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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

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第32話「冬支度」

 残りの二棟が、屋根まで届いた。


 粘土が朝のうちに塗り終わり、昼を回ってから草の束が屋根に重なった。最後の束をヒガが押し込み、押し込んでから自分の掌を見て笑った。

 茶色だった掌が、藁の色に戻りかけている。


「全部、終わった」


 ヒガが声に出したのは、誰かに聞かせるためではなく、自分の口から出してそうだと確かめるためだった。


 ダイは隣で何も言わない。屋根の縁を一度掌で軽く叩いたのは、ガランが最初の小屋でやったのと同じ動きだった。

 判定が出れば、形が固まる。


 ソウは丘の中ほどに立って、五つの円を順に見渡した。

 円。円。円。円。円。屋根の高さは揃わない。骨を組んだ日が違うので、草の重ねの厚みも違う。それでも風は確かに、五棟分、止まっていた。


 ——家になった。


 ソウは声に出さなかった。

 声に出すと、約束になる気がした。冬は、まだ来ていない。



 住居の割り振りは、その日の夕方にガランが決めた。


 最初の小屋にバアとカナとミラ。年寄りと、年寄りの世話をする者を一棟にまとめる。二つ目にナツとトウカと、もう三人の女。三つ目にテツとダイとヒガ、それと若い男たち。四つ目に幼い子のいる家族。五つ目に、独り者と、行き場の決まらない者。

 サガは五棟目に黙って入った。ムロも同じ五棟目に振られたが、夜になっても自分の小屋から動かない。


 ガランは自分の名を、どの円の中にも入れなかった。


「俺は、外でいい」


 ガランは焚き火の脇で、自分の小屋の方を顎で示した。

 古い小屋で屋根が低く、壁は獣皮を重ねただけ。冬を越したことが何度もある小屋だ。


「あれで足りる。慣れている」


 ソウは何か言いかけて止めた。理屈で押せばガランは押し返してくる質ではない。だが理屈で押せば、五棟の意味が薄くなる。


 リアもまた、円の中に名前を入れなかった。


「あたしも、外」


「冬は寒いぞ」


「知ってる」


 リアはそれだけ言って、自分の獣皮の小屋の方へ歩いていった。背中は何も語らないし、背中で語る種類の女ではない。

 ガランは娘の背中を一度見て、それきり目を戻した。


 ソウは焚き火の前に座り直した。

 外に残ると決めた二人がいる。理由は聞けばいい。聞いても、答えは多分、同じだ。家を建てたのは族のためで、自分のためではない。



 翌朝、テツは燻製小屋の前に若い男たちを集めた。


 火の起こし方は、もう全員が知っている。だが煙の出し方を知っているのはテツとソウとガランだけだ。煙は火と違う。立て過ぎれば肉が焦げ、少な過ぎれば腐る。風の入りで変わる。


「棚は、これくらい」


 テツは指で高さを示した。火種から肉までの距離で、指三本。


「火に、青い葉を、混ぜる。乾いた枝だけだと、煙が、出ない」


 ヒガが青い葉を一掴み、火種の脇に置いた。煙が白く太く立ち上がり、棚に届いて、上で渦を巻いた。


「分かるか」


「分かる」


 ヒガの声は素直だった。テツの隣でダイが黙って自分の手元の枝を裂いていた。手は速く、聞きながらもう次の燻製の支度に入っている。

 ナツが奥から肉の切り身を運んできて、一切れずつ棚に並べる。間隔は、テツが指で示したのと同じ。


「冬の前にもう一度棚を、増やす」


 テツの言い方は、命令ではなかった。教える者の調子だった。一年前のテツはソウの言うことを聞く側だったのが、今は聞かせる側に回っている。

 ソウは少し離れた場所から、それを見ていた。

 テツは、自分が教える側に回ったことに気付いていない。気付かないまま、教えている。それが正しい順序だと、ソウは思った。



 昼前、バアの咳が止まらなくなった。


 最初の小屋の中で、カナが付き添っている。ミラが湯を運んだ。ソウが入り口の脇で立ち止まると、カナが小さく首を振って、「中に入らない方がいい」とは言わずに、ただ目だけで合図した。

