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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一部 結実の章

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第103話「東から、三人」

「東から、三人」


 見張り台の上から、ヒガの声が降りてきた。

 昨日の朝のダイの声と声色がよく似ていた。だが粒の中身は違った。驚きの粒がヒガの声にはなかった。


 空き地でソウは、薪を組み直していたガランの肩越しに見張り台の方を見た。ガランは薪を置いた手を止めなかった。顎の先だけが、東の斜面の方角に向いた。


「林の縁をこちらに歩いている」


 ヒガは続けた。


「先頭は——昨日の男だ」


「コウだな」


 ガランは低く言った。

 薪を組み直す手は組む位置に置いた一本の上でわずかに長く留まった。



 ソウは柵の東の側に立った。

 昨日と同じ位置。丸太の上に両手を置く角度も、ナギを迎えた時と同じだった。違うのは、振り返らなくてもヨルが斜め後ろに立っているのが分かることだった。


「ヨル」


 ソウは前を見たまま低く言った。


「前に出てくれ」


「ああ」


 ヨルは答えた。

 歩み出る一歩の音は、空き地の土の上で軽い。だが軽い歩幅の中に、東の谷の方へ向かう肩の角度があった。冬の入り口の朝の風が、ヨルの後ろから前へ抜けていく。


 斜面の半ばに三つの影が立った。

 先頭はコウだった。昨日の朝に見た若い男の肩の落とし方は昨日と同じ。違うのは背後にもう二人いることだった。


 二人目は、コウより歳上の男だった。背は中肉。肩の幅はベンよりやや狭い。革の防寒具の襟の合わせ方は、ナギと同じ深い合わせ方だった。

 三人目は、子だった。

 頭の高さがコノよりわずかに低く、ホシよりわずかに高い。十くらいに見えた。革の防寒具の袖が、子の手首にはまだ少し長い。



「コウ」


 ソウは静かに言った。


「コウだ」


 コウは答えた。声は昨日と同じだった。

 コウは半歩下がり、隣の歳上の男に位置を譲った。


「ヨミ」


 歳上の男は自分の名だけを置いた。

 節の固い声だった。手で物を運ぶ仕事をしてきた声の節だった。


「ヨミだ」


 ソウは口の中で繰り返した。

 ヨルがソウの斜め後ろから、東の谷の言葉で短く何かを置いた。ヨミがそれを受けて頷く。二人の間に、迷いはなかった。同じ尾根の向こうとこちらの言葉の橋が、そこに架かっていた。


「子は」


 ガランが柵の脇から低く聞いた。


「イノ」


 ヨミは答えた。


「妹の子だ。妹は去年の冬に死んだ」


 短かった。

 空き地の縁で煎じの火の音だけがそれを受けた。誰も声を上げなかった。

 イノはヨミの革の防寒具の脇から、半歩だけ前に出た。出た位置で足を止める。顔は伏せていない。目だけが、丘の上を順になぞった。住居の屋根の藁の編み目。窯の覆い。陶器大壺の並び。焚き火の脇の二つの椀と、その隣のカナの薬の板の方で、目が一度だけ止まった。


 止まったが、口は開かなかった。



 ガランが立ち上がった。

 立ち上がる動きの中で、右手が一度、膝の上に置かれた。半秒。今朝もソウだけがそれを拾った。咳が、口の脇から二度落ちた。


「埃だ」


 ガランは低く言った。今朝の埃の形も、昨日と同じだった。

 ヨミは、その咳を目で拾った。拾ったが、口にはしなかった。受け取り方がナギと似ていた。同じ尾根の向こうの、長を見る目だった。


「お前が話せ」


 ガランはソウの方を見ずに言った。

 ハミの時と、ベン一家の時と、ハマ一家の時と、同じだった。族長が裁かないことが族長の役目になっていく形を、丘の上で何度目かを数えるのに、ソウは指を使わなくなっていた。


