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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

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第36話「白い砂」

 三日答えは出なかった。


 二度目の焼きで方向は見えた。だが、染みは止まらない。テツは粘土の配合を変え、ソウは焼く時間を変え、何度試しても、底の外側に小さな湿りが残る。完全に水を通さない器は、まだ作れていない。

 四度目の試しで割れた鉢の破片を、テツは空き地の隅に並べた。十枚を超えていた。


「足りないのは、温度なのか、土なのか」


 テツは破片を一枚拾って、断面を陽に透かした。


「分からん」


 ソウも答えなかった。

 答えがないときに、無理に答えを出すと、間違いに固まる。それは前世で、何度か学んだことだった。



 その日の夕方、リアが狩りから帰ってきた。


 獲物は小さな野鳥が二羽。それを腰に下げ、肩には弓。いつものように、空き地の脇を素通りしていく。だが、ソウの前を通り過ぎる手前で、足を止めた。

 肩から提げた革袋を、ソウの足元に下ろした。


「これ」


 革袋の口を開ける。中身は——白かった。


 ソウは膝をついて、革袋の中を覗き込んだ。

 白い砂。粒が細かく、きらきらと光っている。指でつまむと、指先で粒が動く感触。乾いた砂粒だが、普通の砂とは違う。光を含んでいる。


「河原の上流」


 リアは説明する顔ではなかった。


「いつもの場所より、もう少し、上流。岸の崩れたところに、こんな砂が、溜まっていた」


「これを、取ってきた、のか」


「なんか、綺麗だったから」


 リアの声は、いつもの平らな調子だった。

 だが、その「綺麗だったから」を口にする前に、ほんの半呼吸だけ、間があった。ソウだけが拾うような、ごく短い間だった。


 ソウは白い砂をひとつまみ自分の掌に載せた。


 粒は、不揃いだった。大きい粒、小さい粒、その中央あたりに、特に光を返す粒が混じっている。光を返す粒だけ、別の色をしている。透明に近い。

 ——石英だ。


 ソウの口の奥が乾いた。

 前世の書物の最も古い層。石英を多く含む砂。高温で焼くと、表面が溶けて、薄いガラスの膜になる。釉薬と呼ばれる仕組みの最も原初的な形。粘土の粒の隙間を、溶けた砂が埋める。それで、水を通さなくなる。


 答えは——目の前にあった。


「リア」


 ソウは顔を上げた。


「これは、使える」


「何に」


「器の表面に、塗って焼く。水が、通らなくなる、かもしれない」


 リアは少し首を傾げた。

 砂が水を通さなくする、という言葉が、頭の中ですぐには結びつかない顔だった。だがリアは、結びつかないことを、考え直したりしない。


「使うのか」


「使う」


「分かった」


 リアはそれだけ言って、革袋の口を閉じずに、地面に置いたまま、自分の小屋へ歩いていった。鳥は腰に下げたまま。砂は、ソウの足元に残った。



 テツが空き地に戻ってきたとき、ソウはまだ砂をつまんでいた。


 ソウの掌の上の白を見て、テツの目が動いた。


「これは」


「リアが、上流で拾ってきた」


「砂、か」


「ただの砂じゃない。この中に、火に強い粒が混ざっている。高い温度で焼くと——溶ける」


「溶ける?」


「溶けて、薄い膜になる。器の表面に塗って焼けば、その膜が、隙間を、塞ぐ」


 テツは指で粒をつまんで、目の前で擦り合わせた。

 指の腹で粒が動く。粒は硬い。爪で押しても、潰れない。


「これ、どうやって塗るんだ」


「水で、溶く。薄く、表面に、塗る」


 ソウは木の器に水を汲み、白い砂を入れた。混ぜると水が白く濁る。乳の薄まった色。砂が完全に溶けるわけではないが、水と一緒になって刷毛のような藁の束で塗れる程度の濃さになった。

