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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

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第47話「準備の三日」

 最初の朝、ゴウザが、夜明け前に丘を出た。

 革の防寒具ではなかった。腰には短い槍を提げていた。背には丸めた毛皮の肩掛けを結んでいた。それだけだった。粒は持たなかった。狩りの獲物は、途中で何か捕る。捕れなくても、二日なら、もつ。

 ガランが、空き地の南の縁の柵までゴウザを送った。

 送ったが、何も言わずに、ゴウザの背中を、丘の斜面の方に押すように軽く、手を離した。

 ゴウザは振り向かなかった。

 振り向かずに、丘の斜面の南東の林の切れ目の方に歩いていった。林の切れ目はナギの一族が来た方角とは別だった。だが、ゴウザは迷わなかった。リアが夕べのうちに、地面に印をつけておいたのだった。



 テツはその朝のうちに、最初の焚き火台を組んだ。

 組む場所は、空き地の南の縁の柵から、十歩外側に出たところだった。十歩は近すぎず、遠すぎなかった。柵の中の煙と繋がって見えるが、別の煙にも、見える。

「ここでいいか」

 テツがソウに聞いた。

「いい」

「次は」

「西に十歩。次は東に十五歩。残りは、南の縁の三本の道に寄せて、置く」

 ソウは地面にもう一度絵を引いた。今度はより細かい絵だった。テツは、その絵を目で追ってから、頷いた。

「分かった」

 テツはそれだけ、言って、二台目の場所に丸太を運び始めた。


 昼までに、テツは五台組んだ。

 五台のうちの三台は、進入路の三本に、それぞれ寄せて置かれていた。残りの二台は柵の縁に寄せて、置かれていた。火はまだ灯さない。灯すのは来る、その日の朝だ。だが薪はもう五台の脇に積み上げてあった。



 リアは夜のうちに外周を歩いた。

 最初の夜は、南東の林の切れ目から、空き地までの道を、何度も踏んだ。一度目はゆっくりと。二度目は足の幅を広く、開いて。三度目は踵を強く、押し付けて。同じ道をリアは別の人間として歩いた。

 二度目の夜はリアとヒガとダイの三人だった。ナギの一族からはヨルが混じった。ヨルは、リアの歩き方をしばらく後ろから見てから、自分の歩き方をわずかに変えた。歩き方を変えたヨルの足跡はリアの足跡とは、別の人間の足跡に見えた。

 二日目の朝、リアが、空き地の中央に戻ってきた。戻ってきたリアの靴の縁は土で汚れていた。

「足跡は十分だ」

 リアはソウに言った。

「南東の道で十二人分。南の谷筋で十人分。南西の尾根で八人分。合わせて、三十人分くらいに見える」

 ソウは頷いた。

「あいつらが来たら、最初に、その足跡を踏む」

「踏ませる、んだ」

 リアは低く言って、自分の弓の弦を片手の指で軽く、弾いた。



 落とし穴はダイとハルとヒガが掘った。

 ダイが深さを決めた。膝の高さで止めた。それ以上はこっちが塞ぐ手間が増える。掘ったあとで、底に枯れ枝を敷き詰めた。乾いた枝がよかった。生木では音が鈍る。

 縁には石を仕込んだ。重い石ではない。ぶつかれば、弾ける、軽い石だった。

 ハルは、最初の穴の脇で掘り方を覚えた。ダイが土の出し方を見せた。見せた手の動きを、ハルは二度目で追ってから、自分の鍬で二つ目の穴の縁を掘り始めた。掘り始めたハルの肩は強張っていた。だが震えてはいなかった。

