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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

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第33話「粘土と火・試行錯誤」

 最初の器は、形にすらならなかった。


 テツが両手で円を作り、その中に粘土を押し込んでいく。底を薄く、縁を厚く。指で内側を撫でて、滑らかに均す。

 器の形が立ち上がる。掌に収まる小さな鉢。テツが指を離すと、縁の一箇所が、ふつ、と内側に倒れた。


「……」


 テツは無言で倒れた縁を立て直し、両手で押さえた。手を離すと、また同じ場所が倒れた。


「重さに、負けてる」


 ソウは隣で自分の粘土を捏ねていた。


「縁が、薄すぎる。下が支えられていない」


「分かる」


 テツは粘土を一度塊に戻した。手の中で押して丸めて、また広げる。今度は底を厚く取り、縁の高さも、半分に抑える。

 立ち上がった鉢の縁は倒れなかった。テツは指を離して、それを地面の上に置いた。


「乾かす」


 テツは小屋の前の日陰に鉢を運んだ。直射日光に当てると外側だけ早く乾いて割れる、とソウが言ったからだ。日陰でゆっくり乾かす。一日。二日。



 二日目の朝、鉢は割れていた。


 亀裂は底から縁まで、まっすぐに走っている。指で押すと、二つに分かれた。テツは分かれた片側を持って断面を見つめた。


「中まで、乾いてない」


「中の水分が抜けるときに、外側が縮んで、引っ張られた」


 ソウは破片を指で擦った。粒子は確かに細かい。だが、細かすぎて、乾くときに均一に縮まない。


「砂を、混ぜてみよう」


 ソウは河原で集めてきた粗い砂を、別の塊に混ぜ込んだ。粘土と砂を交互に重ね、足で踏み、また捏ね直す。砂の粒が、粘土の中に均等に散る感触。前世で読んだ書物の最も古い層——粘土だけでは器にならない。混ぜ物を入れる。それが定石だった。


