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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

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第45話「ドルク来訪」

 翌朝、ヒガが、見張り台の上から、また人影を見たと言った。

 今度は一人ではなかった。


「三人。南の林の縁。立ったまま、こっちを見ていた」


 ヒガは、見張り台から降りてきた足で、空き地の中央まで歩いた。歩く動きがいつもよりも、早かった。早かったが駆けてはいなかった。


「どのくらいの時間」


 ガランが聞いた。


「数を十数えるほど。それから、三人とも林の奥に戻った」


 ガランは頷いた。頷いて、ソウの方を見た。


 ソウは答える代わりに、リアの方を見た。

 リアは、空き地の南の縁の柵の脇に立っていた。立って地面を見ていた。地面の上の柔らかい土に足跡が残っていた。リアの足跡ではなかった。リアは振り向かずに低い声で言った。


「五日前から、足跡。三日前から、人影。今朝、三人」


 リアは足跡の縁を、片足の指で軽く触った。


「もう覗き見じゃ、ない」


 リアはそれだけ、言った。



 その昼前だった。

 南の見張り台のヒガが、二度目に声を上げた。


「来る。今度は来る」


 ヒガの声は朝とは違っていた。朝は確かめる声だった。今は伝える声だった。

 空き地にいた者が、それぞれ手を止めた。畝を切っていたヨルが、鍬を地面に置いた。種袋を持っていたハルが、袋の口を結び直した。テツは、薪を抱えていた手を下ろした。リアは肩の弓に、左手を当てた。当てたがまだ引かなかった。

 ガランが、空き地の中央に立った。


「数は」


「二十。男ばかり。武器を構えている」


 ヒガは、見張り台の上から続けた。


「先頭は若くはない。三十の半ば、過ぎ。背は、ガランより低いが、肩が広い」


 ガランの目がわずかに細くなった。


「グラムではないな」


 ガランは低く呟いた。誰に向けて、というのでもない、呟きだった。


「グラムなら、もっとこっそり来る。これは——別の部族だ」



 南の林の縁から、男たちが姿を現した。

 二十人。並んではいない。だが塊ではあった。先頭の男が、丘の斜面の手前で足を止めた。後ろの十九人も、止まった。先頭の男はしばらく丘の上を見上げていた。

 見上げてから、男はゆっくりと登ってきた。後ろの十九人は、林の縁に残った。


 男の背は、ガランより低かった。だが、肩の幅が広かった。両肩のあいだに、首が深く嵌まっていた。革の防寒具はもう要らない季節だった。男は、上に毛皮の短い肩掛けを羽織っていただけだ。腰には短い棒の柄に石の鏃を打ち込んだ、槍を提げていた。槍の柄の握り手の革は、何度も巻き直された跡があった。


 歳は三十の半ば過ぎ。顔の左の頬から、顎にかけて、白く細い線の傷が走っていた。古い傷だった。古いが消えてはいなかった。男の目は、丘の上を見回した。柵を見た。見張り台を見た。それから、空き地の中央に立つ、ガランに目を止めた。

 男は、自分の名を先に言った。


「俺は、ドルク」


 声は低くはなかった。だが響いた。


「西の谷の向こうの族の長だ。族民は、四十人」


 ドルクはそれだけ、言って、ガランの返事を待った。


 ガランは答えなかった。

 答えなかったが、ガランの首は前に落ちていなかった。背は伸びていた。ナギの一族が来た日と同じ姿勢だった。


「俺の用件は一つだ」


 ドルクは続けた。


「食料を、よこせ」


 ドルクは丘の上をもう一度見回した。


「丘の上に、煙が六本。冬を越したな。お前たちは越せた。俺たちは——越せなかった半分が出た」


 ドルクの声は訴える声ではなかった。淡々と、事実を置いた。置いた事実の重みを、ドルク自身はよく知っていた。


「分けろ」


 ガランはしばらくドルクの目を見ていた。

 見てから、口を開いた。


「帰れ」


 ガランはそれだけ、言った。

 ドルクは、表情を変えなかった。だが頬の白い線の傷がわずかに動いた。動いたあとで、ドルクは、口の端を上に引いた。笑った、というのとは違った。だが笑った形に近かった。


