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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 結実の章

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第61話「三年目の秋」

 目を開けると、陶器壺の縁に乾いた草の屑が一つ載っていた。


 住居の中はまだ薄暗い。隙間から入る光は、青と灰の境目の色をしている。ソウは寝床の毛皮を払い、上半身を起こした。視線の先で、壺の縁の草の屑がわずかに揺れている。風が来ている。

 昨日、カナが薬草を干していた。住居の入口の上に紐を張り、苦い葉と丸い葉を吊した。その時に零れた一枚なのだろう。茶色く乾いた葉脈が、壺の口の縁に引っ掛かっている。


 風の向きが、変わっていた。

 夏の終わりまでは、丘を渡る風は北から南へ流れていた。今朝の風は逆だった。南から湿りを抜いた乾いた風が、住居の壁の隙間を抜けていく。秋の風だった。


 外に出ると、空が高い。

 雲が薄く、線のように引かれている。畑の方角を見ると、三つの畑の穂が朝の光を受けて金色にざわついていた。半月前まで青みを残していた穂は、今や黄金一色で頭を垂れている。重みで首が落ちる、刈り入れの色だった。



 水汲みは、ソウの朝の役目だった。

 川までの坂を下り、陶器の水壺を担いで戻る。壺は重い。満たして担ぐと、肩に縄が食い込み、首の付け根が痺れる。空のうちに井戸でもあればと何度も思ったが、丘の上に水脈はない。川から運ぶしかなかった。


 二往復目の戻り道、空き地でカナとすれ違った。

 カナは粥の鍋の前にしゃがみ、火種を起こしているところだった。膝の横に薬草の束。今朝の分の苦い葉が両手の指の間で揃えられている。


「ソウ」


 カナが顔を上げた。


「ん」


「肩、少し変わったね」


 ソウは壺を地面に下ろし、肩に食い込んでいた縄を外した。縄の跡が赤く残っている。


「変わったって」


「縄のあとの場所。前より外側にずれてる」


 カナが指で自分の肩の上を撫でた。


「前はね、ここだった。今はね、ここ」


 指がわずかに外に動く。半分の幅。たいした差ではない。だがカナは毎朝この縄の跡を見ているのだろう。気づくほどの幅でずれていた。


「育ってるんだよ」


 カナはそう言ってにこりと笑った。笑った後で薬草の束をまた揃え始める。


 ソウは黙って自分の肩を見た。確かに、縄の食い込みの位置が去年とは違う。冬を一つ越え、春を経て、夏が終わり、秋が来た。体は季節の数だけ伸びていく。

 頭の中で年の数を数えた。今年で十七になる。


 数えたが、口には出さなかった。

 ガラの丘で誰かの歳を口にする習慣はない。バアの五十年も、語ったのはバアが亡くなったあの夜だけだった。普段は誰も歳を言わない。歳は体が語る。



 刈り入れは、その日の昼前から始まった。

 ガランが空き地で短く言った。


「今日からだ」


 二十六人が頷いた。ソウを入れて二十七人。鎌を持つ者、束ねる者、運ぶ者で組を分け、第一の畑から順に入る。

 第一の畑は丘の南斜面にある。最も陽の当たる畑で、穂の熟しが早い。テツの作った改良型鎌が六本、畑の入口に並べられた。ナツが一本取り、トウカが続く。サガとヨル、ハル、ノタも鎌を手に取った。


 ソウは束ねる側に回った。

 鎌で刈った穂を藁紐で根元から束ねる。一束の太さは、両手の親指と人差し指で輪を作った大きさが目安だった。去年、バアが教えた目安。今年はその通りに束ねていく。


 午前のうちに、第一の畑の半分が終わった。

 刈り終わった畑の縁に、穂の束が積み上がっていく。束は見張り台の脇まで運ばれ、そこから空き地の倉庫役の手に渡る仕組みだった。


 倉庫役は、今年はアズだった。

 ノモが狩りに出ている間、アズが陶器大壺の中身の管理を担っている。子のいる女が倉庫役を務めるのは去年からの形だった。子の口に入る分が真っ先に分かるからだ。



 昼を回った頃、サガが背中を伸ばした。

 鎌を腰の脇に下ろし、刈り終わった束の山をしばらく見ていた。それから、ぽつりと言った。


「これ、また余る」


 声は独り言ではなかった。聞かせる相手のいる声だった。隣でハルが手を止め、その向こうのナツが顔を上げる。ヨルとノタが束ねる手を止めずに、しかし耳だけをこちらに向けた。