 バアは横になっていて、咳の合間がいつもより長くない。


 ソウは入り口を離れて、丘の北側に立った。

 空はうっすら曇っていた。秋の最後の曇り。冷たさはまだ薄い。だが夜には、もう一段下がる。

 咳の音が小屋から漏れて、丘の風に混じる。混じってすぐに、消える。


 夕方近く、咳が一度止まった。

 ミラが小屋から出てきて、入り口の脇でしゃがみ、湯の入っていた木の器を膝に置いた。


「眠った」


 ミラは顔を上げずに言った。


「水を、少し飲んだ。葉っぱの煮汁も、少し。眠った」


「起き上がったか」


「いいえ」


 ミラは木の器を両手で握った。


「立とうとしたけれど、立てなかった。それで、寝かせた」


 ソウは何も言わなかった。

 立ち上がろうとして立てなかった朝が初めて来た。咳は今までで一番長かったわけではないが、足に力が入らなかった。それが今までと違う。


 夜、バアは目を覚まして粥を半分だけ食べた。半分残した粥を、カナが代わりに食べた。バアはそれを見て笑った。


「明日は、起きる」


 バアの声は、いつも通りだった。


「葉っぱの乾し方を、ミラに、教えるんじゃ。明日」


 カナが頷いた。

 ソウは焚き火の外側で、その頷きを見ていた。



 翌朝、バアは本当に起き上がった。


 歩みは遅い。だが自分の足で、薬草の干場まで行き、ミラとカナを脇に座らせて葉の選別を始めた。咳は朝のうちに二度立ったきりで、昼前には止まった。

 ソウは胸の奥で、何かが一度、引っかかって離れた。引っかかったまま、消えはしない。だが今日は離れた。


「老ぼれを、心配するな」


 バアは葉の束を捻って、薬草の根元の固いところを爪で外しながら、ソウの方は見ずに言った。


「冬は、まだ来ておらん」


 ソウは頷いた。

 冬の前に、戻った。それで十分だった。



 昼過ぎ、テツが川下から戻ってきた。


 両手に何かを抱えている。茶色だがいつもの粘土とは色が違って、少し白い。乾く前から、表面が滑らかに見える。


「これ」


 テツはソウの前にそれを置いた。


「他のと、触った感じが、違う」


 ソウは指で表面を撫でた。

 粒子が細かく、砂の混じりが少ない。指で押すと、ぬるりと沈む。沈み方が滑らかで、今までソウが触った粘土の中で一番きめが細かい。


「川下の岸の崩れたところ。今までのより、もう少し、下流」


 テツは自分の指で粘土の表面を撫で続けていた。

 撫でる手つきがいつもと違っていて、石を磨くときの手つきだった。


「これで、器を、作ってみないか」


 テツの声は低かった。

 ソウは粘土を両手で持ち直した。重さの感じも違って、今までの粘土よりしっとりと重い。水を多く含んでいるからではない。粒子が詰まっているからだ。


「冬の間に、試しておけば、春に、本番ができる」


 テツの目は、粘土の上にあった。

 ソウは、自分の口の奥が乾くのを感じた。窯はないし、焚き火しかない。形を作っても、焼く方法がない。割れる。割れる前提で、何度も作る。それでも——


「やる」


 ソウは答えた。


「冬の間に、形を覚える。焼き方は、後で考える」


 テツは頷いた。短く深く。


 風が、丘を北から吹き抜けた。

 ソウは粘土を抱えたまま空を見上げた。秋の終わりの雲が、東へ流れている。一日ごとに、雲の流れが速くなっている。冬は、もうすぐそこに来ていた。


 だが——冬は、作る季節でもある。

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