「帰る。今日は」


 ドルクは言った。


「だが、三日後にまた来る。その時は——力で取る」


 ドルクは言い終えると、踵を返した。返した動きに迷いはなかった。後ろの林の縁に向かって歩いていく背中は振り返らなかった。

 ドルクが林の縁に着いたところで十九人が、塊から隊列に変わった。それから、二十人は、林の中に消えた。



 空き地にしばらく誰の声もなかった。

 ヒガが、見張り台の上から降りてきた。降りてきたヒガの肩がわずかに上下していた。ヒガは、それを見られないように、空き地の端の方へ歩いた。

 最初に、口を開いたのはテツだった。


「三倍はいるぞ」


 テツの声は低かった。


「俺たちは戦える者が八人か九人。あいつらは二十人。武器も、揃っている」


 テツは、自分の指で自分の手の震えを押さえてから、続けた。


「戦ったら、勝てない、ってことか」


 誰も答えなかった。

 答えなかったが、ガランの脇で、リアが小さく頷いた。頷いたのは答えではなかった。テツの言葉を聞いた、という、頷きだった。

 ガランがようやく口を開いた。


「ソウ」


「はい」


「お前はどう見る」


 ソウは息を吸った。

 吸って、頭の中で二十人と八人を並べた。並べてから、もう一度空き地の南の縁の柵を見た。柵は低い。柵だけでは止められない。落とし穴はまだない。落とし穴を掘る時間は三日。罠を仕掛ける時間は三日。それで足りるか。


「正面から戦えば、負けます」


 ソウは、ガランの目を見て言った。


「だが戦う、ということと追い払う、ということは別です。別の方法が、あります」


 ガランは、ソウの目を見ていた。見ていてから、低く頷いた。


「あるか」


「考えます」


 ソウは答えた。


「三日のうちに、形にします」


 ガランはもう一度頷いた。それから、空き地に立っていた者全員に、視線を回した。


「散れ。仕事に戻れ。狼狽えるな」


 ガランはそれだけ、言った。



 空き地の者が、それぞれの場所に戻った。

 ヨルは置いた鍬をまた、握った。ハルは、種袋の口を開いた。テツは、薪を抱え直した。だが、誰の手の動きも、いつもよりわずかに固かった。


 ソウは、空き地の中央にしばらく立っていた。立って、南の林の縁の方を見ていた。

 林の縁にはもう誰もいなかった。

 いないがいたことは地面の柔らかい土に足跡として残っていた。二十人分の足跡。そのうちの一人分の足跡には頬の白い線の傷の男の重さが刻まれていた。


 リアが、ソウの脇に歩いてきた。

 来てから、ソウの方は見ずに、林の縁を見たまま、低い声で言った。


「お前」


「うん」


「何か考えがあるなら、夜のうちに組め」


 リアはそれだけ、言った。


「夜が明けたら、もう二日と半日しかない」


「分かってる」


 ソウは答えた。


「夜のうちに組む」


 リアは頷いてから、自分の弓の弦を片手の指で軽く弾いた。弾いた音は低く響いた。


「足元、だ」


 リアはそれだけ、言って、空き地の方へ戻っていった。


 ソウは、林の縁をもう一度見た。

 三日。三日であいつらを追い払う策を考える。


 ソウの口は、声に出さなかった。出さなかったが、頭の中で、その言葉は形を持っていた。形を持った言葉は、夜の闇に埋まる前に、紙に書ける気がした。書けないなら、地面の土に、棒で引いてもいい。今夜のうちに引く。


 空き地の南の縁の柵の丸太の列が、午前の光の中で、影を落としていた。

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