血碧玉(ヘリオトロープ) 23
外が、急速に明るさを増して
シオンは僅かに眉根を寄せた。
意識が浮上して戻る感覚。
その直前の状況を、整理する頭が──・・・
「──・・・ッ!」
思わず上半身を跳ねさせる。
覚醒し
衝動的に左腰に手をやれば柔らかな布の感触に触れて、思わず目を向ければ
「・・・まだ、早いよ。」
「うわっ!」
もっと寝てて・・・、なんて声と共に。その腕を引かれて、強制的にベッドへと引き戻される。
ベッドの上、だった。
引き戻された視界いっぱいに広がる、柔らかなシーツの波と、机、タンス、奥に見える簡易台所、見覚えのない屋内。
窓から差し込むすりガラスの向こうで陽が差し込むのは、分かる。
もぞり、と。
背後から回された腕が自身を抱き込むのが見えて、そこに視線を向け、
「・・・・・っ」
思わず、身体を強張らせた。
シオンは、衣服を、ナニも身につけていなかった。
「え?あ、え・・・?」
「・・・ん、ナニ?」
自身を抱き込む腕の力が増す。その手が腰をやわやわと撫でるのに、シオンがヒクリと肩を震わせる。
その背から困惑が伝わって、同じベッドの上、シーツの中に潜り込んでは彼女にぴったりと身を寄せていたクロウが、頭の上から覗き込んでは様子を伺う。
「どうかした?」
「───・・・っ。」
うとうとと微睡むような表情のまま。
まだ夢現のような、その寝ぼけ眼を擦りながら、無言のまま、クロウは、はくはくと動く赤い唇を眺める。
くっと、その唇が閉じられる、よりも先にクロウが一つキスを落とす。
触れてすぐに離れたソレを追う、視線の切なさに気付いて。
再び、唇が重ねられる。
今度は深く、舌が差し入れられて、舌を取られ、呼吸を奪う。
抱き締める手に力が込められ、もう一方の手が、掌に重ねられ、指を絡める。伸し掛かってくる身体の重さに、それが嬉しく思う程には、
(毒されてる・・・。)
なんて、ベッドが軋む音を聞きながら、シオンがその首筋に腕を回せば、
キスが更に深くなる。抱き締めた腕が解かれて、変わりに、その手が胸元を弄り、腹を撫でて、腰をなぞり、太腿を撫でながらも、抱え上げられるから・・・
「そ、そこ、までは──・・・」
「ん?ダメ。」
「だ、だめって・・・」
「もっとちゅーしたいって、可愛い顔でおねだり、したから。」
「し、してな──・・・」
「してる。凄ぇ可愛かったから。」
「な、なら、その・・・」
一度区切った言葉が、少しだけ躊躇って。
シーツに沈んだその姿が、困った様に上目遣い。
「・・・ちゅー、だけ、で。」
「・・・我慢できるわけねぇだろ。」
寝ぼけ眼が完全に覚醒し、それどこか朝から不似合いな程にギラつく。
シオンの言葉にちょっと不満げに唇をとがらせながら、もぞもぞとその首筋に顔を埋める。
キスを落とし、掌がなでなでと剥き出しの足を撫でる。
「・・・・・っ。」
熱を持った空気がまとわりつく中・・・
不意に、それを払拭する様な、清浄な音が響いた。
木製の扉をたたく音が、二度、聞こえて、
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「んー・・・」
「・・・・・っ。」
「残念。」
「───・・・っ!」
イタズラっぽく笑ったクロウが、そのままシオンの上から退いた。
シオンの体の上を、影が滑り、二人の間に軽やかな空気が流れる。
クロウが人指で、しーっと、合図を送って、一度頬に触れて。布団から起き上がる姿を、シオンがぼんやりと見送れば、
(あ・・・!)
