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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 結実の章

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第68話「記録の必要」

「また人だ」


 南の見張り台から、ヒガの声が降りてきた。

 声の中に、前のような驚きはなかった。確かめの声だった。


「今度は五人」


 ヒガが続けた。


「二家族らしい」


 空き地で薪を割っていたソウは、斧を切り株の脇に下ろした。隣で粉挽きをしていたアズが、石臼の取手を握ったまま見張り台の方を一度見上げた。腕の中のハナはまだ眠っている。

 ソウは梯子を半分まで登り、ヒガの隣に並んだ。


 南の斜面の下に五人いた。

 先頭は男が二人。低い方が先を歩き、その腕の中に布の塊が抱えられていた。布の塊が動いた。歩き疲れた子供だった。

 子供を抱える男の後ろに女が一人。さらに後ろに若い男が二人並ぶ。前の三人とは少し距離がある。


「三人と二人」


 ソウは数え直した。


「家族と別系統」


「だな」


 ヒガが頷いた。



 ガランは空き地の北寄りで、テツの作業場の脇に立っていた。

 テツが昨日焼き上げた水のかめの仕上がりを二人で見ていた。粥の皿はすでに焚き火の脇でカナが使い始めている。

 ヒガの声を聞いてガランは作業台から離れた。歩き方はいつもの通り。だが最初の一歩の前に、腰のあたりに右手を一度だけ当てた。ソウだけが、その手の動きを見ていた。前にも同じ動きを別の場所で見た覚えがある。

 ガランは柵の南の側まで歩き、斜面の下を見下ろした。


「五人か」


 ガランは短く言った。


「お前が話せ」


 声の重みは、あの夜のドルクへの委ねの時から変わらない。

 ソウは頷いた。



 ソウは柵の上に立った。

 立った位置はベンの時と同じ場所だった。丸太の下の掌の感触まで覚えている。


「お前たちは誰だ」


 ソウは声を出した。


 先頭の背の低い男が、子供を後ろの女にそっと渡した。両手が空いた。男は丘を見上げ、息を一つ整えてから口を開いた。


「タルだ」


 声は乾いていたが、揺れなかった。


「妻のオン。子のキイ」


 タルは順に指で示し、それから後ろの二人の若い男の方を一度振り向いた。


「あいつらは、別だ。北の谷から、後を追ってきた。途中で——合流した」


 後ろの若い男の方から、背の高い方が一歩前に出た。


「ガン」


 その男は名乗った。低く短い声だった。それだけ言って口を閉じた。

 もう一人の若い男が、ガンの後ろから付け足した。


「ハク。ガンの弟だ」


 ハクの声の方が、兄より少し柔らかかった。

 タルの三人は東の谷、ガンとハクは北の谷。同じ斜面を別の動機で登り、途中で道が重なった五人だった。



 ヨルが柵の内側で、ソウの方へ歩いてきた。


「東の谷の言葉だ」


 ヨルが低く言った。タルの方を顎で示した。


「三人の方は分かる」


 それから、ガンとハクの方を見て、ヨルは小さく頷いた。


「兄弟の方は、北の谷だ。ベンと同じ尾根の向こう」


 ヨルの声にもう手探りはなかった。一度通訳役を担った男の声だった。

 ベンが住居の脇からこちらに歩いてきていた。ガンとハクの方を見て、一度足を止めた。ベンの目の中で何かが動いた。あの谷で残してきた者たちの、別の生き残りが二人、丘の下にいる。

 ベンは何も言わなかった。だがガンの方にわずかに頷いた。ガンも頷き返した。それだけだった。



 ソウは柵の上から、五人の方に声を出した。


「条件を聞く」


 ソウは続けた。


「働きで食う。子は働けない分は、こちらが食わせる。形が決まるまで、口を挟むな」


 タルが頷いた。ガンも頷いた。ハクは頷くより先に、柵の二段重ねの作りを見ていた。それから、慌てたように頷いた。


「やる」


 タルが答えた。


「ありがたい」


 ガンも続けた。一語ずつだった。


「お願いします」


 ハクの声だけが、わずかに長かった。だが長くなった分は、丁寧さの厚みだった。


 ガランが柵の脇から立ち上がる時、また右手が腰の脇に当たった。半秒で離れた。

 ガランは中央の方へ歩き、まだ手の動いていない者たちに短く声を出した。


「五人入れる」


 誰も反対しなかった。ムロが住居の入口の方から、ゆっくり頷いた。サガが鎌の手入れの手を止めて、こちらを見た。ミラが編み物の手元から目だけを上げて、五人の方を見た。

 ミラの目は、しばらく五人の方に止まっていた。



 リアが見張り台の足場から、音もなく降りてきた。

 門の脇に立ち、五人を一人ずつ見た。タルの目、オンの肩、キイの足の運び、ガンの背中、ハクの掌の指。最後にソウの方を振り向き、頷き合った。

 リアが門の閂を片手で外した。


 五人が入ってきた。

 タルが先頭で、布の竿は肩に羽織りのように担いでいた。オンがキイを抱え直して続いた。キイは目を半分閉じ、すでに眠りかけている。

 ガンとハクが少し遅れて入った。ハクは門をくぐる時、もう一度柵の二段重ねの方を振り返り、それから見張り台の足場の組み方を目で追った。ハクの目は、ものの作りの方を見る目だった。


