第33話「粘土と火・試行錯誤」
最初の器は、形にすらならなかった。
テツが両手で円を作り、その中に粘土を押し込んでいく。底を薄く、縁を厚く。指で内側を撫でて、滑らかに均す。
器の形が立ち上がる。掌に収まる小さな鉢。テツが指を離すと、縁の一箇所が、ふつ、と内側に倒れた。
「……」
テツは無言で倒れた縁を立て直し、両手で押さえた。手を離すと、また同じ場所が倒れた。
「重さに、負けてる」
ソウは隣で自分の粘土を捏ねていた。
「縁が、薄すぎる。下が支えられていない」
「分かる」
テツは粘土を一度塊に戻した。手の中で押して丸めて、また広げる。今度は底を厚く取り、縁の高さも、半分に抑える。
立ち上がった鉢の縁は倒れなかった。テツは指を離して、それを地面の上に置いた。
「乾かす」
テツは小屋の前の日陰に鉢を運んだ。直射日光に当てると外側だけ早く乾いて割れる、とソウが言ったからだ。日陰でゆっくり乾かす。一日。二日。
*
二日目の朝、鉢は割れていた。
亀裂は底から縁まで、まっすぐに走っている。指で押すと、二つに分かれた。テツは分かれた片側を持って断面を見つめた。
「中まで、乾いてない」
「中の水分が抜けるときに、外側が縮んで、引っ張られた」
ソウは破片を指で擦った。粒子は確かに細かい。だが、細かすぎて、乾くときに均一に縮まない。
「砂を、混ぜてみよう」
ソウは河原で集めてきた粗い砂を、別の塊に混ぜ込んだ。粘土と砂を交互に重ね、足で踏み、また捏ね直す。砂の粒が、粘土の中に均等に散る感触。前世で読んだ書物の最も古い層——粘土だけでは器にならない。混ぜ物を入れる。それが定石だった。
「これくらいか」
テツは砂入りの粘土を指で千切って断面を見た。砂の粒が見えて、粘土の色の中に白っぽい点が散っている。
「やってみる」
テツは新しい鉢を作った。底を厚く、縁を低く、壁の厚みは指一本分。形を作って日陰に置く。
*
三日目、その鉢は割れなかった。
テツが指で叩くと、乾いた音がした。前の鉢のような、湿った重さの音ではない。
ソウは頷いた。
「焼く」
焚き火は丘の中ほどで起こした。
乾いた枝を高く積み、火を中ほどから入れる。炎が立ち上がるのを待ってから、テツが鉢を慎重に火の中に入れた。
煙が立ち上がり、鉢の表面が黒く煤を被る。テツは細い枝で鉢を覆うように炭の位置を調整した。火力の中心が鉢の真下に来るように。
半刻ほど焚き続けた。鉢は赤く、いや——赤くはならなかった。
火は熱い。だが鉢の表面の色は、わずかに黒くなっただけだった。
「これくらいで、いいのか」
ヒガが少し離れた場所から覗き込んでいた。
「分からん」
テツは答えた。
「焚き火の上でやれば、いいと思っていた。だが、足りない、かもしれない」
火を落とすまでもう半刻待ち、火が落ちてからさらに半刻、鉢を冷ました。急に出すと割れる、というのもソウが言ったことだった。
冷め切った鉢を、テツが両手で取り出した。
表面に煤が残っていて、指で擦ると黒い粉になって取れた。下から茶色がかった土の色が出てくる。
テツは鉢を地面に置き、石で縁を軽く叩いた。
ぱきと鉢が二つに割れた。
*
「まだ、もろい」
テツは破片の断面を指で確かめた。
「焼く前と、あまり、変わらない」
ソウは破片を一つ手に取り、自分の手の中で重さを量った。
焼く前の粘土と、焼いた後の粘土で、重さはほとんど変わらない。色がわずかに変わっただけだ。
「温度が、足りない」