 テツは、二日前に成形して乾かしておいた壺の素形を、空き地に運んできた。

 藁の束で、白い水を、表面に薄く塗った。一度。二度。乾かしてはまた塗る。


「何度、塗る」


「分からん。試す」


 ソウは答えた。

 書物の知識は、塗りの厚さまでは教えていなかった。



 その夜、窯に火を入れた。


 今度は、薪を多めに用意してあった。テツがここ三日のうちに割って積み上げてあったもの。それを窯の脇まで運んでくる。ヒガとダイが交代で運んだ。

 火種を入れると最初の煙が立ち上がる。

 テツは下の通気口の前にしゃがみ、藁の扇を握った。

 いつもの振り。風が吸い込まれ、奥の火が太くなる。だが今日のテツは、それで止まらなかった。


「もっと」


 テツは扇を握り直した。


「もっと強く送る」


 テツは扇を両手で持って振り始めた。

 いつもより速い。いつもより、振り幅が大きい。風が通気口に押し込まれる。窯の中で、赤い舌が、ぐっ、ぐっと音を立てて伸びるのが、ソウの耳にも届いた。

 唸っていた。

 火が、唸っていた。


「口で、息を、吹き込むと、火が、強くなる」


 テツは扇を振りながら、独り言のように呟いた。


「あれを、もっと大きく、やればいい。ずっと大きく」


 ヒガが横でぽかんと口を開けていた。

 ダイは黙ってもう一束の薪を運んできた。

 ソウは、窯の覆いの上に手をかざした。

 熱気が今までで一番強い。覆いの薄い場所が、内側から、橙色に染まっている。前の二度の焼きでは、ここまで色が出なかった。火が、明らかに、強い。


 テツは扇を止めなかった。

 止めずに、半刻。一刻。腕が疲れたら、ヒガに替わらせ、ヒガが疲れたらダイに替わらせる。テツ自身は途中で水を一度飲んだだけで、また扇を取った。

 窯の覆いの色が、橙色から、白に近い色に変わり始めた頃、テツが手を止めた。


「もう、いい」


 テツの息が荒かった。


「これ以上は、覆いが、保たない、かもしれない」


 ソウは頷いた。

 通気口を湿った土で塞ぎ、煙の出口にも土を被せる。火は中で、ゆっくり消えていく。

 夜は、風が冷たかった。だが窯の周りだけ、空気が、籠もるように暖かった。



 翌朝、棒で器をこじり出した。


 最初に出てきた壺の素形を、テツが両手で受け取った。


 受け取って——テツの手が止まった。


 表面が違った。

 昨日までのざらりとした赤褐色ではなく滑らかだった。指で撫でるとつるりとした感触が指先に流れる。塗った白い水が、焼かれて、薄い膜になっていた。色は乳に近い白。光を当てると、わずかに艶がある。

 ガラスのような薄い膜。だが、ガラスではない。粘土の上に、砂の溶けた膜が固まっている。


「……」


 テツは何も言わなかった。

 言葉より先に、水を汲みに行った。木の柄杓で水を汲み、壺の素形に注ぐ。半分まで入れる。

 地面に置く。


 一刻、待った。

 外側を、ソウが指でなぞると乾いていた。


 二刻、待った。

 もう一度なぞると乾いていた。


「漏れない」


 テツの声が、低くかすれていた。


 テツは壺を両手で持ち上げて、底を覗き込んだ。

 乾いていた。完全に。

 テツは石を一つ拾い、壺の縁を軽く叩いた。


 かんっ。


 澄んだ音が、空き地に響いた。陶器が硬く焼き締まったときの独特の音だった。前の二度の焼きの低く詰まった音とは明らかに違う。


「割れない」


 テツが石を地面に置いた。


「水も、漏れない」



 ソウはリアの方を見た。


 リアは、空き地の縁に立っていた。いつ来たのか、誰も気付かなかった。狩り支度のまま、肩に弓を提げて、空き地のこちらを見ている。

 白い水を塗った壺がこちらにある。

 その白を、リアは見ていた。

 自分が拾ってきた砂が、何になったのか。リアにはまだ、よく分かっていなかった。砂が綺麗だったから拾った。それを渡したら、ソウが「使える」と言った。それだけだ。


「リア」


 ソウは口を開いた。


「ありがとう」


「何が、だ」


 リアは少し首を傾げた。


「砂を、拾っただけだ」


「その砂が、全てを変えた」


 ソウの声は、自分でも思ったより、平らだった。

 あれだけのことを、こんな平らな声で言うのか、と自分で思った。だが、声が震えるほどのことは、リアにとっては、何でもないことだった。リアにはリアの基準がある。リアの中で、砂を拾ってきたのは、ただの「綺麗だったから」だった。


 リアは目を伏せた。

 伏せて——少しだけ、口の端を緩めた。

 笑った、というほどではない。だが、緩んだ。


 それから、何も言わずに、丘の南へ歩き去った。



 テツは壺を両手で抱えて、丘の中ほどへ駆け出した。

 ガランがいる方角だった。


 ソウは追いかけなかった。

 空き地に残って窯の覆いの上にもう一度手を当てた。覆いはまだ温かかった。中で何かが、終わったあとの温かさだった。


 しばらくしてテツが戻ってきた。

 ガランがその後ろから、いつもの歩幅で歩いてくる。ガランの目は、テツの両手の中の壺に、注がれていた。

 ガランは壺を一度受け取り、底を覗き、縁を石で軽く叩き、もう一度音を聞いた。


「これは——」


 ガランの口が、半呼吸止まった。


「使える」


 判定が、出た。

 テツはガランから壺を受け取って両手で抱えて、それから、ソウの方を見た。


「もっと、作ろう」


 テツの目は燃えていた。

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