 ヨルがキイの方にしゃがんだ。ヨルが何か低く言うと、キイはわずかに首を傾げ、小さく笑った。

 オンが初めて肩の力を抜いた。



 昼を回って、五人がそれぞれの仕事に少しずつ加わり始めた。

 タルは柵の脇で、緩んだ丸太の縄を結び直していた。一本目を結ぶのに他の者の半分の時間しかかからない。木の太さに対する縄の張りの加減を、手が先に知っている。二本目を結びながら、タルは目で次の緩みの位置を測っていた。

 ゴウザが薪の山の脇からその手元を見ていた。しばらく見続けたあとで、低く呟いた。


「あの男の手は早い」


 ゴウザの声は誰にも向いていなかった。


「畑で役に立つ」


 ゴウザはそれだけ言って、薪の山の方に視線を戻した。

 ソウは焚き火の脇からゴウザの背中を見た。あの「悪くない、冬だ」と同じ場所から出た声だった。誰にも向けず、火か薪か空気の方に置く声。働く者を見てゴウザが認める時の、声の形だった。



 その間、ガンは住居の脇で何もせずに立っていた。

 ガンの目は丘の南の斜面の方を見ていた。斜面の向こうに何かを探す目だった。

 ダイが空き地の中央からガンの方へ歩いていった。肩には弓がある。ダイは何も言わずガンの脇まで来て、もう片方の手で東の林の方角を指した。

 ガンが頷いた。二人は門の方へ歩いていった。


 ハクは、テツの作業場の脇に立っていた。

 立ったまま動かなかった。テツが粘土を捏ねている手の動きを見ていた。

 テツは手を止めなかった。捏ねながら、ちらりとハクの方を一度見て、また粘土に視線を戻した。

 ハクが、ようやく口を開いた。


「これは——どうやって」


 声は低く、短かった。

 テツは粘土を捏ねる手を止めた。ハクの方を一度見て、それから水のかめの粗形の方を指で示した。


「やってみるか」


 テツの声も短かった。

 ハクは作業台の脇まで一歩近づき、自分の掌を一度握って開いた。それから粘土の塊の隅に、指を置いた。テツがハクの手の動きを横目で見ていた。



 日が傾いた頃、カナが粥の鍋を空き地の中央に運んできた。

 今夜の配給だった。初めて焼き上がった粥の皿が二枚と、いつもの椀が並んでいた。皿の方は、子と老人に回された。

 配給が半分まで進んだ時、住居の方からタルとオンが備蓄壺の方へ歩いていった。今朝までこちらの倉庫役だったアズが、ハナを抱えながらタルの方に粒詰めの方法を低く伝えていた。ヨルが脇から通訳に入った。

 タルの手は、柵の縄を結んでいた時と同じ早さだった。粒を陶器の革袋の口に流す指の動きに、迷いがなかった。

 ベンが反対側の壺の方に回り、ガンの方を呼んだ。ガンは東の林から戻ってきたばかりで、肩には小さな獣を一頭担いでいた。ベンとガンが二人で、二つ目の壺の蓋を持ち上げた。

 その並びを、ミラが空き地の脇からしばらく見ていた。

 ヨルとタルが粒詰めの方で並び、ベンとガンが壺の方で並んでいる。北の谷から来た者と、東の谷から来た者と、ナギから来た者と、最初からの族民が、それぞれの位置で同じ作業の中にいた。

 ミラの編み物の手が、しばらく止まっていた。


 ミラはやがて立ち上がり、粥の鍋の脇に歩いてきた。

 カナの杓を一度借りて、配給を代わった。

 ヨルが椀を差し出すと、ミラは粥を注いだ。注ぐ時の杓の角度が、いつもより少しだけ深かった。椀の縁まで、粥が満ちた。

 ヨルは椀を両手で受け取り、ミラの方を一度見た。ミラは目を合わせなかった。次の椀を待った。

 タルが粒詰めから戻ってきて、椀を差し出した。ミラは粥を注いだ。やはり、いつもより少しだけ深く。

 ベンとガンの椀にも、同じ深さで粥が注がれた。


 ミラは口を開かなかった。

 もう、ここの者だ——とは、言わなかった。

 ただ杓の動きが、いつもより少しだけ深かった。


 ソウは焚き火の脇で、その動きを見ていた。

 ハナが生まれたあの朝、ミラは住居の脇で、人が増えると食べる口も増える、と呟いていた。その記憶を、今夜のミラの杓が上から塗り直していた。塗り直したことを、ミラは言葉にしなかった。



