第28話「祭りの準備」
「祭りをやる」
翌朝、ガランは寝床の前の平らな石の上でそれだけ言った。
族民が火を起こす手を一度止めた。
ナツが薪を一本持ったまま半歩前に出た。テツは道具小屋の入り口で、自分の手の中の石を握り直した。
「穀物で餅を焼いて、全員で食う」
ガランは続けた。
声は低い。だが、昨日ゴウザの「次は、こっちかもしれん」を聞いた後の声よりは、半段軽かった。
「狩りも、休みだ」
その四音で、テツの肩が跳ねた。
「焼き餅か!」
テツの声は、二十三人の中で、誰よりも先に出た。
「去年のあれか!」
テツの目はガランの方ではなく、もう石臼の置いてある方を見ていた。
誰かが笑った。カナだった。バアの脇で丘の縁に座っていたカナが、口を半分押さえた。
ソウはガランの背中を見ていた。
ガランはその場でもう命令を続けなかった。
粒の山があり、足跡があり、見張りがあり——その全部の上に、ガランは餅を置いた。腹の満足で農業の価値を体に教える。政治を分かっている人間の背中だった。
*
午前のうちに、準備が始まった。
集落の中央に、石臼が運び出された。
去年、テツが川辺の石を選んで上の石を丸く削り、下の石に浅い窪みを彫った、簡素な臼。一年の間、燻製小屋の脇で雨ざらしになっていたものだった。
ミラが上の石の表面を布で拭いた。
粉の残りがこびりついている。指の腹でこするとぱらぱらと、地面に落ちた。
「ナツ、最初はわたしがやるよ」
「うん」
ミラは臼の前に座った。
粒を両手で一掬い、窪みの中にこぼす。柄を握り、反時計回りに回した。一周。粒が潰れる音が低くする。臼の脇に、粉の匂いが薄く立った。二周、三周。粉になりかけた粒が、臼の縁からゆっくりとにじみ出てきた。
ナツはミラの隣にしゃがんだ。
手でこぼれてきた粉を布の上に寄せ集める。
「これ、もう一回」
「うん」
ミラがその粉をまた窪みに戻した。
*
半時、回した頃、ナツが立ち上がった。
「代わるよ、ミラ」
ミラは頷いた。
柄をナツに渡す。指の関節がわずかに赤い。
「あらあら、これ、思ったより来るね」
ナツが座って柄を握った。
最初の一周は、ミラよりわずかに速い。二周目で、速度を落とした。三周目からは、ミラと同じ速さになっていた。誰も教えていない。ナツはただ、ミラの音を覚えただけだった。
ソウはその横で立っていた。
一周目で速さを比べ、二周目で違いに気づき、三周目で合わせる。指と耳が勝手に揃えていた。
*
粉が、布の上に、両手で五掬い分。
ダイがその布の脇に来た。
大きな手の中に、水を入れた革袋を抱えている。粉の上に、水を少しずつ垂らした。垂らしながら、もう片方の手の指で粉を混ぜていく。
粉が塊になり始める。
ダイの太い指は、その塊を潰すのではなく抱えるように動いていた。鎌で穂を引く時とは別の手の使い方だった。
「これでいいか、テツ」
「もう少し、固く」
テツがダイの隣にしゃがみ込んでいた。
「軽く、形が残るくらい」
「了解」
ダイは水を足さなかった。
代わりに、粉をもう一掴み加えた。塊がしっかりとした、餅の形に近づいていく。
*
集落の北の縁では、カナがしゃがんでいた。
平たい焼き石を両手で持っている。
大人の頭ほどの大きさ。表面が滑らか。去年もその前の年も、餅を焼くのに使ったものだった。
カナはその石を、火を起こす場所の脇に一つずつ並べた。
並べるごとに自分の指で表面を軽く撫でる。一度に三つの餅を面で受けるから、二十三枚で足りる。
最後の一枚を置く前に、カナは半呼吸止まった。
空には薄い雲が東の方へ流れていた。
「みんなで食べるの楽しみだね」
