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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 播種の章

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第28話「祭りの準備」

「祭りをやる」


 翌朝、ガランは寝床の前の平らな石の上でそれだけ言った。


 族民が火を起こす手を一度止めた。

 ナツが薪を一本持ったまま半歩前に出た。テツは道具小屋の入り口で、自分の手の中の石を握り直した。


「穀物で餅を焼いて、全員で食う」


 ガランは続けた。

 声は低い。だが、昨日ゴウザの「次は、こっちかもしれん」を聞いた後の声よりは、半段軽かった。


「狩りも、休みだ」


 その四音で、テツの肩が跳ねた。


「焼き餅か!」


 テツの声は、二十三人の中で、誰よりも先に出た。


「去年のあれか!」


 テツの目はガランの方ではなく、もう石臼の置いてある方を見ていた。

 誰かが笑った。カナだった。バアの脇で丘の縁に座っていたカナが、口を半分押さえた。


 ソウはガランの背中を見ていた。


 ガランはその場でもう命令を続けなかった。

 粒の山があり、足跡があり、見張りがあり——その全部の上に、ガランは餅を置いた。腹の満足で農業の価値を体に教える。政治を分かっている人間の背中だった。



 午前のうちに、準備が始まった。


 集落の中央に、石臼が運び出された。

 去年、テツが川辺の石を選んで上の石を丸く削り、下の石に浅い窪みを彫った、簡素な臼。一年の間、燻製小屋の脇で雨ざらしになっていたものだった。


 ミラが上の石の表面を布で拭いた。

 粉の残りがこびりついている。指の腹でこするとぱらぱらと、地面に落ちた。


「ナツ、最初はわたしがやるよ」


「うん」


 ミラは臼の前に座った。

 粒を両手で一掬い、窪みの中にこぼす。柄を握り、反時計回りに回した。一周。粒が潰れる音が低くする。臼の脇に、粉の匂いが薄く立った。二周、三周。粉になりかけた粒が、臼の縁からゆっくりとにじみ出てきた。


 ナツはミラの隣にしゃがんだ。

 手でこぼれてきた粉を布の上に寄せ集める。


「これ、もう一回」


「うん」


 ミラがその粉をまた窪みに戻した。



 半時、回した頃、ナツが立ち上がった。


「代わるよ、ミラ」


 ミラは頷いた。

 柄をナツに渡す。指の関節がわずかに赤い。


「あらあら、これ、思ったより来るね」


 ナツが座って柄を握った。

 最初の一周は、ミラよりわずかに速い。二周目で、速度を落とした。三周目からは、ミラと同じ速さになっていた。誰も教えていない。ナツはただ、ミラの音を覚えただけだった。


