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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

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第44話「穏やかな日々」

 柵が四十本に届いたのはナギの一族が来てから、十一日目のことだった。

 柵の北西の角の見張り台も、二日目の夕方には足場まで仕上がっていた。ヒガがてっぺんに登って両手を腰に当てた。当てた肘の高さが、林の縁の梢より、わずかに上にあった。

「南の林の奥が見える」

 ヒガはそれだけ、言って降りてきた。

 降りてきたヒガの背中を、ハルが見ていた。



 畑の方は十日のあいだに、形が変わった。

 第一の畑はすでに種を蒔き終えていた。第二の畑も、半ばまで畝が切られていた。第三の畑は、去年の南端の二列を避けて、その北側に新しい畝が引かれていた。

 去年の三倍。とナツが自分の覚えの中で、何度か確かめた。三倍と言っても、人手が五人増えただけだ。だが五人のうち、二人は、ほぼ専任で、畑に出ていた。ヨルとハルだ。

 ヨルの畝の切り方はもうガラの民の誰もが認めていた。土の起こし方に迷いがない。一日にこれだけは終える、と決めた量を、ヨルは必ず、終えた。終えたあとで、ヨルは、地面に座ってしばらく自分の畝を見ていた。見ているあいだ、口を結んでいた。何を考えているかは、ナツにも、ソウにも、分からなかった。


 ハルは、トウカについて、回っていた。

 種の置き方を覚えた。畝の幅を覚えた。鍬の柄の握り方を覚えた。覚えるたびに、ハルは頷いた。指の震えはもう止まっていた。

 昼に、トウカがハルに聞いた。

「お前、東の谷でも、こういうのやったか」

「やった。だが——」

 ハルは言葉を止めた。

「やったが続かなかった」

 ハルはそれだけ、言った。トウカは、それ以上、聞かなかった。



 ソウは、丘の上の別の畝の脇に立っていた。

 立って芽の出ていない地面を見ていた。蒔いたばかりの場所だ。芽はまだ出ない。出るのは、四日先か、五日先か。

 背後で、足音がした。

「お前」

 リアの声だった。

 ソウは振り向いた。リアは、弓を、肩に提げていた。だが訓練の途中ではないようだった。空き地の方から、ゆっくり歩いてきていた。

「何を見ている」

「芽の出ない地面」

「出ないのを見て何になる」

「いつ、出るか、考えている」

 リアは、ソウの脇まで来て、立った。立ってソウと同じ地面を見てから、息を吐いた。

「お前は」

 リアは言った。

「いつも、先のことを考えてるな」

 ソウは答えなかった。

「たまには、今を、見ろ」

 リアはそれだけ、言った。

 ソウは、リアの方を見た。リアは、ソウを見ていなかった。地面の方を見ていた。地面の上に、小さな、四足の虫が、一匹、這っていた。リアの目は、その虫の動きを追っていた。

 虫は、土の塊の脇をゆっくりと回った。回って消えた。

「消えた」

 リアは低く言った。

「いま、消えた」

 ソウは頷いた。


 リアの言いたいことが、ソウには分からないわけではなかった。だが、頭の中ではまだ別のことが動いていた。芽。出る日。出たあとの間引き。間引いた粒の扱い。次の畝の整え。それから——足跡。五日前から、増え続けている知らない足跡。

 頭の中の動きを、ソウは止めることができなかった。

 止めることができないが、リアの目の動きは見ることができた。リアの目が虫を追って、地面の上をゆっくりと移った、その動きは見ることができた。

 見たあとに、何が残るか。それは、ソウにも、分からなかった。だが見た、ということだけは覚えておこうと思った。



 夕方、空き地の南の縁の柵の脇でテツと、カナが話していた。

 ソウは、住居の脇から、その様子を目の端に見ていた。聞こえる距離ではなかった。だが二人の口の動きと、肩の動きは見えた。

 しばらくしてソウは、二人の方に歩いた。

 近づくと、声が聞こえてきた。

「バアの咳、最近、また、ひどいね」

 カナの声だった。低くはなかった。だが、いつもの明るさはなかった。

「うん」

 テツはそれだけ、答えた。

 カナは、柵の丸太の表面に、手を置いていた。指で、丸太の木目をなぞっていた。なぞりながら、続けた。

「バアがいなくなったら、寂しいな」

 テツが、口を開きかけた。開きかけて、止めた。

「みんな」

 カナは続けた。

「みんな、いなくなる時はいなくなるんだろ?」

 カナの目は、丸太の木目を見ていた。テツの方を見ていなかった。空の方も、見ていなかった。木目の節のぎざぎざした輪郭を、目でゆっくりなぞっていた。

 テツはようやく口を開いた。

「縁起でも、ないこと言うなよ」

 テツの声は低かった。怒っている声ではなかった。だが、平らな声でも、なかった。

「ごめん」

 カナは答えた。

「でも——」

 カナは息を吸った。

「みんなが、元気でいてほしいな」

 カナはそれだけ、言って、丸太の木目から、指を離した。離した手を、自分の腰の前で軽く組んだ。


 ソウは、二人の脇に立っていた。

 立っているだけで、声はかけなかった。

 カナの目は、ソウの方を見て、それから、すぐ地面に戻った。戻った目の中にいつもの明るさは、半分しか、なかった。半分だけ、いつもの明るさでもう半分は、別の何かだった。

 カナが、空き地の方へ、歩き出した。

 歩き出した背中を、テツが見ていた。見てから、テツは、自分の脇の丸太の柱に、手を置いた。置いた手の指がわずかに丸太の表面を握っていた。



 夜、ソウは、住居の中で、革幕の隙間から、外を見ていた。

 外には、空き地の中央の焚き火と五本の住居の煙ともう一本、ガランの古小屋の煙と合わせて六本の細い煙が立ち上っていた。

 六本の煙は、夜の空気の中で、上にまっすぐ、伸びていた。風はもう止んでいた。

 ガランが、住居の入口から、入ってきた。

 入ってきて、ソウの脇に座ってから、しばらく何も、言わなかった。

「ヒガが」

 ガランは低い声で言った。

「昼間に、見張り台の上から、人影を見たそうだ」

「人影」

「南の林の奥。一人。木の影に入っていた。すぐに消えた」

 ソウは答えなかった。

「昨日も、ヒガは、別の人影を見たと言っていた」

 ガランは続けた。

「二日続けて、だ」

 ソウは頷いた。頷いた頭の中で、リアが昨日の夜に言った足跡の話が重なった。革の底の形が、ナギの一族のものではない。

「数は」

「分からん。一人ずつ、見たそうだ。だが見えたのが一人だけだとは、限らん」

 ガランはそれだけ、言って、火の方へ視線を戻した。


 ソウは、革幕の隙間から、もう一度外を見た。

 六本の煙はまだまっすぐ、上に伸びていた。

 穏やかな夜だった。柵は立っていた。見張り台も、立っていた。畑には、種が蒔かれていた。粥は、夕方に回された。バアは、咳を、しながらも、薬草の鉢を、手元に置いて寝床に入っていた。

 全部が整っていた。

 整っているからこそ、見えてしまうものがある。林の奥に一人。昨日も、一人。


 ソウは革幕を閉めた。

 閉めた革幕の内側でガランの吐く息が低く聞こえた。


 穏やかな日々の、形はできていた。

 形ができていたから、形の外側に、何かが入ってこようとしていることが分かった。

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