 配給が終わり、族民がそれぞれの椀を膝に置いた頃、ソウは住居の方に戻った。

 頭の中で、もう何度も同じ問いが回っていた。三十二人で粒の余りが出た。今、三十七人になった。タルの粒詰めの早さは、来年の刈り入れに掛け算でかかってくる。木工のタル。狩りのガン。手仕事のハク。ベン一家の四人もすでに畑と防衛に組まれている。

 数が増えるということは、計り直しが増えるということだった。

 誰がどれだけ働き、誰がどれだけ食い、来年の種袋にどれだけ残すか。頭の中だけで覚えていることが、もう手の指の数を超えそうだった。


 夜が、しんと冷えていた。

 冬の入り口の風が、住居の屋根の藁を低く撫でていた。



 ソウは住居の中に入り、奥の壁の脇に座った。

 昼間、テツの作業台の隅から、粘土の塊を一握り分けてもらってあった。窯で焼く前の生の粘土。窯を初めて作った時から続く、同じ粘土の系譜だった。

 ソウは粘土を膝の上で板の形に伸ばした。掌の腹で押し広げ、四隅を整え、表面を平らにした。板の大きさは掌二つ分くらいだった。

 脇に、尖った木片を一本置いた。テツが矢じりの試作で削った時に出た、細い破片だった。


 ソウは粘土の板の上に木片の先を当てた。

 線を一本、引いた。

 粘土の表面に細く湿った筋が残った。線の縁に粘土が押し出され、両側にわずかな盛り上がりができている。指を離しても、線は消えなかった。


 ソウは二本目を引いた。

 最初の線の隣に、同じ長さで、平行に。

 三本目。

 四本目。


 数えながら引いた。

 粒の備蓄が大壺三つ。一つ目で線を四本。二つ目で線を四本。三つ目で線を、満ちている縁までの分だけ。木片の先を、もう少し短く引いた。

 ソウは数えた。

 一本、二本、三本。

 四本、五本、六本。

 七本目で、ソウは木片を止めた。


「七」


 ソウは口の中だけで呟いた。

 粘土の板の上に、七本の線が並んでいた。


 線は同じ向きで、同じ長さで、同じ幅の間隔で並んでいた。指で触れても、消えなかった。

 頭の中で口で数えていた粒の備蓄の数が、線の本数に置き換わった。線が、数えていた。

 ソウの口の中で、もう数えなくてもよかった。


 ソウは線の隣に、もう一本だけ、別の角度で短い線を引いた。

 それは薬草の束を意味する印として置こうとした線だった。少し迷って指で消そうとしたが、消さなかった。残しておいた。

 明日テツに見せて、もう少し平らで広い粘土の板を、窯で焼いてもらえないか聞こうと思った。窯で焼けば線は固定される。固定されたものは、消えない。


 これで——足りるか。

 ソウは自分の中でその問いを置いた。答えは出なかった。だが、出なくてもよかった。今夜は、七本の線を引いただけで十分だった。



 住居の革幕の外側で、何かが動いた。

 動いたのは音ではなく、空気の流れだった。革幕の隙間から、夜の外の薄い光が一筋差し込んでいた。光の中に、人の影が一つ立っていた。

 ソウは粘土の板を膝の上に置いたまま、顔を上げた。


 影は、リアだった。

 いつから立っていたのか、ソウには分からなかった。革幕の縁の隙間が住居の奥まで届く位置に立っていた。リアの目の高さは、ちょうど粘土の板を見下ろせる位置にあった。

 リアは何も言わなかった。動かなかった。ただ、見ていた。


 ソウはリアの目を見返した。リアはソウの方を見ていなかった。

 リアの目は、粘土の板の上の七本の線の方を見ていた。

 夜の風が革幕を一度撫でて通り過ぎた。革幕の隙間が少し閉じ、リアの影がわずかに薄くなった。

 ソウが指を線の上にもう一度当てた時には、リアの姿は革幕の外に戻っていた。足音は聞こえなかった。


 ソウは粘土の板を見下ろした。

 七本の線は、変わらず、そこに並んでいた。


 夜が、深まっていた。

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