 ソウはその横で立っていた。

 一周目で速さを比べ、二周目で違いに気づき、三周目で合わせる。指と耳が勝手に揃えていた。



 粉が、布の上に、両手で五掬い分。


 ダイがその布の脇に来た。

 大きな手の中に、水を入れた革袋を抱えている。粉の上に、水を少しずつ垂らした。垂らしながら、もう片方の手の指で粉を混ぜていく。


 粉が塊になり始める。

 ダイの太い指は、その塊を潰すのではなく抱えるように動いていた。鎌で穂を引く時とは別の手の使い方だった。


「これでいいか、テツ」


「もう少し、固く」


 テツがダイの隣にしゃがみ込んでいた。


「軽く、形が残るくらい」


「了解」


 ダイは水を足さなかった。

 代わりに、粉をもう一掴み加えた。塊がしっかりとした、餅の形に近づいていく。



 集落の北の縁では、カナがしゃがんでいた。


 平たい焼き石を両手で持っている。

 大人の頭ほどの大きさ。表面が滑らか。去年もその前の年も、餅を焼くのに使ったものだった。


 カナはその石を、火を起こす場所の脇に一つずつ並べた。

 並べるごとに自分の指で表面を軽く撫でる。一度に三つの餅を面で受けるから、二十三枚で足りる。


 最後の一枚を置く前に、カナは半呼吸止まった。

 空には薄い雲が東の方へ流れていた。


「みんなで食べるの楽しみだね」


 カナは誰にというよりも、空に言ったような声だった。


「楽しみだね」


 ミラが石臼の方から答えた。

 母性的な温度ではなく、同じ高さで答える隣人の温度だった。


「春が楽しみだね、ミラ」


 カナはもう一度言った。

 今度はミラの方を見ていた。


「春は——また、種を蒔くんでしょ?」


「蒔くね」


「またこういう日が来るんだね」


 ミラは頷いた。

 頷きながら、自分の手の中の柄をもう一周回した。



 昼を回った頃。


 バアが丘の下からゆっくりと上がってきた。

 手の中に、小さな葉の束。乾いた葉。色は薄い緑から茶色に近い。


「これを混ぜてごらん」


 バアは葉の束を、ダイの脇の布の上に置いた。


「香りがつくよ」


 テツが葉を一枚つまんで、鼻に近づけた。


「……これ、知ってる。夏に鹿が好んで食ってた葉だ」


「鹿が好む葉は、人にも悪くないものが多いんじゃよ」


 カナが丘の縁からこちらに来た。

 葉の束を自分の指でつまむ。


「バア、これ、もう少し入れていい?」


 カナは二枚つまんで、餅の塊の方に持っていきかけた。


「入れすぎると苦くなるよ、カナ」


 バアの声はゆっくりだった。


「葉は餅の味の上を通り過ぎていくくらいでちょうどいい。多いと、餅の味を押し倒してしまう」


「……押し倒す」


「そうじゃ。餅が主役。葉は香りだけ置いて後ろに下がる」


 カナは頷いた。

 二枚のうち一枚を束に戻す。残った一枚を、丁寧に指で半分にちぎって、ダイの手の中の塊の上に振った。葉の細かな粒が塊の上に、緑の点をいくつか残した。


「これくらい?」


「ちょうどいい」


 バアは目を細めた。

 咳はしなかった。今はしなかった。



 午後の半ばに、ダイとヒガが見張りの交代で抜けた。


「行ってくる」


「了解」


 テツがいつもの三音で答えた。

 二人は南の林の方へゆっくり歩いていった。腰の脇に、小ぶりの石斧をそれぞれ提げている。


 ソウはその背中を見ていた。

 粉と足跡が、同じ掌の上にまた乗っていた。だが今日はその上に、葉の香りがもう一つ重なっていた。



 昼下がり。

 石臼の音は、まだ続いていた。今度は、ナツの隣で、トウカが座っていた。次の交代の番だった。


 ソウは少し離れた場所から、見ていた。


 その時、ナツが、自分の手元を見たまま、低く呟いた。


「今日、何を食べる?」


 臼の柄を回す、その動きは止めなかった。

 誰かに訊いたのではなかった。臼の音とほとんど同じ高さで、ナツの口から、その一文だけがこぼれた。


 ソウの胸の骨の裏側を、何かが一度、押した。


 食べ物があるか、ではない。

 今日の獲物は足りるか、でも、ない。


 何を食べる。


 ナツはもう一度、柄を回した。

 石臼の音と一緒に流れて消える、ただの呟き。だが、ソウの耳には、その呟きだけが残った。



 夕暮れ。


 集落の中央に、薪が積み上がっていた。

 いつもの夕食用の三倍。テツが、火種を二つに分けていた。一つは、いつもの焚き火。もう一つは、焼き石を並べた、新しい火床。


 女衆が、布の上に、餅の塊を丸めていた。

 一人三つ、二十三人分。塊は、合計で六十九。


 カナが、その塊の一つを、自分の手のひらで軽く押した。

 葉の緑の点が、表面に残っている。


 ソウは、丘の縁の方に立っていた。

 南の林の方角は、もう影になりかけていた。ダイとヒガの足音は、遠くて、聞こえない。空には、夕方の最後の橙が残っていた。雲は、東に流れ切っている。明日の朝は晴れる。


 ——今日、何を食べる。

 ナツの言葉が、焚き火の音の裏側でもう一度、立った。


 焚き火が二つ、太く、立ち上がろうとしていた。

 その炎の高さが、いつもの夕食の火の二倍になる準備が、整いつつあった。

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