「これくらいか」


 テツは砂入りの粘土を指で千切って断面を見た。砂の粒が見えて、粘土の色の中に白っぽい点が散っている。


「やってみる」


 テツは新しい鉢を作った。底を厚く、縁を低く、壁の厚みは指一本分。形を作って日陰に置く。



 三日目、その鉢は割れなかった。


 テツが指で叩くと、乾いた音がした。前の鉢のような、湿った重さの音ではない。

 ソウは頷いた。


「焼く」


 焚き火は丘の中ほどで起こした。

 乾いた枝を高く積み、火を中ほどから入れる。炎が立ち上がるのを待ってから、テツが鉢を慎重に火の中に入れた。

 煙が立ち上がり、鉢の表面が黒く煤を被る。テツは細い枝で鉢を覆うように炭の位置を調整した。火力の中心が鉢の真下に来るように。

 半刻ほど焚き続けた。鉢は赤く、いや——赤くはならなかった。

 火は熱い。だが鉢の表面の色は、わずかに黒くなっただけだった。


「これくらいで、いいのか」


 ヒガが少し離れた場所から覗き込んでいた。


「分からん」


 テツは答えた。


「焚き火の上でやれば、いいと思っていた。だが、足りない、かもしれない」


 火を落とすまでもう半刻待ち、火が落ちてからさらに半刻、鉢を冷ました。急に出すと割れる、というのもソウが言ったことだった。


 冷め切った鉢を、テツが両手で取り出した。

 表面に煤が残っていて、指で擦ると黒い粉になって取れた。下から茶色がかった土の色が出てくる。

 テツは鉢を地面に置き、石で縁を軽く叩いた。


 ぱきと鉢が二つに割れた。



「まだ、もろい」


 テツは破片の断面を指で確かめた。


「焼く前と、あまり、変わらない」


 ソウは破片を一つ手に取り、自分の手の中で重さを量った。

 焼く前の粘土と、焼いた後の粘土で、重さはほとんど変わらない。色がわずかに変わっただけだ。


「温度が、足りない」


 ソウは破片を地面に戻した。


「火は熱い。だが、粘土の中まで、熱が通っていない」


「もっと長く焚けば?」


「長く焚いても、上から火が当たるだけだ。下も、横も、熱くならない」


 テツは黙った。

 黙ったまま、新しい粘土の塊に手を伸ばす。次の鉢を作るためだ。テツは、こういう時に手を止めない男だった。

 ソウは焚き火の周りを歩いた。

 焚き火は開いていて、上が開き、横も開いている。熱が逃げる場所が多すぎる。前世の書物に出てきた窯の絵が、頭の中に浮かんだ。土を盛り上げ、中を空洞にし、上を覆う。横に小さな穴を一つ。火は中で閉じ込められ、空気は穴から入る。空気が入ることで、火は逆に強くなる。


 ソウは地面に棒の先で、その絵を描いた。


 円。円の中央に火。円の周りを土の壁が囲み、上は丸く覆われる。横に二つの穴。下の穴から空気が入り、上の穴から煙が抜ける。

 テツが手を止めた。粘土の塊を持ったまま、ソウの絵を見ている。


「これは」


「窯」


 ソウはその言葉を口にしてから、自分でもう一度繰り返した。


「窯。火を、閉じ込める」


「閉じ込めると消えるんじゃないのか」


「消えない。空気が入る穴があれば。むしろ、外の焚き火より、強くなる」


 テツの目が、絵の上で動いた。下の穴の位置を指で押さえ、上の穴の位置を指で押さえる。


「下から、空気が、入る。上から、煙が、抜ける。鳥の巣の屋根と、同じだ。下から上へ、流れる」


「そうだ」


 テツの声は低かった。

 粘土を地面に置いて、両手を膝に当てる。地面の絵をしゃがんでもう一度見た。


「これ、土で、作るのか」


「土で土を焼く。だが、外側は焼かない。外側はただの土の壁だ」


「五日要る」


 テツは指を折った。


「穴を掘って、石を組んで、土で覆って乾かす。早くて五日」


「冬の前に、間に合うか」


「間に合わせる」


 テツは絵から目を離さなかった。



 夕方、ガランが焚き火の脇に来た。


 地面の絵を一度見てから、煤を被ったままの割れた鉢の破片を手に取った。指でつまみ、軽く重さを量って地面に戻す。


「割れたか」


「割れた」


 ソウは答えた。


「だが、形は作れる。焼くと、もろい。火が、足りない」


「窯を、作る」


 テツが横から付け足した。


「火を、閉じ込める仕組みだ。五日で建てる」


 ガランは絵をしばらく見てから、丘の中ほどの空き地の方を顎で示した。


「あの辺りに、置け。住居から、離れている。風下にも、ならない」


 ガランは細かいことを言わない。だが場所だけは必ず指示する。長年、火と暮らしてきた者の判断だった。


「了解」


 ダイの声が、ガランの背後から聞こえた。

 ダイは丸太を肩に担いで通りかかったところで、話を聞いていたわけではないが、聞こえた言葉に反応する癖がついている。


「掘るのは、俺と、ヒガで」


 ヒガが後ろで何かを言いかけて止めた。たぶん「マジか」と言いそうになって、止めたのだ。

 ダイの隣で、ヒガは細い枝を抱え直した。



 夜、ソウは割れた鉢の破片を、自分の小屋——ではない、自分の寝床の脇に並べた。


 断面を上に向けて五つ並ぶ。同じ粘土から作って同じ火で焼いて、五つとも違う割れ方をした。亀裂の角度。深さ。表面の煤の厚さ。

 ソウは指で順に触れていった。

 一つ目は底から縁へまっすぐ、二つ目は斜めに走り、三つ目は縁の一箇所から放射状に。四つ目は、外側だけ薄く剥がれた。五つ目は、底だけが抜けた。


 ——温度が足りない。


 ソウはもう一度確信した。

 明日窯を建てる。それで温度を上げる。

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