルの背後で頷いた。

 タルの隣の列にしゃがみ込み、自分も浅い溝の作り方を指で確かめた。


「東の谷の畑は、土が固い場所だった。ここの土はもっと柔らかい」


 ヨルが言った。


「同じやり方でいいかどうかは、分からない」


 タルはヨルの方を一度だけ見て、頷いた。

 頷いて、自分の手元に戻った。



 ソウは畑の縁の少し高い場所から、その三つの動きを見ていた。

 サガ=指一本分の間隔、浅い溝、一粒ずつ。

 ベン=掌一つ分の間隔、深い穴、三粒まとめて。

 タル=指一本分の間隔、もっと浅い溝、一粒ずつ。

 三つは似ているところと違うところが、地面の上で並んで見えていた。


 ジンがその脇で石鍬を担いでいた。

 二本目の溝をトウカに代わって切る役だった。鍬を振り下ろす腕は、ベンに似た太さを持ち始めていた。

 ジンは溝を切り終えてから、父の方を見た。


「父さん」


 ジンが言った。

 その声は、低い場所から出ていなかった。十五の声だった。


「ここでは、どうするんだ」


 ベンは答えなかった。

 すぐには答えなかった。掌の中の粒を溝の縁の土の上に一度だけ落とし、それから自分の手元の穴をもう一度見た。

 穴の深さ。粒の数。間の幅。

 ベンの目が、サガの方の溝に流れた。



 ソウは畑の縁から一歩降りた。


「ここは、こうしてみないか」


 ソウは言った。

 声は張らなかった。誰かを止める形でも、誰かを直す形でもなかった。


「溝はサガのやり方。指一本分の間隔。一粒ずつ」


 ベンが顔を上げた。


「深さは、ベンの言うとおり、もう少しだけ深く。指の第一関節まで」


 サガが顔を上げた。


「土のかぶせ方はタルのやり方。薄く。指の腹で押すだけ」


 ヨルが、頷いた。


「数は一粒。だが、印のある粒だけ。印のない方はこれまで通り」


 ソウはそこで一度、息を入れた。


「今年は、これで一度やってみないか」


 誰も、すぐには答えなかった。

 サガは自分の手元の溝を見た。ベンは自分の穴を見た。タルは自分の浅い溝を見た。ヨルはその三つを見比べてから、ソウを見た。

 最初に動いたのは、ベンだった。


「分かった」


 ベンは短く言って、次の穴を作りかけていた手を止めた。掌の中の粒を二粒、革袋の縁に戻した。残った一粒だけを指の腹に持ち直した。

 次にサガが頷いた。


「指の、第一関節までな」


 サガは自分の指を一度溝の縁に当てて深さを測り直した。

 タルは何も言わなかった。だが、自分の浅い溝に薄く土をかぶせ直す動きをもう始めていた。



 第三畑の北縁の二列に、粒が並び始めた。

 印のある粒が外側の列に。印のない粒が内側の列に。間隔は指一本分。深さは指の第一関節まで。土のかぶせ方は薄く、指の腹で押すだけ。

 四つの手の動きの中から、一つの形が地面の上にゆっくりと立ち上がっていた。


 ハルが印のない方の革袋の脇にしゃがんでいた。

 粒を数える役だった。ハルは籠の中に粒を移しながら、数を口の中で繰り返している。声には出さなかった。

 その横で、コノが小さくしゃがんでいた。十歳の手は、粒を選ぶには小さい。だが、印のある皮ひもの切れ端を集める役は、コノの手に丁度だった。畑の縁に落ちた皮ひもの切れ端を一本ずつ拾い、空の革袋に入れていく。

 コノはそれを楽しそうにやっていた。

 穀物の粒と皮ひもの切れ端を、コノの目はちゃんと見分けていた。


 ガンは溝の終わりの方で無言で穴の縁の土を整えていた。

 ジンの石鍬がずれた一箇所をガンの掌が静かに直す。ジンが気づいて頷いた。ガンは頷きを返さず、次の場所に手を移した。



 ソウは畑の縁にもう一度上がった。

 日が高くなっていた。北縁の二列の半分まで、粒が入った。残りの半分は午後に蒔く。畑の中の三十七人ではなかった。畑にいたのは十人ほどだった。残りは別の場所で別の仕事をしている。


 空き地の方を見ると、焚き火脇でカナが鍋の縁の薬草を揉んでいた。鍋の縁の脇にバアの椀がいつもの場所にあった。今朝も光が当たっている。


 カナの隣にキイがいた。今朝も、椀を並べる役を引き受けているらしかった。

 その向こうの丘の北の縁に、カヤがしゃがんでいた。

 昨日も同じ場所にいたとソウは聞いていた。今朝もそこにいる。苦い葉の畝の縁。最初の芽の隣に、二つ目の小さな緑が顔を出していた。カヤはそれを、今日も触らずに見ていた。


 ソウは畑の方に目を戻した。

 北縁の二列の上に、ベンの掌があった。

 ベンは穴を作っていなかった。指の腹で、サガが切った溝の底に一粒ずつ粒を押し込んでいた。深さは指の第一関節まで。土のかぶせ方は薄く。タルの動きをまねた、指の腹だけの動きだった。

 ベンの手は速かった。

 ゴウザが「あの男の手は早い」と冬の入り口に言った、その手だった。


 ソウは小さく頷いた。

 それから、革袋の口をもう一度結び直し、畑の縁から降りた。

 次の溝に、自分の指を入れる時間だった。

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