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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

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第35話「窯の火」

 器は、三つ作った。


 窯の覆いが乾く五日のうちに、テツとソウが二日かけて成形したもの。形はそれぞれ違う。一つは底の浅い鉢。一つは縁の高い壺の素形。一つは平たい皿のようなもの。砂と毛皮の繊維を混ぜた粘土で、それぞれ厚みを変えてある。乾燥は四日。日陰でゆっくり乾かして、ひびは入らなかった。

 テツが両手で順に窯の中に運び入れて、火床の石の上に並べる。間隔は指三本。互いに触れない位置。


「いいか」


「いい」


 ソウは窯の覆いの上に手を当てて、表面の冷たさを確かめた。乾燥した土の冷たさ。これから、この冷たさが熱に変わる。


 テツが下の通気口から、火種を入れた。乾いた枝の先に火を移したものを長い棒で押し込み、火床の石の隣に火種を置く。それから細い枝を、通気口から少しずつ送り込んだ。

 最初の煙が、上の出口から立ち上がった。


 白い煙。細い柱。すぐに太くなる。

 窯の中で、火が立ち上がっていた。覆いがあるので外からは見えない。だが下の通気口から覗き込むと、奥の暗がりに赤い舌が見える。火床の石を舐めるように動いている。


「焚く」


 テツは下の通気口の前にしゃがみ、藁を束ねた扇を持った。窯の覆いから半歩離れた位置で、扇をゆっくり振る。風が通気口に吸い込まれ、奥の赤い舌がぐっと太くなった。


「効くぞ、やっぱり」


 ヒガが横で、声を上げた。


「焚き火の時より、火が、太い」


「太いし、長い」


 テツの返事は、扇を振る手は止めずに来た。


「上から見ると、煙が、まっすぐ立つ。風が、横に逃げてない」


 ソウは煙の出口の上方に手をかざした。

 熱気がはっきり感じられた。焚き火の上の熱気とは違う。集まっている。一点に。煙だけが抜けて、熱は中に残っている。



 半日、火を焚き続けた。


 テツとソウが交代で窯番をする。一刻ごとに枝を送り込み、扇でときどき風を送る。送りすぎると火が暴れる。送らなさすぎると弱る。さじ加減を、テツは早い段階で掴んだ。

 窯の覆いの色が、最初は灰色だったのが、次第にうっすらと赤を帯びてきた。覆いの厚みのある場所は変わらない。薄い場所だけが、内側からの熱で色を変えていた。


 昼を回り、日が西に傾き始めた頃、テツが手を止めた。


「もう、いい」


「これ以上は、薪が、もたない」


 ソウは覆いの上の出口から立ち上る煙を見た。

 煙の量は、最初より減っていた。火は燃え尽き始めている。


「火を、落とす」


 テツが下の通気口に湿った土を詰めて空気の入りを止め、上の煙の出口にも、軽く土を被せる。火は中で、ゆっくり消える。

 ソウは窯から半歩下がった。

 覆いの表面がまだ熱い。手のひらが近付くと、肌が縮む距離。今、開けても、中の器は触れない。


「冷ます」


 テツは覆いの上に、両手を添えるように置いた。


「一晩、待つ」


 夜、ソウは窯の脇で寝床を作った。

 ガランの古い小屋から獣皮を一枚借りて、空き地の隅に敷く。火を絶やさない、というほどの監視ではない。だが、誰かが脇にいた方がいい気がした。

 窯は夜の中で、低くこもった熱を放っていた。

 空気が冷えていく中で、その熱だけが、形を持って残っている。



 翌朝、覆いを開けた。


 いや——覆いは開けない。下の通気口の土を取り除き、上の出口から長い棒を差し込んで、中の器を一つずつ、こじり出す。テツが慎重に棒を動かした。

 最初の一つ。底の浅い鉢が出てきた。

 色は変わっていた。元の茶色から、もう一段深い赤褐色に。表面を指で撫でると、ざらりとした感触。前の試みのときの煤の黒さではなく、土そのものの色が変わっている。


「焼けた」


 テツの声は低かった。


 二つ目。縁の高い壺の素形が出てきた。

 こちらも赤褐色。指で弾くと、かんっ、と硬い音。前の試みでは、ぱき、という鈍い音だった。今度の音は、硬い金属に近い。

 三つ目。平たい皿が出てきた。

 こちらは——半分に割れていた。火の通り方が均一でなかったらしい。底の薄いところに亀裂が走っている。


「一つは、割れた」


 テツが破片を指で拾った。


「だが、二つは、無事」


 ヒガが空き地に駆けて来ていた。ダイも後ろから歩いてくる。リアは来なかった。リアは朝、狩りに出ていた。

 ヒガは無事な鉢を一つ覗き込んで、息を一つ長く吐いた。


「焼けたな」


「焼けた」


 テツが答えた。



 水を入れる試しを、ガランが見にきてからやった。


 テツが鉢を地面の上に置き、木の柄杓で水を汲んで鉢に注ぐ。水は鉢の縁の近くまで入った。

 しばらく待つ。

 鉢の外側を、ソウが指でなぞった。最初は乾いている。半刻、待つ。

 ゆっくりと底の外側の一点に、染みが現れた。濡れた土の色。指でなぞると、指の腹に水が付いた。


「染みた」


 テツの声が低かった。


「漏れる、のか」


「漏れる、というほどではない」


 ソウは指の水をもう一度確かめた。


「だが、染みている。中の水が、土の中を、外まで通り抜けている」


「焼けたのに、まだ通すのか」


「焼きが、足りないのかもしれない」


 ソウは鉢を持ち上げて、底を覗いた。

 粘土の粒は、焼く前より引き締まっている。だが、粒と粒の間に、まだ隙間が残っている。粒が完全に溶けて、隙間を埋めるところまでは、火が届いていない。

 ガランは何も言わなかった。

 水の入った鉢を一度手に取り、重さを確かめ、地面に戻す。それだけだった。判定はまだ出さない。



 二度目の焼きを、その日のうちに始めた。


 通気口を、テツが少し広げた。風がもっと強く入るように。上の煙の出口は、逆に少し狭くした。熱が抜けるのを遅らせるためだ。

 器を二つ新しいのを入れた。前と同じ粘土と砂の配合。形だけ少し変える。底をもっと厚く、縁をもっと低く。

 テツは扇を前より速く振った。

 通気口に吸い込まれる風が明らかに強い。中の赤い舌が、太く、長く長く伸びる。


 半日焚いた。

 覆いの色が、前回より、もう一段深く赤を帯びた。


 夜を越して、翌朝、また器を取り出した。

 前回より、色が深い。赤褐色の中に、わずかに黒が混じっている。指で弾くと、音が前回より澄んでいる。

 水を入れた。

 半刻、待つ。底の外側に、また染みが出た。

 だが——前回より、染みは小さかった。指でなぞると湿っているのが分かる程度。前回のように、指の腹に水が付くまでにはならない。


「方向は、正しい」


 ソウは指を見つめた。


「だが、何か、足りない」


 テツも、自分の指で底を撫でていた。

 撫でながら、何度も繰り返す。撫でて、嗅いで、また撫でる。

 答えはまだ出ない。だが、方向だけは決まっていた。

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