第109話「冬入り・グラム交易の安定」
「これで、何度目だ」
ソウは陶器の大壺の前に立っていた。
壺の口に手を掛け、運び込まれたばかりの革袋を一つ、底の方へ収める。毛皮、干し肉、塩。南西から来た三つの形が、壺の中で重なって沈んでいった。
皮の紐十本のうち、三本目が今朝、結び解かれたところだった。
半月ごとに一本。ゴンとカグが斜面を登ってくるたびに、紐の結び目が一つずつ解けていく。三度目の搬入が、これで済んだ。
「来たものを数える」
ソウは低く言った。声の宛先は誰でもない。火の縁の方を見たまま、口の中だけが動いていた。
「出したものも数える。半月の間ずっと、頭で覚えておかなきゃならない」
*
毛皮は柵の南西から来た。
厚みがここの冬のものとは別の段だった。掌で押すと奥に冷えた空気の層がもう一枚あるような戻り方をする。指の腹に、毛の先のかすかな脂が残った。
干し肉は塩の匂いが強い。鼻の奥を一度刺してから、喉の方へ抜けていく匂いだった。塩そのものは小さな革袋に分けて、三つ目の大壺の口の浅いところに置いた。
こちらが出すものは、別の場所に積まれている。
粒の袋が三つ。薬草の束がひと括り。テツの矢じりが、革に包まれて二十。
「うちの干し肉とは、塩の効き方が違うな」
アズが袋の口を覗き込んで言った。
子のいる者の手つきだった。中身の量を、まず口の数で測る癖がある。
「うちのは、もうじき底が見える。これが来て、助かる」
ソウは頷いた。
助かるという言葉の重みを、半年前のソウはまだ手の中に持っていなかった。今は持っている。冬の本体の前に底が見える壺。半月ごとに斜面を登ってくる革袋。その二つが空き地の縁で釣り合い始めていた。
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問題は、昼の少し前に出た。
「先の半月で、毛皮は四枚だった」
アズが言った。三つ目の大壺の脇に膝を折って、中を数え直している。
「今朝のと合わせて、八枚のはずだ」
「七枚だ」
ノタが、壺の反対側から返した。
「先の半月は三枚だった。俺が運んだ。三枚だ」
アズの手が止まった。
「四枚だ。うちの子が一枚、上に掛けて寝ている。あれを入れて四枚だ」
「掛けて寝ているなら壺の中には無い」
ノタの声は荒れてはいなかった。だが引かない色があった。
「壺の中を数えて七枚だ。掛けてあるのは壺の外だ」
二人は壺を挟んで、同じ毛皮を、別の数で数えていた。
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サガが、薪を抱えて通りかかって足を止めた。
「これ、また、あれだな」
サガは抱えた薪を地面に下ろした。
「あの秋の、言った言わない、だ」
誰も笑わなかった。
あの秋に揉めたのは配給の粒の数だった。今度は南西から来た毛皮の数だ。揉める形は同じで、数えるものだけが変わっていた。物が増えれば、揉める種も同じだけ増える。サガはそれを薪の山を見るのと同じ顔で見ていた。
「掛けてある一枚を入れるか入れないか」
ソウは口を挟んだ。
「それを決めていなかった。だから二人とも自分の数え方で正しい」
アズが顔を上げる。ノタも壺から手を離した。
二人の間にあったのは、どちらが嘘をついているか、ではない。半月前に何枚来て、その後どこへ何枚動いたか——それを誰の頭も最後まで覚えきれていない。それだけだった。
半月は長い。粒を出し、毛皮を分け、子に掛け、塩を浅いところへ移す。動いた一つ一つを覚えていられるほど、人の頭は広くない。
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ヨルが革幕の脇から半歩出てきた。
「東の谷では」
ヨルは低く言った。空気の中に置く声だった。
「貝の殻で数えた。一枚来たら殻を一つ並べる。一枚出たら殻を一つ脇へ寄せる」
ソウはヨルの方を見た。
「殻なら頭の中で覚えなくていい。並んだ殻が覚えている」
ヨルはそれだけ言って、また革幕の脇へ半歩戻った。
殻が覚えている、という言い方が、ソウの頭の脇に音もなく残った。頭は忘れるが、外に置いた形は忘れない。
