表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/39

第34話「窯を建てる」

 穴は、丘の中ほどの空き地に掘った。


 ガランが指で示した場所。住居から十歩離れていて、風下にもならない。ダイがまず鋤の先で土を掻き、ヒガが両手で土を掻き出す。穴の直径は両腕を広げたほど。深さは、立ち上がったテツの腰の高さまで。


「これくらいで、足りるか」


 ダイが手を止めて、穴の縁から中を覗き込んだ。


「火を、深く置く。深くしないと上の覆いとの間が、足りない」


 テツの返事は短かった。

 テツは穴の中に降りて、底の中央に石を一つ置いた。火床の中心になる石。それから穴の壁に沿って、拳大の石を等間隔に並べていく。

 ソウは穴の縁にしゃがんで、テツの動きを見ていた。


「下の穴は、北側」


 ソウは棒の先で、北の壁を指した。


「風が北から来る。下の穴を北に開けると、外の風が直接、火床に当たる」


「分かる」


 テツは並べた石の北側に、拳が二つ通る大きさの隙間を作った。ここに通気口を作る。外と中をつなぐ穴。

 反対側、南の上のほうにもう一つ穴を空ける場所を決めた。煙の出口。下から空気が入って、上から煙が抜ける——鳥の巣の屋根の話を、テツがまた持ち出した。下から上へ流れる。



 二日目、石を組み終えた。


 テツが石の隙間を捏ねた粘土で塞いでいく。粘土は、テツが川下で見つけた細かいやつ。器を作るために残しておいたうちの半分を、こっちに回した。塞いでは押し込み、押し込んではまた塞ぐ。テツの手は、すぐに肘まで茶色くなった。


「上を、どうする」


 ヒガが穴の縁から声をかけた。


「土で、覆う」


 テツは答えた。


「丸く、こんもりと。上の真ん中に、煙の出口」


「丸く、というのは、どれくらいだ」


「ソウ」


 テツが顔を上げた。

 ソウは地面に棒の先で、再び絵を描いた。穴の上に乗せる土の覆いで、半球。中央が一番高く、縁に向かってなだらかに下がる。


「半分の球。中の空気を、上で集める。集めたところに、煙の穴。一箇所」


「半分の球ってどうやって作るんだ」


 ヒガの声に、ソウは少し考えた。

 半球の土の覆いを、土だけで自立させるのは難しい。乾く前に崩れる。前世の書物の最も古い層では、確か——枝で骨を組み、その上に土を乗せて乾かしたはずだ。骨は焼くときに燃え尽きる。燃え尽きた跡が、空気の通り道になる、と書いてあった。