ようやくココが、軍本部のクロウの自室だと、シオンは気付いた。
ファウストに出くわしては萎縮したシオンを、クロウがこの部屋に連れてきてくれたのだ、と。ふと、思い出す。
(戻って、きてる・・・。)
『赤馬車』と相対し、連れ出されたクロウを追って転移門を潜った。
その先でユージーンとフェリシアにあって、そして・・・
途中から消えた記憶が、どこまでなのかを探る前に、ぶるりと肌寒さを感じて、シオンは上掛けを引き寄せた。
シオンの視線の先、取り敢えず脱ぎ捨てていたズボンだけを身につけて。
クロウが、ノックに対して返事をし、そのまま扉へとむかう。
後頭部の髪をぐしゃぐしゃと撫で回しながら、扉をあければ、真面目な顔して敬礼をするディックが立っていた。
「お休み中失礼致します。」
「ココでいい?」
「大丈夫です。」
ディックが小脇にしていた報告書を手渡す。
「・・・・・。」
(・・・もう、仕事してるのか。)
シーツの隙間からその後ろ姿を、眺める。
(・・・よかった。)
見慣れた日常に、シオンの視界が僅かにぼやける。
二つ三つ言葉を交わして、ディックがまた別の書類を渡した。
了解したとばかりにクロウが頷けば、
「それと、もう一つお耳に入れて置かなければいけないことが。」
チラリと、こちらを伺うような視線に、クロウは書類から目を話さないまま、促した。
「ん?ナニ?」
「奥様の姿が見えなくて。」
「・・・え?あれ?ウチの療養室じゃないの?」
先程までベッドの上で自分がナニをしていたか、なんて覚えていないようなふりして。
クロウはやはり、書類から目を離さないまま嘯く。
そんなクロウの様子を探る様な目でみつめながら、ディックは、
「えぇ。昨日の昼までお姿を確認していますが、その三十分後にはもう。覚醒されているお姿は誰も観ていないので、第三者による誘拐も視野に入れて捜査を。」
「・・・は?」
告げられた言葉に、クロウが思わずディックを見る。そんなクロウに、ディックが淡々と、
「現在奥様は軍の保護対象になってますから、早急な対応が必要かと。」
「え、ちょ・・・、そ、そこまで?」
「ええ。第六大隊長からの御達しで。」
「じ、じいさん、の・・・?」
「・・・すべからく、彼の人の行方を調べるように、と。」
「・・・・・。」
「現在第三大隊長が自ら指揮を取り、総力を上げて捜索中──・・・」
「・・・っ、くしゅ!」
「「あ。」」
思いの外仰々しい報告に、クロウがちょっと焦り始めた矢先、小さくも可愛らしいくしゃみに。
ディックが目を見開き、クロウがバツが悪そうな顔で視線を逸らす。
「・・・・・。」
「・・・いや、普通、さ?まずオレんとこに確認に来ない?」
「発見者が第三大隊の隊員だったので。大隊長殿のご身内とは知らず、規定通り直属の上司に報告したそうです。」
「・・・そう、ですか。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・ディック。」
「・・・はい。」
「・・・なんか、欲しいモン、ある?」
「・・・隊長、それは」
真面目なディックが、クロウの買収の申し出に、ちょっと困った様な表情を浮かべる。
すれば、
「いいよいいよ、強請っとけ強請っとけ。」
「・・・あ。」
ケラケラと笑いながら廊下を歩いてきたのはハルオミとリシリィだった。
至極面白そうな顔をしたハルオミも、無表情の中に呆れた様な顔をしたリシリィも、状況は承知してるのだろう。
「そういうとこ真面目すぎ、ディック。」
「いや、そこは大隊長殿のお考えを伺ってから、と判断いたしまして・・・」
「聞くまでもない。」
リシリィがクロウを見据える。
「一回味しめちゃったから我慢できなくなってるだけ。」
「・・・・・。」
「どうせ今もベッド上で舐め回す様にその身体を堪能してたダケでしょう。」
「・・・容赦無ない表現使うねお前。してないよ?してないからね?」
「しようともしてなかった?」
「・・・・・。」
スッと、その赤い目が素直にそらされる。
それにほら見ろとばかりにリシリィが、舌打ちする。
「もう前科付けとけ。取り敢えず誘拐と監禁。前科二犯。判決、去勢。」
「自分の嫁さん連れてきたダケでそれ!?」
「それ。軍の保護対象、許可なく連れてきて閉じ込めてたから。」
