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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

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第57話「ガランの宣言」

 焚き火が爆ぜた。


 橙の火の粉が宙に上がり、暗くなりかけた空に散って消える。夏の終わりの風が南から丘を渡り、火の粉を北に流していく。風の中に草の匂いと、焼けた薪の匂いが混じっていた。

 空き地の中央の焚き火を囲むように、ガラの民が座っている。二十六人。バアがいた頃より一人少ない輪。その一人分の空白を誰も埋めず、火の脇にわずかな隙間が残っていた。バアが座っていた場所を、全員が覚えている。


 ソウは焚き火の東側に座り、輪を見回した。

 リアが弓を膝の横に立てている。火に照らされた弦が細く光り、リアの横顔は影の中にある。テツとカナが肩を並べ、カナの膝の上に薬草の束が載っていた。バアの死後、カナの膝にはいつも薬草がある。バアが持っていた役割の欠片を、カナの指が引き受けている。

 ゴウザは柵の修繕で使った槌を足元に置いたまま、火の方を見ていた。大きな手を膝の上で組み、指の節が火の光で赤く浮かんでいる。

 ナギの部族から来た四人——ヨル、イサ、ハル、トトは、輪の西側にかたまって座っていた。来た当初は輪の外に離れていたが、今は輪の中に入っている。ヨルの顔色は、カナが煎じた薬のおかげで戻りつつあった。隣のイサが時折ヨルの方を見て、また火に視線を戻す。

 ムロは輪の一番外に座っていた。いつもの場所。火から最も遠い縁。サガがその隣で、膝を抱えている。


 ガランが、立ち上がった。


 焚き火の脇で立つガランの影が、空き地の端まで長く伸びる。火の光が顔の半分を照らし、もう半分は暗い。ガランの体は大きくはないが、立ったその姿勢に重さがある。肩も腰も力を入れていない。ただ、立っている。それだけで、輪の空気が変わった。

 誰も口を開かない。ガランが立つ時は言葉がある。それを二十六人の全員が知っていた。虫の声が遠くの林から聞こえ、焚き火の薪が小さくはぜる音だけが丘の上を満たしている。


 ガランは、ゆっくりと輪を見回した。

 東から西へ。一人ずつの顔を見ていく動きは、急がず、飛ばさない。ソウの顔の前を通った時、ガランの目が一瞬止まり、また動いた。リアの前、テツの前、カナの前。ゴウザの前で一度瞬きをして、ヨルの前、イサの前、ハルの前、トトの前。ナギの四人の顔も、同じ速さで見ていく。区別がない。ガラの民も、ナギから来た者も、同じ輪の中にいる。

 ムロの前を最後に通り、ガランは視線を焚き火に戻した。


「我々は、もう移動しない」


 低い声だった。

 張り上げてはいない。だが焚き火の音の上に、はっきりと乗る。二十六人の全員に届く声。ガランの声はいつも短く、断つように終わる。今夜も同じだった。


 誰も動かなかった。火が爆ぜ、風が草を鳴らし、ガランの声の余韻だけが丘に残っている。


「ここが、ガラの民の地だ」


 ガランは続けた。焚き火の明かりが顎の線を照らし、口元の筋が動くのが見える。


「畑がある。家がある。壺がある。柵がある。水路がある」


 一つずつ区切る声。畑は三つ、丘の南に並んでいる。住居は五棟、空き地の周りに建てた。陶器の大壺は空き地の奥に並び、粒を蓄えている。二段の柵が丘を囲み、灌漑の水路が谷の水を畑まで引いている。ガランが並べたのは言葉だが、全てがこの丘の上に立っている物だった。ここにいる全員の手で、一つずつ作ったもの。


「全てが、ここにある」


 ガランの声が、わずかに低くなる。声の底に、普段のガランにはない重みが沈んでいた。


「バアは、ここで逝った」


 焚き火の輪の中で、何人かの肩が動いた。カナの指が膝の上の薬草の束を握り直す。テツが視線を落とし、足元の地面を見つめている。ソウの喉の奥で、あの夜から残っている塊がまた固くなった。


