記憶を持たない者 4
未だにソフィアに寄り添われながら、僕は姫様を見ていた。
彼女の剣は振り下ろされたが、それは宰相の顔の数センチ上で止まっている。
「ふんっ、これくらいで気絶するなんて、軟弱な男ね。」
唖然とする一同を見渡して、その後姫様はロスアレスさんに向き直る。
「ほら、私は大丈夫よ。私はこんな男がいくら掛かって来ようが、ものともしないわ。だから、私を信じなさい。ロスアレス。貴方は、私の剣よ。」
ロスアレスさんが下を向き、その表情は見えなくなる。
「姫様・・・。申し訳ありませんでした。」
「えぇ。わかればいいのよ。」
「はい・・・っ。今一度、私は貴方に、忠誠を誓います。」
そう言って膝を突き、剣を捧げるロスアレスさん。
二人の様子は、まるで絵本に出てくるような、あるいは絵画のような、そんな神聖な風景だった。
「レン。」
「うん。もう大丈夫。・・・ありがとう、ソフィア。」
先程まで取り乱していた自分はもう居ない。彼女に感謝を告げて、自分の足で立ち上がる。
「ロスアレスさん・・・」
「レン・・・。すまなかった、傷は、大丈夫か?」
「えぇ、この通り・・・。」
言いながら見せる体は、今まで激しい戦闘があったとは思えない程なんともない。だが、体力は失われている気がする。
「流石だな・・・。」
一つ息を吐いて、彼が僕に語りかける。
「レン。お前は・・・強かった。私を、倒した。お前は、弱くない。」
「・・・。」
「お前は力が欲しいと言った。そして、それを手に入れたな。優しいお前が、力も手に入れたのだ。」
「ロスアレスさん・・・。貴方は、僕を優しいと言います。だけど、そんなの、貴方も同じじゃないですか。」
「言っただろう?私の優しさは、借り物だと。所詮、姫様のような良心が居なければ、ただの暴力でしかないさ。」
「それは、・・・違うと思います。」
ロスアレスさんは、かつて、力はつければいい、と言った。同時に、優しさは得られない、とも。
「ロスアレスさんは、優しいですよ。少なくとも僕にとっては。」
「だからそれは・・・。」
「違います。力はつければいい。・・・そして、優しさは、人に教えて貰えばいいんですよ。」
きっとそうだ。最初から人に優しくなんて出来ない。それは、人から与えられて、教えられて、初めて知る物だから。
「あなたは優しい。僕にとって。そして、皆にとっても、きっと・・・。それは、姫様に教えて貰って、貴方が優しくなったからだと思います。」
「・・・優しさは、教えて貰えばいい、か・・・。」
ふと、彼の口が笑みの形に変わる。
「そうか・・・、そうかもしれないな・・・。」
憑き物が落ちたような彼の笑顔は、いつもより晴れやかだ。女性ならイチコロだろう。
「いい事言うわね、レン。貴方も本当にあたしの親衛隊に入る?大歓迎よ?」
姫様が僕を誘う。だけれど・・・
「いえ、僕には、やらなければいけない事がありますから。まだ、先の事は決められません。」
「・・・そう。・・・あの女の子の、言った事ね。」
「はい・・・。アルメリアの、願いを。僕自身の、存在理由を、求める為にも。」
「あの子、アルメリアというの・・・。」
「えぇ。・・・聞き覚えが?」
「聞き覚えも何も、この世界に生きる者なら誰でも知っている名前よ。それは・・・女神の名前。」
ペールと、この王都近くの迷宮は、女神アルメリアによって造られたものだという。
「ま、流石に本物の女神って訳じゃないと思う・・・けどね・・・。」
そう言う姫様は自信無さげだ。あの力と、消えていく時の光景を見ていればそんな話も容易には否定出来ないだろう。
だが、アルメリアが女神だろうとなんだろうと、悲しんでいたことに変わりは無い。僕に、それが出来るのなら・・・。
「クロエのところに・・・行きます。」
彼女を、彼を、僕自身を、・・・救う為に。
ソフィアが近づいて来て、手を握ってくれる。
「私も行くわ。」
そう言ってくれるのは純粋に嬉しい。だけど・・・。
「危険だよ。必ず帰って来るから、待ってて。」
「私も、行くわ。」
有無を言わさぬ雰囲気で彼女は迫る。
「・・・怪我の手当てをしなきゃ・・・。」
その体には擦り傷以上の物も少なくない。治療をしない訳にはいかないだろう。
「大丈夫。私も、怪我の治りは早い方だから。」
「えぇ・・・?」
「本当だ。ソフィアは血筋柄か回復力は人並み以上だ。お前には及ばんがな。」
ロスアレスさんはソフィアの味方をする。姫様も「連れて行ってあげなさい」と言わんばかりの表情だ。
「ひ、姫様の警護は?ロスアレスさんも結構な重症ですしっ。」
本当に危険だと思う。だから連れて行きたくない。彼女の気持ちを考えても、僕は我を通したいと思った。僕の中でソフィアはそれくらいの存在になっている。
「それなら心配ないわ。そこで寝たフリを決め込んでるオッサンもいるじゃない。」
その姫様自身の言葉は、クロエに沈められたクアットさんを指していた。
それが聞こえたのだろうか、彼は仕方無いという風に立ち上がる。
「はぁ・・・。報酬分の働きはしたと思うんだがなぁ。」
「結局あなただけじゃ力不足だったじゃない。私、怖い思いをしたわ?」
「あんなバケモン相手だとは思いませんでしたよっ、騙されたみたいなもんだっ。」
ったく・・・と億劫な様子で首の調子を確かめるクアットさんは、僕の方を見る。懇願するような視線を向けたのが間違いだった。
「あー・・・じゃ、姫様の護衛は俺に任せとけっ。ソフィア、行ってこいっ。」
この人は最初から最後まで変わらぬ調子で安心する。今回はただただ恨めしいのだけれど。
「レン。お願い。貴方と一緒に居たいの。」
僕は遂に観念した。
「・・・わかった。・・・けど、危険だと感じたら、自分の身を守る事に専念して欲しい。」
ソフィアの方が腕は立つ。だけれど、怪我をすれば危険なのは彼女だ。
「えぇ、もちろんよっ!」
絶対にわかってはない風に、彼女は請け負う。その顔は、勇気が出てくるような可愛い笑顔だった。
「なら、すぐに行くのでしょう?用意をしてくるわ。」
そう言って、彼女は一旦兵舎に戻る。
「けどよ、すぐに発たなくてもいいんじゃねぇのか?また後日みんなの治療が終わってからでもいいだろ?クロエの居場所はレンが分かるってんだし・・・。」
クアットさんの声にロスアレスさんが思案する。
「ふむ・・・。一理あるな。」
「そんなこと言って、自分は用済みとばかりに帰るつもりでしょう?」
逃がさないわよ?と姫様が言う。いつのまにか場に明るい雰囲気が戻っている。
だが、そんな雰囲気も長くは続かなかった。
怪我をした兵士達の応急手当をしていると、ソフィアが帰って来る。
用意をしに行った筈の彼女は何も持たず、ボロボロの恰好は変わらず。
その息は上がっており、それでも血の気の引いた顔は真っ青だ。
彼女の様子に僕は嫌な予感がして、果たしてそれは当たってしまった。
「レン・・・、アルミナが・・・アルミナがっ!」
アルミナが、攫われてしまったのだ。