カナは誰にというよりも、空に言ったような声だった。
「楽しみだね」
ミラが石臼の方から答えた。
母性的な温度ではなく、同じ高さで答える隣人の温度だった。
「春が楽しみだね、ミラ」
カナはもう一度言った。
今度はミラの方を見ていた。
「春は——また、種を蒔くんでしょ?」
「蒔くね」
「またこういう日が来るんだね」
ミラは頷いた。
頷きながら、自分の手の中の柄をもう一周回した。
*
昼を回った頃。
バアが丘の下からゆっくりと上がってきた。
手の中に、小さな葉の束。乾いた葉。色は薄い緑から茶色に近い。
「これを混ぜてごらん」
バアは葉の束を、ダイの脇の布の上に置いた。
「香りがつくよ」
テツが葉を一枚つまんで、鼻に近づけた。
「……これ、知ってる。夏に鹿が好んで食ってた葉だ」
「鹿が好む葉は、人にも悪くないものが多いんじゃよ」
カナが丘の縁からこちらに来た。
葉の束を自分の指でつまむ。
「バア、これ、もう少し入れていい?」
カナは二枚つまんで、餅の塊の方に持っていきかけた。
「入れすぎると苦くなるよ、カナ」
バアの声はゆっくりだった。
「葉は餅の味の上を通り過ぎていくくらいでちょうどいい。多いと、餅の味を押し倒してしまう」
「……押し倒す」
「そうじゃ。餅が主役。葉は香りだけ置いて後ろに下がる」
カナは頷いた。
二枚のうち一枚を束に戻す。残った一枚を、丁寧に指で半分にちぎって、ダイの手の中の塊の上に振った。葉の細かな粒が塊の上に、緑の点をいくつか残した。
「これくらい?」
「ちょうどいい」
バアは目を細めた。
咳はしなかった。今はしなかった。
*
午後の半ばに、ダイとヒガが見張りの交代で抜けた。
「行ってくる」
「了解」
テツがいつもの三音で答えた。
二人は南の林の方へゆっくり歩いていった。腰の脇に、小ぶりの石斧をそれぞれ提げている。
ソウはその背中を見ていた。
粉と足跡が、同じ掌の上にまた乗っていた。だが今日はその上に、葉の香りがもう一つ重なっていた。
*
昼下がり。
石臼の音は、まだ続いていた。今度は、ナツの隣で、トウカが座っていた。次の交代の番だった。
ソウは少し離れた場所から、見ていた。
その時、ナツが、自分の手元を見たまま、低く呟いた。
「今日、何を食べる?」
臼の柄を回す、その動きは止めなかった。
誰かに訊いたのではなかった。臼の音とほとんど同じ高さで、ナツの口から、その一文だけがこぼれた。
ソウの胸の骨の裏側を、何かが一度、押した。
食べ物があるか、ではない。
今日の獲物は足りるか、でも、ない。
何を食べる。
ナツはもう一度、柄を回した。
石臼の音と一緒に流れて消える、ただの呟き。だが、ソウの耳には、その呟きだけが残った。
*
夕暮れ。
集落の中央に、薪が積み上がっていた。
いつもの夕食用の三倍。テツが、火種を二つに分けていた。一つは、いつもの焚き火。もう一つは、焼き石を並べた、新しい火床。
女衆が、布の上に、餅の塊を丸めていた。
一人三つ、二十三人分。塊は、合計で六十九。
カナが、その塊の一つを、自分の手のひらで軽く押した。
葉の緑の点が、表面に残っている。
ソウは、丘の縁の方に立っていた。
南の林の方角は、もう影になりかけていた。ダイとヒガの足音は、遠くて、聞こえない。空には、夕方の最後の橙が残っていた。雲は、東に流れ切っている。明日の朝は晴れる。
——今日、何を食べる。
ナツの言葉が、焚き火の音の裏側でもう一度、立った。
焚き火が二つ、太く、立ち上がろうとしていた。
その炎の高さが、いつもの夕食の火の二倍になる準備が、整いつつあった。




