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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

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第43話「柵を作る」

 南の風がもう止まなかった。

 雪解けの水が、丘の斜面を細い筋になって流れた。流れ落ちた先で、地面が黒く濡れた。空き地の真ん中の地面が踏むと湿って沈むようになった。

 ナギの一族が丘に住み着いて四日が過ぎた。



 畑に出たのはガラの民が十一人とナギの一族が四人だった。

 ナギ自身は、ガランの脇で、丘の境を見ていた。畑に出たのはナギの後ろにいた四人だった。

 四人ともまだ顔が痩せていた。だが四日のあいだに、頬の下の影がわずかに薄くなっていた。粥を朝と夕に食べた。それだけのことが、目の下の隈の濃さを浅くした。

 年嵩の男が畝を切る側に回った。

「ヨル」

 ナツが、男の方に声をかけた。男は、ナツの方を振り向いた。振り向く動きが緩慢だった。だが、目は、ナツの手元の鍬をしっかりと見ていた。

「お前は、こっちで、土を起こしてくれ」

 男は頷いた。それだけ、頷いて鍬を受け取った。受け取った鍬の柄を、両手で握り直してから、土に刃を入れた。

 ヨルの土の起こし方は、無駄がなかった。刃を入れて、起こし、次の場所に移る。一度の動きで、土の塊がきれいに返った。ナツが、二度その手元を確かめてから、自分の畝に戻った。


 別の場所では、トウカが、十代の少年に、種袋を渡していた。

「ハル」

 トウカが少年の名を呼んだ。

「これ、種だ。落とすな」

 少年は頷いてから、両手で、袋を受け取った。受け取った手の指が、少し震えていた。冬越しの傷はまだ抜け切れていなかった。

 ハルはしばらく袋を見ていた。

 見てから、トウカの指の動きを見た。トウカが、一粒、二粒、土の浅い溝に置いてみせてから、軽く土を被せた。

「分かった、か」

 トウカが聞いた。

「分かった」

 ハルは低い声で答えた。指の震えはまだ止まらなかったが、袋を落とす、ということはしなかった。



 空き地の方では、テツが、丸太を抱えていた。

 その朝、テツはガランの脇に来て、低い声で言ったのだった。

「柵を作らないか」

 テツは、丘の南の縁の方を見ながら、言った。

「五人増えた。畑も、広げる。粥の煙も、五本が六本になる。遠くからも、見える」

「見えれば、来るか」

 ガランは、テツの目を見た。

「来るとは限らん。だが来ないとも、限らん」

 テツはそれだけ、言った。

 ガランは、少し間を置いた。置いてから、ソウの方を見た。ソウは、ガランの目を受けて、頷いた。

「やれ」

 ガランはそれだけ、答えた。


 昼前から、丸太を運び始めた。

 林の縁の若い木を、何本か、選んで倒した。倒した木の太さは、人の腕より、やや太い程度だった。長くはない。低くて、構わなかった。柵というのは登られない高さではなく、まず、足止めをする、ものだ。ソウは、テツにそう言った。

 テツは頷いて木を肩に担いだ。担いだ木を、空き地の南の縁まで運んだ。

 ダイとヒガが、杭を打つ場所を決めた。決めた場所に、テツが、丸太の端を立てた。立てた丸太の根元を、ダイが、両手の石槌で打ち込んだ。

 ヨルが、空き地の方に来た。畑の畝切りが、一段、終わったところだった。来てから、テツの手元を長く見た。見てから、自分から、別の丸太を抱えた。抱え方が慣れていた。

「お前、こういう、仕事をしたことがあるか」

 テツが聞いた。

「東の谷では、雪除けの囲いを、毎年、組んでいた」

 ヨルはそれだけ、答えた。答えてから、丸太の端をテツの脇に立てた。


 昼を過ぎた頃には、南の縁に低い丸太の列が、十数本、並んでいた。

 まだ隙間は多い。間に、横木を渡さないと、柵にはならない。だが何もなかった地面に、列が立った。それだけで、空き地の南の縁の見え方が変わった。



 午後、ソウは、テツにもう一つの話をした。

「見張り台も、組まないか」

 テツは組んだ丸太の列を見ていた目を、ソウに戻した。

「これまで、丘の高所から、見張ってきた」

 ソウは続けた。

「だが、林の縁が死角になる。木を組んで、高さを足せば、林の向こうも、見える」

「どこに組む」

「柵の北西の角だ。南から来るやつを一番早く、見える場所だ」

 テツは、空き地の北西の角の方を見た。見てから、頷いた。

「骨組みだけ、今日のうちに立てる。仕上げは明日だ」

 テツはそれだけ、言った。


 骨組みは四本の柱と、横木で立った。

 高さは、ヒガが両手を伸ばして届くほど。それより上にもう一段、足場を組む。仕上げは明日。

 ハルが組み上がった骨組みの脇に来た。

 来てから、しばらく見上げていた。見上げた目の中に、何か、揺れた。痛みでも、怯えでも、なかった。それより、もっと静かなものだった。十五歳の目が自分の知らない丘の骨組みを見上げていた。