ソウは破片を地面に戻した。
「火は熱い。だが、粘土の中まで、熱が通っていない」
「もっと長く焚けば?」
「長く焚いても、上から火が当たるだけだ。下も、横も、熱くならない」
テツは黙った。
黙ったまま、新しい粘土の塊に手を伸ばす。次の鉢を作るためだ。テツは、こういう時に手を止めない男だった。
ソウは焚き火の周りを歩いた。
焚き火は開いていて、上が開き、横も開いている。熱が逃げる場所が多すぎる。前世の書物に出てきた窯の絵が、頭の中に浮かんだ。土を盛り上げ、中を空洞にし、上を覆う。横に小さな穴を一つ。火は中で閉じ込められ、空気は穴から入る。空気が入ることで、火は逆に強くなる。
ソウは地面に棒の先で、その絵を描いた。
円。円の中央に火。円の周りを土の壁が囲み、上は丸く覆われる。横に二つの穴。下の穴から空気が入り、上の穴から煙が抜ける。
テツが手を止めた。粘土の塊を持ったまま、ソウの絵を見ている。
「これは」
「窯」
ソウはその言葉を口にしてから、自分でもう一度繰り返した。
「窯。火を、閉じ込める」
「閉じ込めると消えるんじゃないのか」
「消えない。空気が入る穴があれば。むしろ、外の焚き火より、強くなる」
テツの目が、絵の上で動いた。下の穴の位置を指で押さえ、上の穴の位置を指で押さえる。
「下から、空気が、入る。上から、煙が、抜ける。鳥の巣の屋根と、同じだ。下から上へ、流れる」
「そうだ」
テツの声は低かった。
粘土を地面に置いて、両手を膝に当てる。地面の絵をしゃがんでもう一度見た。
「これ、土で、作るのか」
「土で土を焼く。だが、外側は焼かない。外側はただの土の壁だ」
「五日要る」
テツは指を折った。
「穴を掘って、石を組んで、土で覆って乾かす。早くて五日」
「冬の前に、間に合うか」
「間に合わせる」
テツは絵から目を離さなかった。
*
夕方、ガランが焚き火の脇に来た。
地面の絵を一度見てから、煤を被ったままの割れた鉢の破片を手に取った。指でつまみ、軽く重さを量って地面に戻す。
「割れたか」
「割れた」
ソウは答えた。
「だが、形は作れる。焼くと、もろい。火が、足りない」
「窯を、作る」
テツが横から付け足した。
「火を、閉じ込める仕組みだ。五日で建てる」
ガランは絵をしばらく見てから、丘の中ほどの空き地の方を顎で示した。
「あの辺りに、置け。住居から、離れている。風下にも、ならない」
ガランは細かいことを言わない。だが場所だけは必ず指示する。長年、火と暮らしてきた者の判断だった。
「了解」
ダイの声が、ガランの背後から聞こえた。
ダイは丸太を肩に担いで通りかかったところで、話を聞いていたわけではないが、聞こえた言葉に反応する癖がついている。
「掘るのは、俺と、ヒガで」
ヒガが後ろで何かを言いかけて止めた。たぶん「マジか」と言いそうになって、止めたのだ。
ダイの隣で、ヒガは細い枝を抱え直した。
*
夜、ソウは割れた鉢の破片を、自分の小屋——ではない、自分の寝床の脇に並べた。
断面を上に向けて五つ並ぶ。同じ粘土から作って同じ火で焼いて、五つとも違う割れ方をした。亀裂の角度。深さ。表面の煤の厚さ。
ソウは指で順に触れていった。
一つ目は底から縁へまっすぐ、二つ目は斜めに走り、三つ目は縁の一箇所から放射状に。四つ目は、外側だけ薄く剥がれた。五つ目は、底だけが抜けた。
——温度が足りない。
ソウはもう一度確信した。
明日窯を建てる。それで温度を上げる。




