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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

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第37話「器のある暮らし」

 窯の周りに、人が集まり始めた。


 テツが教える側に立っていた。

 粘土を捏ねるところから、砂と毛皮の繊維を混ぜる量、形を作るときの底の厚みと縁の高さ、塗る白い水の濃さ、乾かす日数。一つずつ、覚えのある順に並べて、見せる。

 最初に覚えに来たのはナツだった。


「ねえ、これくらい?」


 ナツは粘土を掌の上に、卵ほどの量を取ってテツに見せた。

 砂を混ぜる前の最初の塊。


「もう少し」


 テツは答えた。


「もう少し、大きく。それから、砂を、入れる」


「砂は、これくらい?」


 ナツは粗い砂を別の掌に少し取った。


「もう少し、多く。粘土の半分弱」


「半分弱」


 ナツは口の中で繰り返した。

 ナツの手元は、ミラに編み目を教わったときと似た動きだった。最初の一回は量がずれる。二回目は、合う。三回目には、見ずに済むようになる。観察して覚える。それがナツの形だった。


 トウカも、隣で粘土に手を出していた。

 トウカは、形作りに先に関心が向いていた。指の腹で底を均すとき、爪先で縁を整えるとき、手つきが穂の選別の癖を引きずっている。テツが「指の腹で」と直すと、すぐに直す。だがしばらくするとまた爪先に戻る。

 ヒガが横で笑った。


「お前、藁を編むときも、爪でやるな」


「すみません」


「謝らんでいい。それで、上手いんだから」


 トウカは少しだけ顔を伏せて、また粘土を撫でた。



 数日のうちに、器は二十を超えた。


 大きさはまちまち。鉢、壺、皿、それに、深くて細長い、何に使うのかすぐには決められない形のもの。テツは「使い方は、後で決めればいい」と言った。形を覚えるのがまず先だった。

 全てに白い水を塗り、窯で焼く。失敗もあり三つに一つは焼き上がりに割れた。だが、残った二つは確実に水を通さない。

 歩留まりは、最初よりずっと良くなっていた。



 器が増えると、暮らしが変わった。


 最初に変わったのは、煮る、ということだった。


 ガランが古い焚き火の脇に、新しい鉢を一つ置いた。中に水を半分入れ、刈り取りの粒を一握り、肉の小さな塊と、バアの薬草の葉を少し入れる。

 火の上に三つの石を立て、その上に鉢を載せた。

 ガランは何度か蓋になりそうな獣皮を被せたり、外したりして、湯気の出方を見ていた。

 粒が湯の中で柔らかくなっていく。

 時間がかかった。半刻、一刻。だが、確かに、粒は柔らかくなった。


「粥」


 ソウは呟いた。

 前世の言葉。だがガランたちは、その言葉を知らない。ガランは粥の名を知らないまま、しゃもじ代わりの木の枝で、鉢の中をかき混ぜていた。


 夕方、初めての粥が、皆の前に出された。

 木の桶で煮ていた頃のものとは別物だった。陶器の鉢は底まで均一に熱が通り、粒が芯までふやけている。


 バアが最初に、木の匙で一口口に運んだ。

 バアの頬が止まった。

 動かないまま、もう一口口に運ぶ。


「こんなに、美味いものを」


 バアは声がかすれた。


「わしは、この歳まで、知らなかったのかい」


 目に、薄く涙が浮いていた。

 涙を拭おうとしないまま、もう一口。バアの咳は、その夜は出なかった。


 カナがバアの隣で、自分の匙を見ていた。

 カナは何度か瞬きをして、それから、同じ匙でバアの口元へ、もう一掬い、運んでやった。バアは黙って、それを口に入れた。



 肉も、変わった。


 今までは焼くか、燻すか、生のまま食らうかだった。煮るという食べ方はなかった。

 テツが大きめの鉢に肉と、根の野菜と、水を入れて、火にかけた。半刻ほどで、肉が柔らかくなる。汁の中に、肉と野菜の味が出ている。

 ダイが汁を木の匙で口に運んで、しばらく無言だった。

 無言のまま、二口目、三口目。それから、空になった鉢の縁に、自分の指を一度当てた。


「了解」


 ダイは、それだけ言った。

 ダイの「了解」は、いつも、いろいろなものを意味する。今日のは、たぶん味への返事だった。



 大きな壺が、二つ焼き上がった。


 高さはソウの腰まで。腹は両腕で抱えても余るほど。中に、刈り取りの粒を流し込む。粒は壺の中で、さらりと音を立てて落ちる。布の上に積んで獣皮で覆っていた粒が、壺の中に納まっていく。