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ソウは契約板の前に歩いた。
焚き火の脇の四つの形。バアの椀、掌一つ分の隙間、カナの椀。その隣にカナの薬の板。そして半月前に加わった契約板——境の線の上の、二つの渦。
契約板は約束を記した板だった。グラムとの境を一度だけ刻んだ板。だが半月ごとに何が来て何が出たかを、その都度書き足していく板ではなかった。
「板に置けば、忘れない」
ソウは声に出した。
契約板は動かない。動かないから約束は半月の間ずっと同じ形のまま座っていた。
では動くものはどうか。毛皮が来る。粒が出る。数が半月ごとに変わっていく。変わっていくものをその都度どこかに置いておけば——頭が忘れても、置いた場所が覚えている。
ソウは焚き火の脇の地面に、指の腹で短い線を引いた。
来たものと、出たもの。二本の線の間に、小さな点を一つずつ置いていく。
線はすぐ消えた。だが引く形は、頭の中に残った。
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夕方の風が、北の縁の梢を一段低く鳴らした。
ゴンが柵の門の脇から、空き地の中央へ歩いてきた。
「次の半月は遅れるかもしれん」
ゴンは低く言った。押しの色はない。
「南西の冬は雪が深い。道が重くなる。荷を背負って斜面を登るのが、半日では済まなくなる」
カグがその斜め後ろから続けた。
「いつ来られるかは知らない。知らないものは知らない」
声は細く、語尾が少し早かった。
はぐらかしではなかった。雪の深さは、来てみないと分からない。分からないものを、分かると言わない若さだった。
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ソウは粒の袋を一つ、手の中で量った。
「半月ごとに粒を出していく」
ソウは言った。袋の重みが掌に残っていた。
「交易が遅れれば、出した分だけこっちの壺が早く軽くなる。冬の本体の間どこまで出していいか。それも数えておかなきゃならない」
来るもの、出るもの。
外から来る毛皮の数と、外へ出す粒の数。その二つが別々の頭の中で別々に揺れていた。揺れたままにすれば、また昼の壺の脇のようになる。誰かの頭が一枚を忘れ、別の誰かの頭が一袋を覚え違える。
「面倒になったな」
テツが、火の脇から低く言った。矢じりを革に包み直す手は止めない。
「形にしたものが増えた。増えたら、増えた分をまた数える形が要る」
ソウは頷いた。
安定した。半月ごとに物が回り始める。回り始めたことが、新しい面倒を一つ空き地の縁に置いていった。求めていたものを手に入れた先に、また別の形が要る。それが結実のあとに残るものらしかった。
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ガランが焚き火の脇から、その様子を見ていた。
腕は組まれている。
咳が一つ、口の脇から落ちた。
「埃だ」
短い。低い。
昼の壺の脇の揉め事の間、ガランの咳に「埃だ」は置かれなかった。今、揉め事が解けた後の火の脇で、その三音が戻っている。
ソウは振り返らない。振り返らずに、戻った三音を肩の脇で受け取った。緊張が解けた証だ。族長は数を数えない。族長は、咳の置き場所だけで場の温度を測っていた。
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ソウは焚き火の脇に座った。
四つの形が、同じ場所に並んでいた。
ソウは、その隣の地面を、指の腹で軽く撫でた。何も置かれていない場所だった。来たもの、出たもの。揺れる数を、いつか置く場所。今はまだ、撫でた指の腹に、何も残らない。
四十五。
ソウは頭の中で数えた。半月前と同じだ。人の数は揺れていない。揺れているのは、壺の中身と、半月ごとに動く物の数だった。
北の縁の方角から、本体の冷たさが薄く渡ってくる。うなじの裏を、その冷えがひとなですると、また退いていった。
火の縁の薪が一本、低く爆ぜた。粉が薄く立って、消える。
冬の本体が、もうじき空き地の上に降りてくる。
その前に、揺れる数を置く場所を、一つ決めておかなければならない。




