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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

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第31話「家を建てる」

 壁は、風を防ぐ向きに。屋根は、雨を流す角度に。


 ソウは、地面に棒の先で円を一つ描いた。

 直径は両腕を広げたほどの倍。四、五人が肩を寄せて寝られる広さ。前世で読んだ書物の最も古い層——竪穴と木骨と粘土壁の家。骨を立てて外を編み、土で覆う。それだけだ。


 風が北から来た。

 草の穂が倒れてすぐに起き上がった。秋の最初の指先。冷たさはまだ薄い。だが夜には、もう一段下がる。


「ここに、入り口」


 ソウは、円の南側に、棒の先で短い隙間を切った。


「北を背にする。風はあっちから来る」


 ガランが肩越しにその線を見ていた。腕を組んだまま、何度か頷く。


「五つ要る」


 ガランは円の周りに、自分の足で四つの位置を踏み付けた。


「ここ。ここ。ここ。ここ。それと、これ」


 家族と年長と独り者で、ざっと五棟。



「鳥の巣を、見たことがある」


 テツがしゃがんで円の縁の土を指で擦った。

 手元にはいつもの石、膝の上に削りかけの木の枝。誰も頼んでいないのに削っていた。


「あれの屋根が、雨に強い理由——」


 テツは削った木屑を指で摘んで風に乗せた。


「羽が、重なってる」


 テツは自分の指を組んで空中に屋根を描いた。組んだ指をわずかにずらすと、重ねの線が下に流れる形になる。


「水は、上から下に行く。重なってる隙間に入っても、次の羽の表で、また下に行く」


「同じだ」


 ソウは答えた。


「草の束を、屋根の傾きに沿わせる。根元を上、穂を下にして何段も重ねる。雨は穂の先から落ちる」


 テツの目がわずかに細くなった。得心のときの顔だった。


「分かる」


 テツは木の枝を地面に立てた。木骨の見本のつもりだった。



 ダイが太い丸太を肩に担いでやってきた。


 長さは背の倍で直径はヒガの太腿ほど。樹皮は半分剥がれて切り口の白さがまだ匂う。林の北縁でガランが伐った木だ。


「了解」


 ダイは丸太を円の脇に下ろした。地面が低くこもった音を立てる。


「ここで、いいか?」


 ヒガがダイの後ろから、細い枝を抱えて息を切らしていた。


「もう少し、右」


 ダイは丸太の頭を足で蹴って二尺ほど動かした。骨組みの一本目。中心に立てる芯木になる。


「ダイ。お前、なんで、いつも長さで合うんだ」


「目で測ってる。肩から指先まで。それで割る」


 ヒガが自分の腕を丸太に当ててから、首を傾げる。


「俺、合わん」


「お前は、肩がせまい」


 ダイが初めて笑い、歯が半分出た。ヒガは自分の肩を見下ろし、諦めたように次の枝を取りに行った。



 リアは、何も言わずに木を運んでいた。


 ダイが担げないほど長い木を一人で運ぶ。肩には載せず、根元を抱え、先端を地面に擦らせて、丘の縁から円まで一本ずつ。歩幅は揃っていて息はほとんど乱れていない。

 同じ往復を四度こなしたところで、ダイがヒガと一度顔を見合わせた。リアは気付かない。気付いていて、無視したのかもしれない。


 五本目を下ろしたとき、ヒガがたまらず口を開けた。


「リア、お前——」


「邪魔」


 リアはヒガの細枝の山を足でずらして、自分の丸太を置く場所を作った。

 説明の付属物はない。「速い」と他人に言わせる。自分では言わない。


 ヒガは何かを言いかけて止め、代わりに細枝をもう一段高く積み直した。



 骨組みが円の上に立ち始めた。


 芯木を中心に外周から細い枝を斜めに渡し、先端は中心の高い位置に集めて縛る。テツが鳥の巣の話で説明した重なりを、骨で先に作る形だ。

 縛るのは麻紐ではなく湿らせた樹皮の細紐で、乾くと縮んで締まる。ソウが結び目を一度作って見せると、テツが二度目で覚え、ヒガが三度目で覚えた。ダイは見ていただけで四度目に他人より速く結んだ。