 蓋は、平たい皿のような陶器。粒を全て入れたあと、壺の口に蓋を被せ、隙間を粘土で塞ぐ。

 これで、鼠が入らない。湿気も、外からは届きにくい。


「これは——」


 ガランが壺の腹に手を当てた。


「冬を、越せる」


 ガランの声は低かった。

 今までガランが「冬を越せる」と口にしたことはなかった。「離れる必要はない」「ここで過ごす」とは言った。だが「越せる」と、肯定の語で言うのは初めてだった。


 ソウは少し離れた場所から、その声を聞いた。

 ガランの判定は、いつも一段低い場所に置かれる。だが、置かれたあとは揺れない。



 水を運ぶ用の細長い壺もできた。


 縁を首のように細くしてある。歩いても、こぼれにくい形。リアが川に行くついでに一つ持っていって戻ってきたとき、ソウの前に置いた。


「これは、便利だ」


 リアは短く、それだけ言った。


「両手で、革袋を抱えるよりも、軽い。半分の力で、運べる」


 リアが「便利だ」と口にしたのは、ソウが知る限り、初めてだった。

 灌漑水路を引いた日のリアは、何も言わずに、水の先頭をただ目で追っていた。穂が揺れた日のリアも、何も言わなかった。

 今日のリアは、はっきりと「便利」と言った。



 テツは、模様をつけ始めた。


 焼く前の壺の表面に、細い枝の先で、線を引く。最初は何でもない直線。次は、波のような線。その次は、二本の線が交差して菱形に近い形になった。

 ヒガが横で覗き込んだ。


「何の絵だ」


「絵じゃない」


 テツは答えた。


「ただの線」


「使うのか」


「使わん」


「なら、なんで、付けるんだ」


 テツは少しだけ、手を止めた。

 線を引く理由を、テツ自身も、まだはっきりとは説明できないようだった。だが手は止めても、引いた線は消さなかった。

 線が引かれた壺は、無地の壺と並んで、窯に入った。

 焼き上がってきた壺の表面に、細い線が、白い水の薄い膜の下から、はっきりと残っていた。


 ソウは、その線を、しばらく見ていた。

 使うために付けたのではない線。だが、消さなかった線。

 テツは前に、用途のない石を磨いて「使わんが、磨きたい」と言った。あれと同じ場所から、これは出てきている。



 夕方、テツが窯の覆いの上に手を当てて、火が落ちた後の温かさを確かめていた。


 テツの横顔が、火の名残を受けて、わずかに赤い。


「ソウ」


 テツは覆いから手を離さなかった。


「もっと熱い火が、作れたら——」


 テツは言葉を切ってもう一度覆いの表面の温かさを掌で確かめた。


「石より、硬い、何かが、作れる、気がする」


 ソウは答えなかった。

 答えずに、テツの横顔を見た。

 ふいごという道具をテツはまだ知らない。鞴の発展形がどう生まれていくか、ソウは知っている。だが、テツの口から「もっと熱い火」という言葉が、自分から出てきた。それで十分だった。

 粘土が硬くなる温度の上に、銅が溶ける温度がある。銅の上に、鉄が溶ける温度がある。テツの「もっと熱い火」は、まだ粘土の温度の上にあるだけだ。だが、上に向いているのが要だった。


「いずれ、作れる」


 ソウは、それだけ言った。


「いずれ、もっと熱い火を、作る」


 テツは頷いた。

 頷いてから、自分の手元のまだ焼く前の壺の縁を、指でそっと撫でた。



 夜、ソウは丘の中ほどに立って、五つの円を見渡した。


 住居の屋根の縁から、淡い煙が上がっていた。煮炊きの煙だった。陶器の鉢が、それぞれの住居の中で、火にかけられている。中で粥が炊かれているのか、肉が煮られているのか。匂いは、丘の中央にまで届いていた。

 大きな壺は、空き地の脇に並んでいた。粒の入った壺が二つ。水の入った壺が一つ。蓋がぴったりと閉まっている。

 窯は、覆いの上の温かさを、まだ少し残していた。


 器のある暮らしが、ここに、できていた。

 ソウは振り返って北の空を見た。雲が、東へ、速く流れている。秋が、終わろうとしていた。

 冬は、すぐそこに、来ていた。

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