「枝で、骨を組む」


 ソウは答えた。


「半分の球の形に、細い枝を曲げて組む。その上から、土を、被せる。乾けば、土だけで形が残る」


「枝は、燃えるんじゃないか」


「燃えていい。火を入れると、骨は燃えて消える。土だけが残る。骨が消えた跡は、煙の通り道になる」


 ヒガは少し考えて、納得しなかった顔のまま、それでも頷いた。

 ダイが黙って細い枝を集めに行った。



 三日目、骨組みができた。


 半球の枝の骨。テツとダイが両側から枝を曲げ、湿らせた樹皮の細紐で結束する。骨が立ち上がるのに半日かかった。

 骨が組み上がると、その上から泥を被せていく。粘土と土を混ぜたもの。粘土だけでは乾きすぎて割れる、と前回の失敗で分かった。混ぜれば均一に乾く。


「混ぜろ」


 テツが指示した。


「砂も、少し」


 ヒガが砂を混ぜた泥を運んでくる。テツが両手で骨の上に塗りつける。塗っては押し込み、押し込んではまた塗る。半球の表面が、少しずつ滑らかに均されていく。


 その時、リアが現れた。


 弓を肩にかけたまま、空き地の縁から無言で歩いてくる。手には、布に包んだ何かを抱えていた。

 布を地面に置く。中身は獣の毛皮の切れ端だった。


「これ」


 リアはそれだけ言って、毛皮を泥の脇に並べた。


「壁に、混ぜたら、ひび割れにくいって、ばあちゃんが、言ってた」


 バアが言ったのか、リア自身が思いついて、バアに確かめたのか。それは分からない。だがリアが自分の口で「ばあちゃん」と言うのは、ソウが知る限り、初めてだった。


 テツが手を止めて、毛皮の切れ端を指でつまんだ。

 短く切られた毛が指先に絡む。粘土に混ぜれば、繊維が割れを止める。藁を混ぜるのと同じ理屈。だが毛皮の繊維は藁より強い。


「使う」


 テツが毛皮を泥の中に投げ込んだ。混ぜ込む。指でほぐすと、泥の中に黒い線が散る。


「リア。お前、ここで、何してる」


 ヒガが、つい聞いてしまった。

 ヒガは聞いてしまってから、自分でも、しまったと思った顔をした。リアは振り向きもせず、毛皮の最後の一切れを泥の脇に置きながら答えた。


「手伝うとは、言ってない」


 リアの声は平らだった。


「暇なだけだ」


 ソウは穴の縁で、何も言わなかった。

 灌漑水路を引いた日のリアの声と、同じだった。あの日も、リアは「暇だから」と言った。穂が揺れていた日にも、リアは「暇だからだよ」と言った。今日も、リアは「暇だから」と言った。

 三度目の「暇だから」。一年と少し前のリアと、今のリアは、見た目はそれほど変わっていない。だが言葉の置き方が少しだけ違う。

 灌漑の日の「暇だから」は、目を逸らしながら言った。

 今日の「暇だから」は、目を逸らさなかった。


 リアは毛皮を全部下ろすと、自分の弓を肩にかけ直した。


「終わったら、また来る」


 リアは丘の南へ歩き去った。



 四日目、覆いが乾き始めた。


 表面が灰色に変わり、指で押すと固い。縁の一部にひびが入っているのを、テツが砂入り粘土で塞ぐ。何度も塞いで、何度も乾かす。

 その日の夕方、テツがふと手を止めた。


「下の通気口」


 テツは下の穴を覗き込んでいた。


「ここに、空気を、もっと強く入れたら、どうなる」


 ソウは穴の縁にしゃがんだ。


「強く、というのは」


「口で、息を、吹き込むと、火が、強くなる」


 テツは自分の口を窄めて、ふっ、と空気を吐いた。


「あれを、もっと大きく、やる」


「扇で、風を、送るのか」


「扇」


 テツはその言葉を口の中で繰り返した。


「藁を、束ねて、振れば、いい。もっと大きく、振れば、もっと風が、出る」


 ソウは黙った。

 送風。前世の書物にあった。窯の温度を上げるのに、風を送るのは確かに有効だった。ふいごという道具がいずれ生まれる。だがその種は、テツが今、自分で蒔こうとしていた。教えるべきか。教えずにおくべきか。


 ソウは教えなかった。


「やってみろ」


 ソウはそれだけ言った。

 テツが地面の藁を一掴み束ねた。簡素な扇。テツは試しに通気口の前で振ってみた。風が穴の中に吸い込まれ、奥の暗がりが、わずかに明るくなった。

 テツは振りながら、笑った。


「効く」


 テツの目は、暗い穴の奥にあった。



 五日目の夕方、覆いが完全に乾いた。


 テツが石で覆いを軽く叩く。乾いた音がした。粘土の鉢が割れたときの音とは違う。土の塊が固まったときの低く詰まった音。

 ソウは窯の周りを一周歩いた。

 半球の覆い。下の北側に通気口。上の南寄りに煙の出口。中央には火床の石。乾燥の途中で骨の枝は燃えていない。火を入れたとき、初めて骨が焼け落ちる。骨が消えた跡が、覆いの中の空気を抜けるための小さな通り道になる。


 ガランが空き地の縁に立って窯を見ていた。


「形が、できたか」


「できた」


 テツが答えた。


「明日、焼いてみよう」


 ガランは頷いた。

 頷いてから、もう一度窯を見て、何も言わずに丘の方へ戻っていった。判定はまだ出していない。中で火を焚いて、器が出てきて、初めて判定が出る。それまでは形だけだ。


 夕方の風が北から吹いた。

 風は窯の下の通気口から吸い込まれ、上の煙の出口から、わずかに出ていった。中に火はないのに、風だけが、窯を一度通り抜けた。


 明日焼いてみよう。

 テツの言葉が、ソウの頭の中でもう一度響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