 夕方、空き地の中央で、リアが、弓を引いていた。

 ヒガと若い猟師の二人が、リアの前に並んでいた。リアは、弓を引きながら、二人に声をかけた。

「弦は、頬の横まで引く。耳の後ろまでは引かない」

 リアは引いた弦を、頬の横で止めた。止めて、しばらくそのまま保った。保ってから、放した。矢が、空き地の端の立てた革の的に刺さった。

「狙いは足元だ」

 リアは続けた。

「胸を狙うと外す。足元を狙えば、外しても、当たる場所が近い」

 ヒガが頷いた。

 若い猟師が、自分の弓を構えた。構えて、引いた。引きすぎた。リアはその若い猟師の肘を軽く押し戻した。押し戻してから、何も、言わなかった。

 離れた場所で、ソウが、その様子を見ていた。

 弓は、これまで、獣を追うものだった。今、弦の音は、別の方向に向いていた。

 攻撃力で勝てるとは思わない。とソウは、頭の中で整理した。だが早く見つければ、備える時間がある。早期発見が最初の防御だ。柵と見張り台と訓練と噂の届く距離。そのすべてが、丘の上に、これから、組み上がっていく。



 日が傾いた。

 空き地の南の縁の丸太の列に、ハルが、しゃがんで、土を押さえていた。柱の根元の土を両手で固めていた。固めながら、ハルは、何か、小さく、口を動かしていた。

 ソウは近づいて、聞いた。

「数を数えていたのか」

「うん」

 ハルは目を上げた。

「十二本立った」

 ハルは低い声で答えた。

「明日も、立つ。四十本まで立てれば、南の縁がふさがる」

「うん」

 ハルはそれだけ、答えて、また、土に目を落とした。


 離れた場所で若い女が、トトの肩に手を置いていた。

 女は、空き地の脇で薪を運んでいた手を止めて、屈んだのだった。屈んで、トトの目を、自分の目の高さまで合わせた。合わせてから、低い声で話しかけた。

「イサ」

 ナツが、その女の名を呼んだ。

 女は振り向いて、ナツの方に軽く頷いた。それだけ、頷いて、トトの肩から、手を外した。外した手でまた薪を抱えた。


 ソウは、その全部を、空き地の中央から、見ていた。

 ヨルは、畑の畝の脇でまだ土を起こしていた。ハルは、柵の根元で、土を押さえていた。トトは、母の腰の脇で、薪の運ぶのを見上げていた。イサは、薪を抱えていた。

 四日前まで五人は誇りを保ったまま、頭を下げたよそ者だった。今は、丘の上のそれぞれの場所に立っていた。



 夜、リアが、空き地の隅で、ソウの脇に来た。

 弓を、肩から、外していた。外した弓を、地面に置いてから、リアは低い声で言った。

「お前」

「うん」

「最近、知らない足跡が増えている」

 リアの声は平らだった。

「南の林の縁。一人や、二人じゃない。同じ日に、複数の足跡が重なっている」

「いつから」

「五日前から」

 ソウは息を吸った。

 五日前は、ナギの一族が丘に着いた翌日だ。

「ナギの一族の足跡か」

「違う。革の底の形が別だ。ナギたちの履き物はもう見覚えがある」

「そうか」

 ソウはそれだけ、答えた。

 答えてから、空き地の南の縁の丸太の列を見た。十二本。明日足せば、二十本を超える。明後日には三十本に届く。だが四十本に届くまでにはまだ時間がかかる。

「足元だ」

 リアは続けた。

「胸じゃない、足元だ。あいつらが、いつ、ここの足元を狙ってくるか、分からない」

「うん」

 ソウは頷いた。

 頷いた頭の中で前世で読んだ言葉が一つ浮かんだ。豊かさは見えると奪いに来る者を呼ぶ。書き手の名は覚えていない。だが、その一行は覚えていた。

 粥の煙が、五本から、六本に増えた。

 六本の煙は、丘の上から、南へ、流れていた。

 その煙が、誰の鼻に届いているか。届いた鼻が、どんな顔の上に付いているか。ソウにはまだ分からなかった。


 リアはそれだけ、言って、自分の弓を肩に戻した。戻してから、空き地の住居の方に戻っていった。

 ソウは、空き地の南の縁の丸太の列の脇にしばらく立っていた。

 立っているあいだに、丘の下の林の縁の方から、夜風が吹き上げてきた。風は温かかった。雪解けの匂いが混じっていた。だが、風の中にもう一つ別の匂いが混じっているような気がした。

 気のせい、かもしれない。


 ソウは、住居の方へ戻った。

 戻る背中の後ろで十二本の丸太の列が、夜の中に黒く、立っていた。

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