 ソウは柵の東の側で、丸太の上の両手を一度組み直した。


「冬の入り口だ」


 ソウは言った。


「東の谷の備えが薄いと昨日聞いた。三人ならこちらの粥の鍋に深く沈まない数だ」


「沈まない」


 ヨミは答えた。


「沈まないように、来た」


 ヨミは、コウとイノの方を順に見た。それから袋を背から下ろし、両手で前に持った。


「俺は、木を扱う」


 ヨミは続けた。


「東の谷では住居の梁を起こす役だった。窯の覆いの組み方も見てきた。手はここでも動かせる」


 テツの作業場の脇から、ハクの目が一度こちらに流れた。流れて、すぐ手元に戻った。テツの手は黒曜石の柄の固定の途中で止まらなかった。

 だが、ハクの目が流れた一拍を、ソウは拾っていた。



 ハルが、住居の革幕の方から空き地の縁へ歩いてきた。

 手の中には粥の椀が三つ。湯気が立っている。冬の入り口の朝の粥だった。

 ハルは三人の前まで歩き、丸太の上に三つの椀を順に置いた。ヨミ、コウ、イノ。イノの椀だけ、丸太のわずかに低い側に置かれた。子の手の高さに合わせた位置だった。


「冷える」


 ハルは穏やかに言った。


「東の谷の冬の風はここの風よりまだ低い」


 ヨミは椀を、両手で受け取った。

 受け取る手の動きは、ナギの動きとよく似ていた。だがナギより節の固い手だった。コウはヨミの隣で、半呼吸遅れて受け取った。

 イノは、丸太のわずかに低い側の椀の前で、半拍だけ動かなかった。それから両手を椀の縁に添えた。添える指はトゥの時の指よりは大きく、ホシの時の指よりは小さかった。


「あったかい」


 イノは言った。


 短かった。空き地の脇のカヤの方をソウは振り返らずに知った。カヤが両手を腹の前で軽く組んだまま、半歩だけ前に出た気配があった。

 カナの椀の隣に立つカナの薬の板の方を、カヤの目がもう一度確かめていた。



 イサが見張り台の梯子の半ばまで降りていた。

 半ばで足を止め、東の斜面の林の縁の方へ視線を流す。三人の後ろに別の影がないことを、目で確かめている動きだった。

 確かめてからイサはリアの方を見た。リアは柵の北の側の上から、東の斜面の方を見ていた。二人の目は会って、それからほどけた。

 昨日と同じ動き。違うのは今朝の方が、ほどけ方がわずかに早かったことだった。



「南の集団のことは」


 ヨミは椀の湯気の縁から目を上げて低く言った。


「ナギが、先に置いた通りだ」


「冬の半ばか、明けか」


 ガランは聞いた。


「冬の半ばだ」


 ヨミは答えた。


「俺たちが谷を出る時にもう一度数えた。減っていなかった。十二か、十三。動く時の数だ」


 ソウの頭の中で、白板の上の二つの数字の隣に、もう一つ同じ数字が置かれた。三度目だった。

 三つの数字は、揃った。


 ヨミは袋の中から、もう一つ何かを取り出した。

 小さな赤い欠片だった。粒ほどの大きさで、表面に粉が浮いている。


「これは、南の谷の方でたまに見る石だ」


 ヨミは言った。


「東の谷の老人が——南の集団の足の角度が変わった頃からこの石を見るようになった、と言っていた」


 ヨミはその欠片を、丸太の上に置いた。

 置いた音は、ほとんどしなかった。だがテツの作業場の脇で、ハクの目がもう一度流れた。今度はすぐには戻らなかった。


 ソウはその欠片の方を、しばらく見た。

 冷たくはなさそうだった。だが、温かくもなかった。



 ガランは焚き火の方へ、目を一度戻した。

 戻してから、口を開かなかった。咳が、口の脇から一度落ちた。


「三人、入れる」


 ガランは低く言った。


「あとで話す」


 ヨミは深く頭を下げた。

 誇りを保ったままの頭の下げ方。コウは半呼吸遅れて頭を下げた。イノは下げる動きが二人より遅かった。だが下げた角度は同じだった。


 ベンが、住居の革幕の方から空き地の縁へ歩いてきた。

 肩の角度は、ハマを迎えた時と同じだった。


「お前が案内しろ」


 ガランはベンの方を見ずに言った。


「ガランの古小屋の隣だ。ナギの四人と近い場所がいい」


「分かった」


 ベンは答えた。

 ベンはヨミの方へ一度頷いた。頷きを返したヨミの頭の角度はベンよりわずかに低かった。北の谷の男と東の谷の男の、初めての頷きだった。



 昼の前に三人の住居の場所が決まった。

 ガランの古小屋の隣のナギ4人と独身兄弟が寝起きしている場所のさらに脇、革幕の予備で仕切られた一画。冬の入り口に間に合うようにベンの手とヨルの手とタルの手が、革幕の縁を留めていた。

 ソウは作業場の脇の石の前にもう一度しゃがんだ。

 石の上の粘土板は五枚のまま。配給板。鍬印板。白板。医療制度板。カナの薬の板。

 六枚目の板の凹みはまだ石の表面に薄く残っている。


 頭の中でソウは数えた。

 ガラン、ゴウザ、ムロ、サガ、リア、ヨル、イサ、ハル、トト、ノタ、アズ、ハナ、ダイ、ヒガ、ミラ、テツ、ノモ。ベン、カヤ、ジン、コノ、タル、オン、キイ、ガン、ハク、ハマ、メイ、ホシ。アサ、ノカ。

 そして、ヨミ、コウ、イノ。


 指で数えるのをソウはやめた。


「四十三」


 ソウは口の中だけで呟いた。

 声を出した相手はいない。粘土板の上にはまだ六枚目の凹みが残っている。



 夕の風が丘の東の縁からもう一度上がってきた。

 焚き火の脇でバアの椀の縁の欠けが、夕の光の中で短い影を地面に落としている。隣にカナの椀。さらに隣にカナの薬の板。誰の手も触れない場所のままだった。


 ヨミの仕切られた一画の革幕の方から低い話し声がする。

 ヨルが東の谷の言葉で何かを置いている。ヨミの返す声は節の固いままだった。だがその節の中に、昨夜まで東の谷の冷えの中にあった節とは、わずかに違う柔らかさが入っていた。

 イノの声はまだ聞こえない。


 ソウは、丸太の上に置かれたままの赤い欠片の方をもう一度見た。

 テツの作業場の脇でハクが立ち上がる気配があった。ハクは離れず、ただ立ち上がっただけ。その位置から欠片の方を見ていた。

 テツも矢じりの柄の固定を一拍だけ止めていた。


 ヨルがソウの斜め後ろまで歩いてきた。

 声は出さなかった。出さずに隣に立ち、それから東の方角を向いた。


「三人、座った」


 ヨルは低く言った。

 声は東の谷の言葉でも、ここの言葉でもなかった。二つの間のどこかから出ていた声だった。


 冬の入り口の風が丘の東の縁からもう一度上がってきた。

 風は止まらなかった。


 ガランの方から咳が一度落ちた。

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