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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

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第48話「撃退」

 ドルクの二十人が、林の縁から丘の斜面に出てきた。

 昨日と同じ列だったが、空気は別だった。先頭のドルクは肩に力を入れ、後ろの十九人は武器を構えていた。槍が十二本、石斧が五本、残りは棍棒だった。


 空き地の中央からその列を見ながら、ソウは頭の中で、もう一度絵を確かめた。柵の外、五本の煙。柵の内、六本の煙。合わせて十一本。林の縁から空き地までの地面に、三十人分の足跡。三本の進入路、三つの落とし穴。

 絵は、踏まれるのを待っている。


 ドルクが丘の斜面の途中で足を止め、その目が、丘の上を見回した。柵の外の五本の新しい煙を見て、煙の根元の五つの焚き火台を見て、焚き火台の脇の地面の足跡を見た。

 ドルクの口の端がわずかに引き締まった。


「数が増えてるぞ」


 後ろの男の一人が低く言った。

 ドルクは答えなかったが、肩の力は入ったままだった。


「煙だけだ」


 ドルクは低く言った。


「煙は嘘がつける」


 ドルクはそれだけ言うと、もう一度、丘の斜面を登り始めた。後ろの十九人も続いた。



 南東の林の切れ目の道だった。そこに、最初の落とし穴があった。

 ドルクの後ろの四番目の男が、まず踏んだ。

 膝までの深さの穴に男の右足がまっすぐ落ち、その瞬間に、底の枯れ枝がばきっと折れた。縁の石が、男の脛にぶつかって弾けた。

 ばきっとがしゃっが、続けて鳴った。

 二十人の列が止まった。


「何だ——!」


 ドルクが振り向いた目の先で、四番目の男が片足を穴から引き抜いていた。引き抜いた足の脛に、血が滲んでいる。傷は浅かったが、見えた。

 別の場所で、もう一つ同じ音が鳴った。南の谷筋の道だった。十番目あたりの男が踏み抜き、続いて南西の低い尾根の道で、三つ目の音が鳴った。


「何だ。何がある」


「何人、いる」


 ドルクの後ろで、声が重なった。揃っていない声は、頭の数が揃っていないということだった。



 空き地の南の縁の柵の内側に、ソウは立っていた。

 立った場所は、柵の高さのちょうど肩の上に、自分の頭の上半分が出る位置だった。柵の丸太の上に両手を置き、声を出した。


「帰れ」


 ソウの声は震えなかった。震えなかったのは、不思議だった。手はまだ震えていたが、声は震えなかった。


「我々は、多い。お前たちでは足りない」


 ソウの声は、丘の斜面に降りていった。


「丘を登る前に足元がこれだ。登り切れば、もっと多い」


 ドルクがソウの方を見上げ、頬の白い線の傷が、わずかに動いた。動いてから、ドルクは口を開いた。


「お前か」


 ドルクの声は低く響いた。


「お前が若いのだな」


「俺はソウだ」


 ソウは答えてから、自分の手を丸太の上で握り直した。


「お前たちは二十人だ。俺たちは、それより、多い。ここで戦えば、お前は損をする」


「噂を聞いた」


 ドルクは続けた。声の中に、わずかに別のものが混じった。


「お前たちはグラムと取引している、と」


 ソウは即答しなかった。即答すれば、嘘に見える。息を一度吸って、それから、ゆっくり答えた。


「答えるとは限らない」


 ソウは低く言った。


「答えても、答えなくても、お前が、ここで、力を使えば、答えは出る。出た答えをお前が好むかどうかは別だ」


 ドルクはしばらくソウを見ていたが、答えなかった。答える代わりに、後ろの十九人を振り返り、十九人のうちの半分は、まだ足元の穴の方を見ていた。



 ドルクは息を吸ってから、ソウの方に向き直った。


「面白い」


 ドルクは言った。


「面白いが、それだけだ」


 ドルクは肩の力を入れ直し、一歩前に出た。


「強行する」


 ドルクは後ろの十九人に、低く言った。


「煙が嘘でも人数が嘘でも、丘を踏みつぶせば、答えは出る」


 ドルクがもう一歩前に出た時だった。


 空気を切る音がした。

 矢、だった。

 矢はドルクの右足のつま先の地面に深く刺さり、矢羽が、地面の表面で震えた。震える矢羽の脇で、ドルクの足は止まっていた。

 ドルクは足を止めたまま、空き地の柵の方を見た。

 柵の上から半歩、左の見張り台の足場に、リアが立っていた。

 立ったリアはすでに二本目の矢を弦に番え、その先がドルクの方を向いていた。だがリアの目は、ドルクの胸を見ていなかった。ドルクの足元を見ていた。