 最後に、ヒガが穴の上に薄い土の層を被せた。被せた土の上に、踏んでも、足跡が残らないぐらいに土を慣らした。



 二日目の夕方、ゴウザが戻ってきた。

 ガランが、丘の斜面の手前まで出迎えに行った。出迎えた、というより、見届けに行ったのだった。

 ゴウザは空き地に戻ってくると火の脇に座った。座って、鉢の中の粥を二口飲んでから、低い声でガランに言った。

「ナギに話した」

「聞いたか」

「聞いた」

 ゴウザはそれだけ、答えた。それから、もう一口粥を飲んだ。

「ナギは何と」

「分かった、と」

 ゴウザは続けた。

「『東の谷の向こうの別の長にも、話す。今夜のうちに、人を出す』」

 ガランは頷いた。

 ゴウザはそれだけで口を結んだ。武人の言葉は長くはない。長くないが必要なことはすべて、入っていた。



 夜、ソウは、住居の中で、革幕の隙間から外を見ていた。

 外には、空き地の中央の焚き火と五本の住居の煙と、ガランの古小屋の煙と合わせて六本の細い煙が立ち上っていた。柵の外にはまだ煙は立たなかった。

 立てるのは明日の朝だ。

 ソウの手の指がわずかに震えていた。

 震える指をソウはもう片方の手で軽く握ったあとで、住居の奥に目を流した。バアが寝床に入っていた。咳の音が低く住居の壁の向こうから、聞こえてきた。咳のあとでバアの息がしばらく止まり、それから、また戻った。

 バアは、明日の朝、何が起きるかを知らない。

 知らないまま、咳をしている。

 ソウは革幕を閉めた。閉めた革幕の内側で自分の手をもう一度握り直した。



 三日目の朝、空気が白みかけたばかりの頃だった。

 見張り台のナツが声を上げた。

「来た——!」

 ナツの声は、空き地の住居の屋根を貫いて、響いた。

「南から——! 昨日と、同じ方向!」

 ナツの声は二度響いた。二度響いたあとで、空き地に人が出てきた。


 ガランが、空き地の中央に立った。

 ソウはガランの脇に立って、息を吸った。吸った息が、胸の奥で一度止まった。怖かった。怖くないわけがなかった。武器を構えた二十人が、丘の南の林の縁にもういる。

 怖かったが頭だけは動いた。

 動いた頭が、最初の指示を口に出した。

「テツ」

 ソウは低く言った。テツがすぐに振り向いた。

「偽の焚き火に火をつけろ。全部だ」

 ソウの手は震えていた。震えた手で、自分の脇の丸太の柱に軽く、触れた。柱は固かった。固かったから、ソウは手の震えを柱の固さで押さえた。

「了解」

 テツはそれだけ、言って駆け出した。駆け出したテツの後ろにハルが続いた。ハルは二日のあいだに、テツの脇で火の起こし方を覚えていた。


 ガランがソウの方を見た。

「次は」

「リア」

 ソウはガランの目を受けて、答えた。

「リアとダイと、ヒガを見張り台の脇に。柵の中の見える場所に立たせる。立つだけでいい。武器を構えさせる」

「立たせる、だけか」

「立たせる、だけです。動かない」

 ガランは頷いた。

「それから」

「ナギの一族のヨルとハル以外の二人。空き地の中央に。見える場所に。何かを運んでいる、ふりをさせる」

 ソウの声は、自分でも、低い、と思った。

「丘の上に人が多い、ように見せる」


 ガランはもう一度頷いてから、空き地の者に視線を回した。

「動け」

 ガランはそれだけ、言った。


 空き地の者が動いた。動いたが、誰も急いではいなかった。急いだ動きは向こうから、見えれば、慌てているように見える。慌てていない、丘に見せる。慌てていない、丘は二十人を迎える、用意ができている、丘だ。



 南の林の縁から、煙が立つのが見えた。

 いや、立つのはこちら側だった。柵の外の五つの焚き火台に、テツが火を入れたのだった。煙は最初は細かった。すぐに太くなった。五本の煙が空に上がった。柵の中の六本と合わせて、十一本。

 ナツが、見張り台の上から、もう一度声を上げた。

「林の縁に止まった——!」

 ナツの声は、最初の声よりも、低かった。低かったが芯はしっかりと保たれていた。

「数は二十。先頭は昨日と、同じ男」

 ソウは頷いた。頷いた頭の中で頬の白い線の傷の男の顔が浮かんだ。


 始まる。


 ソウは口の中でそう、呟いた。呟いた声は、誰にも、聞こえなかった。

 聞こえなかったが、ソウの足元の地面の柔らかい土に自分の足の影がわずかに落ちていた。影は、丘の朝の光の中でまだ小さかった。

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