 誰も否定しなかった。


 束の山は、第一の畑の半分の分だ。これに第二、第三の畑の分が加わる。

 去年の収穫量は、ソウの頭の中にあった。二年目の秋は、種袋に半分、粒備蓄に陶器大壺二つを満たし、来年春の種蒔きまで持つ分があった。三年目は、畑の面積が同じでも、選択育種の効きが現れる年だった。穂が一回り大きい。粒が硬く、密に詰まっている。


 刈った束を一つ手に取り、ソウは粒を指で割った。

 中身は白く硬い。例年より一つ多く粒が並んでいた。


 束の山の方をもう一度見た。

 第一の畑の半分でこの量。


 空き地から、アズが歩いてきた。

 倉庫役の手が空いていない時刻だが、束の量を見に来たのだろう。アズはしゃがんで、一つの束の太さを両手で計った。次の束の太さも計った。三つ目で、立ち上がった。


「壺三つでは収まらない」


 アズの声も独り言ではなかった。


 ソウは答えなかった。

 頭の中で計算が回っていた。陶器大壺は今年の初めまで二つだった。夏の間にゴウザが窯で三つ目を焼き上げ、今は空き地の倉庫の脇に三つ並んでいる。三つ目を作った時、これで来年春まで持つとソウは内心思っていた。

 その三つでも収まらない。


 刈り入れはまだ第一の畑の半分が終わったところだった。

 残りの第一の半分、第二、第三と続く。


「四つ目を焼くか」


 誰かが言った。サガではなかった。ナツの声だった。


「四つでも足りるか」


 今度はハルが言った。手を止めて、束の山を見ている。ハルの東の谷では、収穫の量を覚える役の老人がいたという話を、ソウは以前ヨルから聞いた覚えがあった。

 ハルはその目で見ている。


「足りない——かもしれん」


 サガが言った。短い断定だった。続けて、もう一言だけ言った。


「畑が強くなった」


 束の一つをサガが指で撫でた。粒の硬さを爪で確かめている。



 ガランが空き地の端に立っていた。

 いつから立っていたのかは分からない。腕を組み、刈り入れの全体を見ている。顔の動きは少ない。だが、サガの声とアズの声はガランの耳に届いている。

 誰もガランに答えを求めなかった。ガランも答えを口にしなかった。


 ソウは束ねる手を止め、ゆっくり立ち上がった。

 風が南から吹いていた。畑の穂がざわつき、束の山の上を風が渡って北へ抜けていく。風の中に、乾いた穂の匂いがあった。

 穂の匂いは豊作の匂いだった。


 豊作が形になって目の前にある。

 束の山として。陶器大壺三つに収まらない量として。来年の春までではなく、もっと先まで持つ量として。


 ソウは自分の頭の中で、その形を見ようとした。

 壺の数。束の数。冬の間に食べる分。春の種袋に分ける分。残った分。残った分は、ただそこにある。


 残った分は誰のものなのか。


 その問いはソウの頭の中でまだ形を持たない。

 形を持たないが、形を持つ必要があることだけは——はっきりしていた。



 夕方、空き地で焚き火が起こされた。

 刈り終えた者から順に座り、椀を受け取る。今夜はカナの粥に苦い葉が二枚。鍋の縁にバアの薬草の束があり、焚き火脇には椀が一つ、誰の手も触れずに置かれている。場所は空いたままなくならない。


 誰もが疲れていた。腕が重く、腰が固い。だが椀に手を伸ばす指は満たされた指だった。鍋の中身は今夜は多い。粥の中の粒はいつもより硬く、噛みごたえがあった。


 リアが柵の方から戻ってきて、火の輪の外側に立ったまま椀を受け取った。一口啜り、息を吐く。視線は座る者たちの背中の向こうの束の山の方角に向いていた。刈り入れの間もリアは柵の上にいた。畑には降りなかったが、束の山が増えていく速さは見張り台から見ていたのだろう。


 火を囲む輪の中で、サガが椀を膝に置き、ぽつりと言った。


「余ったらどうするんだ」


 その声は昼間の続きだった。

 誰もすぐには答えなかった。


 ガランが火を見ていた。

 ムロが椀に目を落としていた。

 アズが子に粥を運んでいた手をわずかに止めた。


 ヨルが口を開きかけ、また閉じた。


 ソウは椀の縁を指で撫でた。陶器の縁に温い湯気が触れている。

 答えはソウの頭の中にもなかった。形を見せようとして見えない問いが、火の輪の真ん中に置かれたまま、湯気と一緒に夜空に上っていく。


 風が南から吹き、焚き火の煙を北に流した。

 煙の中に、穂の匂いと土の匂いと苦い葉の匂いが混じっていた。


 答えは今夜は出なかった。

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