「次は、その足の甲だ」


 リアの声は低く、空気の中を走った。


「その次は、隣の男の膝の皿の上」


 リアはそれだけ言って、口を結んだ。


 ドルクはしばらく動かなかった。動かなかったが、肩の入った力が、わずかに抜けた。抜けたあとで、ドルクは後ろの十九人を、もう一度振り返った。

 最後尾の男が低く言った。


「やめよう」


 最後尾の男の声は、迷ってはいなかった。


「割に合わない」


 別の男が続けた。


「煙の数が合わない。足跡の数も合わない。ここで損はしても、得は出てこない」


 ドルクは振り返ったまま、十九人の顔を順に見た。

 誰もドルクの目を避けなかったが、誰も進めとは言わなかった。

 ドルクはソウの方に向き直り、頬の白い線の傷が、もう一度動いた。動いてから、ドルクは低く言った。


「今日は引く」


 ドルクはそれだけ言って、踵を返した。

 返した歩みは、来た時と同じく迷いがなかった。だが肩の入った力は、もう戻ってこなかった。

 二十人の列は林の縁の方へ降りていき、その足元で、地面の足跡が踏まれた。三十人分のうちのいくつかが、新しく踏まれた足跡で上書きされた。だが林の縁に着いた時には、二十人の列は揃っていなかった。



 二十人が林の中に消えるまで、空き地の誰も、声を出さなかった。

 消えてから、ガランが最初に息を吐いた。

 長い息だった。


「終わった、か」


「終わりました」


 ソウは答えてから、丸太の上に置いていた両手を、ようやく外した。外した手はまだ震えていたが、ソウはそれをもう隠さなかった。


 ガランがソウの脇に来て、低い声で言った。


「お前の策で、誰も、死なずに済んだ」


 ガランの声は、いつもよりわずかに低かったが、芯のところでぶれなかった。

 ソウは答えなかった。答える代わりに、ガランの目を受けた。

 ガランはそれだけ言って、空き地の中央の方へ歩いていった。歩いていった背中は、首が前に落ちていなかった。



 リアが見張り台の足場から降りてきて、肩から弓を外した。外した弓を地面に立て掛け、ソウの脇に歩いてきた。

 しばらく二人とも何も言わずに、ドルクが消えた林の縁の方を見ていた。

 最初に口を開いたのは、リアだった。


「お前」


 リアは低く言った。


「頭だけは、本当に、いいな」


 リアはソウの方を見ず、林の縁を見ていた。

 ソウは答えに迷ったが、迷ったまま答えた。


「頭だけ、な」


 ソウの声は低かった。低かったが、自嘲ではなかった。事実を置いた。

 リアはしばらく答えなかった。

 答えなかった間に、リアの目が林の縁から地面の上に落ち、何もない地面の上を、ゆっくりと追った。


「……それで、いいんだよ」


 リアはそれだけ言った。

 言ったあとで、ソウの方を一度見て、すぐに目を外した。外した目で自分の弓を地面から拾い、肩に戻して、空き地の住居の方へ歩いていった。


 ソウはリアの背中を、しばらく見ていた。

 見ていた目の中で、これまでにリアがぽつりと口にしてきた言葉が、薄く重なった。畑の脇で目を逸らさずに言った『暇だから』。灌漑の水が通った時の『これは便利だ』。粘土壁の補修跡の脇で振り向かずに言った『お前の言うことはたいてい、当たる』。芽の出ない地面の脇で、地面の虫を追いながら言った『たまには、今を、見ろ』。


 今日のリアの言葉は、その全部の上に置かれた。

 置かれた言葉は、もう戻らない場所にある気がした。



 夜、ソウは空き地の南の縁の柵の脇に、立っていた。

 空には、煙が五本に戻っていた。柵の外の五本の焚き火台は火が落とされ、煙はもう立たなかった。

 立たなかったが、テツが薪を五台の脇に、まだ積んでおいてあった。次に必要になった時に、すぐに灯せるように。


 ソウは林の縁の方を見ていた。

 林の縁にはもう誰もいなかった。だが、いなくなったということが、安心ということではない。今日は引いた。引かせた策は、煙と足跡と落とし穴と噂だった。そのうちのどれかが、次の時に効かない可能性があった。


「今回は騙せた」


 ソウは口の中で、低く呟いた。


「次は、わからない」


 呟いた声は、誰にも届かなかった。

 届かなかったが、ソウの足元の柵の根元の土に、自分の影が夜の月の光で、わずかに落ちていた。

 影は丘の朝にナツが声を上げた時に落とした影と同じ形だったが、大きさはわずかに違っていた。今夜の影の方が、ほんの少しだけ大きかった。

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