 ソウは骨組みの内側に立って上を見た。

 低い円錐の中心で交わる枝の先がわずかに天を突いている。隙間から、薄い秋の空が覗いていた。


 ——家になる。


 ソウは声に出さなかった。

 声に出すと、約束になる気がした。骨だけでは、雨も風も止まらない。



「あらあら」


 ミラの声が、骨組みの外から立った。


 ミラは藁の束を腰に抱えて足元に小さな山を作っていた。穂の選別のときと同じ姿勢で、膝を半分曲げ、腰を落として、両手で藁を扱う。ナツとトウカが両側に並んでいた。


「こうやって編むと、隙間が小さくなるよ」


 ミラが藁を指で交互に重ねた。

 縦に三本横に三本、その上にまた縦。指は速くないが、止まらない。三度上下を入れ替えると、掌大の編み目が一つ出来上がっていた。


 ナツの目は編み目の上で動かず、自分の手元の藁を、ミラと同じように重ね始める。一回目は縦と横の数が合わなかったが、二回目は合った。


「上手」


 ミラはナツの手元を見て、口の端をほんの少し緩めた。


「あら、上手」


 トウカが反対側でもう一枚編み始めた。手の動かし方はミラと違う。指の腹ではなく爪先で藁を抑える。穂の選別のときに身に付いた癖だが、それでも編み目は揃った。


 ミラは出来上がった編み目を、骨組みの外側に当ててみせた。


「ここに、貼る。隙間が小さい。風、入らない」


 ソウは骨組みの中から、外の編み目を見た。

 藁を通して外の光が細い縦筋になって入ってくる。隙間は確かに小さく、ここに泥を塗れば塞がる。


 ミラが何でもない調子で、もう一枚を編み始めていた。藁の音が、骨の間に層になって積もっていく。



 粘土は、川の下流の岸の崩れたあたりから取った。


 テツが両手で掬って円の脇まで運び、水を少しずつ加えて足で踏む。ヒガが裸足になって隣で踏んでいた。


「ぬるい」


 ヒガが足の裏を自分の手で確かめた。


「ぬるくて、気持ち悪い」


「黙って踏め」


 テツの足は、ヒガより速く動いていた。


 練り上げた粘土を、藁の編み目の上から両手で塗りつける。塗っては押し込み、押し込んではまた塗る。テツの掌はすぐに肘まで茶色くなった。

 ナツが川から水を運び続け、トウカがミラの編み目を骨に縛る役を引き受けていた。


 ソウは壁が半分ほど塞がったところで空を見上げた。日はまだ高いが、影は自分の足元から東へ、半歩伸びていた。



 幾日が過ぎた。


 数えてはいなかった。数えるよりも、夜が来て朝が来て、また土を練る方が先だった。

 骨が立ち、編み目が貼られ、粘土が塗られ、屋根に草が重なる。一棟が形を成すと、隣にもう一棟の円が描かれた。ダイの目で割った長さで五つの円が丘の中ほどに並んだ。


 二棟目が立ち上がる頃、サガが現れた。


 最初は自分の小屋の前で刃を磨いているだけだったのが、次の朝にはヒガが細枝を運ぶ列のすぐ後ろを手ぶらで歩いていた。

 その次の昼、サガはダイが下ろした丸太の片端を、無言で持ち上げた。


 ダイが半呼吸止まった。


「……了解」


 ダイはそれ以上、何も訊かなかった。反対の端を持ち、サガと並んで円の脇まで運ぶ。サガは丸太を下ろすと息を一度だけ短く吐き、自分の小屋の方へ戻っていった。説明はない。


 ヒガがダイの脇で声を低くした。


「あいつ、なんで」


「来た。それでいい」


 ダイは次の丸太に肩を入れた。


 ソウは骨組みの内側から二人を見ていた。

 ゴウザが二度目の収穫の朝に鎌を取りに来たときの形と、よく似ている。説明をしないし、理屈をつけない。ただ手を出す。


 丘の北の端で、ムロが立っていた。

 いつもの場所、いつもの距離で、腕を組んで、丘の中腹に立ち上がる五つの円を見下ろしている。何も言わない。サガが戻っていった先も、ちらりとも見なかった。

 風がムロの白い髪を東へひと撫でした。それだけだった。



 最初の小屋が完成した。


 屋根の最後の草の束をテツが押し込み、粘土の最後のひと塗りをヒガが入り口の脇に当て、ミラが入り口の上に最後の編み目を結んだ。


 ガランが最初に入り口の前に立ち、屈んで入った。中でしばらく、何も言わずに立っていた。出てきたとき、一度だけ屋根の縁を掌で叩いた。


「いい家だ」


 声はそれだけだった。

 褒め言葉ではなく判定で、判定が出れば二棟目以降の作りも揃う。


 次に、バアが入り口に向かった。

 カナがバアの肘を軽く支えると、バアは首を一度振ってカナの手を外し、一人で屈んで中に入った。


 ソウは入り口の脇で待った。


 中から、咳が一つ立った。短い。

 壁に囲まれた咳は、外で聞くよりも輪郭がはっきり聞こえた。


 しばらくしてバアが出てきた。顔の皺が、薄く緩んでいる。


「温かいねえ」


 バアは入り口の縁を節くれた指で撫でた。


「壁が、ある。それだけで、こんなに違うのう」


 ソウは頷いた。

 バアは頷くソウの顔をしばらく見てから、同じ調子で続けた。


「お前の周りに、人が、増えたのう」


 ソウは答えなかった。

 最初の冬に出会ったときのバアと、同じ目だった。あのとき何を見ていたのか、ソウにはまだ分からない。分からないが、見抜かれているという感覚だけは首の後ろに残った。


 バアはそれ以上、何も言わずカナの方へ戻っていく。カナが貝殻の首飾りをバアの首にかけてやり、バアは笑ってそれを受けた。



 夕方になった。


 五つの円のうち三つが屋根まで完成していて、残り二つはまだ骨と編み目だけ。明日には粘土が塗られ、明後日には草が重なる。それで二十三人が、屋根の下で眠れる。


 ソウは丘の中ほどに立って見渡した。

 円。円。円。円。円。間隔は揃わず、ダイが目で割った距離だが、ヒガが横に動いたぶん少しずれた。それでも、五つの屋根が低く並んでいる。


 北の端に、ムロはもういなかった。

 いつ降りたのか、誰も気付かなかった。サガは自分の小屋の前で刃を磨いていて、手の動きはいつもと同じ。だが視線だけは、五つの円の方を、ときどき上げていた。


 風がまた、北から来た。

 今度は骨組みの隙間に入りきれず、編み目に当たって横へ流れた。一棟分の風が、確かに止まっていた。


 ガラの丘が、少しずつ、集落の形になっていく。

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