「・・・・・。」
「やっばいなぁ、我らのボスは去勢で前科持ちかぁ!」
「去勢は勘弁してくんない!?・・・別に今更前科持ちくらいどうでもいいけど、さ?」
あまり、不名誉な噂が広がると、ちょっと。なんて、今までのクロウとは懸け離れたような言葉に、ハルオミが、目を丸くする。
「アレ?あまり気にしないと思ってたけど?」
「まぁ、個人的には。多分、あの子も気にしない、けど・・・。」
腕を組んだクロウが、うーん、と考え込む様に、眉間に皺を寄せる。
「もし、周りに言われたら、ね?多分、誰彼構わず、喧嘩売るじゃん、あの子。それで、万が一、がねぇ?」
オレ、敵多いし。
なんて・・・。
惚気にしてはやや物騒過ぎるセリフに。あぁ、と他の面々も大きく頷いた。
「確かに。」
「奥さんってバレたら、それもまた恨みの対象になる・・・。」
「まぁ、ね。」
「別れろ。」
「ざけんな。」
リシリィの解決方法に思わず殺気混じりで応えつつ。
はぁ、と息を吐いたクロウが、ハルオミとリシリィに目を向ける。
「で?二人はナニしにきたの?オレ一応療養休暇ってコトになってんだけど。」
簡単な仕事はしつつ・・・
ルミナスプェラに戻ってきたクロウには、三週間の療養休暇が与えられた。名目上は秘密裏の任務での負傷に伴う休暇となっている。
対外的にも、彼が万全で戻ってきていることを示すためにもその間に、身体を完璧に整えなくてはならない。そうなると意外と時間は少ない。
「ファウスト翁が呼んでる。」
「爺さんが?」
「そ。」
「あと、一応シオンさんの確認です上司。」
「あ、はい、スンマセンでした。」
一瞬鬼の形相になったハルオミに、しっかり四十五度で頭を下げる。
「・・・マジでオオゴトになってないよね?」
「流石にキリングス隊長は察して呆れてました。」
「だよね。」
「翁は神妙な顔で重々しく捜索命令出してましたよ。」
「クソジジイ。」
今度はクロウが憎々しげに舌打ちして、了解した旨を伝え、自室に戻ろうとして、一度クロウが振り向く。
「あの子、残りの期間はこっちに置くんで。『見世物』じゃないから」
「・・・あぁ、そういうこと、ですか。」
「ほんと、馬鹿。」
「いいの!」
バタンと、扉を閉めて。中へと、消えた背中にハルオミとリシリィがはぁっ、と、ため息を吐く。
一人よくわからないと言った様子のディックが、二人を見ると、ハルオミが
「療養室なら、理由つければ誰でも入れるよね?」
「えぇ、まぁ。」
「そもそも、シオンさんがいないってわかったの、早すぎない?」
「・・・そう言えば、そうですね。」
つまりは、そういうことだと。ハルオミが、暗に伝えるが、それでもディックは、まだよく理解していないようで首をかしげる。
「要は、寝てるシオンを見に何人も何人も、意味もなく療養室に来てるってこと。」
「何のために?」
「・・・アンタ、初めてシオンに会った時、どう思った?」
そう言われて、ディックはふと思い出す。
偶然入った飲み屋で働くシオンの姿に、目を奪われたコトを。
「・・・・・。」
「あ。」
そういうこと、と。
改めてハルオミが頷く。開き直ったような顔で、少し不機嫌そうな姿を鼻で笑う。
「もう、これはあのひとに一生ついて回る問題なんで。」
療養室で滾々と眠る姿に、初めてその姿を見た隊員達は、さぞかし心を奪われただろう。
きっと噂に尾ひれがついて広がり、入れ替わり立ち変わり療養室を訪れる隊員達で溢れる様が目に浮かぶ。
「そう、いうこと、ですか・・・。」
「ナニが?」
「え?いや、大隊長殿が奥様をこちらに連れて来たのが、出入りの激しくなった療養室で万が一にも奥様に危害が加えられるのを防ぐ為に──・・・」
「「いやいやいやいや・・・っ!!!」」
ディックの模範解答に、ハルオミとリシリィが腹を抱えてゲラゲラ笑う。
そうしてぶんぶんと、手を振り首を振り、
「違う違う違う!!」
「そんな真っ当な考えじゃないから!」
「し、しかし・・・」
珍しく表情露わに笑うリシリィに、ハルオミも肩を震わせながら、
「まだまだウチのボスの事、わかってないねぇ・・・!」
そう告げては、
何処か、得意げに鼻を鳴らす副隊長に
ディックは、少しだけ、
困った様にな顔で、目尻を下げた。