「ここで弔った。バアの薬草畑も、ここにある」


 ガランは一度、息を吸った。焚き火の明かりに照らされた胸が上がり、下がる。吸い込んだ空気の中に、南の畑の土の匂いと、バアの薬草の苦い匂いが混じっているはず。ソウにはそれが分かった。今朝、畑に水をやった時と同じ匂い。


「ここは——我々の場所だ」


 ガランの目が、再び輪を見回す。さっきと同じ速さで、同じ順番で。二度目の見回しは確認ではない。念を押す動き。


「先祖の地ではない。我々が、作った地だ」


 最後の一語が焚き火の音に溶けた。

 ガランは立ったまま、もう何も言わなかった。言い切ったのだと、その沈黙で分かる。付け足す言葉も、繰り返す言葉もない。族長が出した結論。それだけだった。

 焚き火の薪が崩れ、小さな音を立てる。煙が風に引かれて南に流れ、畑の方角に消えていく。


 先祖の地ではない。

 その一言が、ソウの中で響いている。ガラの民はもともと、先祖が歩いた道を辿って移動する民だった。季節ごとに場所を変え、獲物を追い、木の実を拾い、次の場所へ行く。それが何百年も続いてきた暮らしの形。ガランは今、その形を捨てると言った。捨てて、ここに留まると。

 ソウは輪の中の顔を見た。驚いている者はいなかった。当然だ、という顔もない。ただ、静かに受け止めている。言葉にされる前から、全員が知っていたこと。もう移動はしない。春が来ても、夏が終わっても、ここにいる。それは既に、この丘の上で暮らしている全員の身体が覚えていることだった。


 輪の中で、最初に頷いたのはゴウザだった。

 大きな体がわずかに前に傾き、顎が一度下がる。声は出さない。槌で柵を直し、丸太を立て、穴を掘ってきた男の、身体ごとの頷き。ゴウザの指の節が、膝の上で組み直される。


 リアが続いた。弓を膝に立てたまま、首を一度縦に動かす。ガランと同じ動き。短く、深い。頷いた後もリアの目は火を見ず、空き地の北の見張り台の方を向いている。守る場所があるなら、リアはそこを見る。


 カナが頷く。テツが頷く。ダイが顎を引き、イサが小さく体を揺らすようにして頷いた。ハルとトトが続く。ヨルは少し遅れて、だが確かに顎を引いた。腹を下していた男の頷きは浅いが、力がこもっている。


 二十六人。声を出した者はいない。

 頷きだけが焚き火の輪を一周し、ガランの足元に戻ってきた。火が静かに燃え、煙が空に上がっていく。


 ソウは自分の掌を見ていた。

 今朝、薬草畑の土に触れた掌。バアの畝に水をやった手。この丘の土の匂いが、爪の間にまだ残っている。

 先祖の地ではない。我々が作った地。

 ガランの言葉が、ソウの中で反響する。ソウが最初に種を蒔いた時、この丘に畑はなかった。家もなく、壺もなく、柵もなく、水路もない。ただの草の丘。バアはまだ歩いていて、薬草を干す手は今より太い。

 全てが変わり、一人が欠けて、それでもここにいる。ガランが「移動しない」と言ったのは、宣言ではなく確認だった。もう誰も、ここを離れる気がない。ガランはそれを見て取り、言葉にしただけ。族長とは、そういうものなのだろう。見えているものに、形を与える者。


 ガランが腰を下ろした。

 輪の中の空気が、わずかに緩む。張り詰めていたのではない。静かに固まっていた何かが、ガランの着座とともに解けていく。

 火が静かに燃えている。風が一度止み、煙がまっすぐ空に上がる。夏の終わりの夜空に、星が見え始めていた。丘の東の斜面で、虫の声が一段高くなっている。秋が近い。


 その時、ムロが立ち上がった。


 輪の一番外から。サガが隣で顔を上げ、ムロの横顔を見る。

 ムロは火の方を向いていた。立ち上がったまま、口を開かない。焚き火の光が、ムロの顔の下半分だけを照らしている。目元は暗い。何を見ているのか、ソウの位置からは読み取れなかった。


 焚き火が、また爆ぜた。

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