幕間
連太郎君。・・・君は生きて。
生きて、あたしの分まで色々な風景を見て、色々な人と出会って、色々な事を知って、いっぱいいっぱい、幸せになってね。
君が居ないと・・・幸せになんて、なれないよ。
そんな事は無いよ。それはもちろん、あたしも君とずっと一緒に居たかったし、もっとお話もしたかった。もっと色々な経験もしたかった。
・・・。
けど、それは・・・。
うん・・・わかってる。・・・けど・・・。
大丈夫。君なら、大丈夫。
・・・でもっ。
あたしは、幸せだった。 君と出会えて、君と仲良くなれて。そして、今も・・・幸せ。
・・・。
だから、後は、君がこれからの人生を幸せに歩んでくれる事だけが、あたしの望みなの。
っ・・・。
君は優しいから。だから、これからもたくさんの人を幸せに出来る。
でも、僕は弱い。きっと、耐えられないっ。
連太郎君。君は大丈夫。もしかしたら、耐えられなくて、苦しんでしまって、いっぱい悲しむかもしれない。でも、きっといつか、前を向ける。強くなれる。だから・・・。
目が覚める。はっきりしない意識と視界で感じるのは、ここが馬車の中だと言う事。
瞬間、跳ね起きて状況を確認する。今は、あの城ではない。殺すべき相手は、居ない。
馬車を降りて周囲を見渡すと辺りは暗い。どうやら城から離れ、隠れ家へ向かっていると分かる。少し離れた場所で焚かれた火の映し出す影が、俺が知っている男のものだったからだ。ただ、影は一つでは無い。
「フライト。」
小男の名を呼び、近づいて行く。
「おぉ、気が付きましたか。」
ここ半年で見慣れた顔だが、相変わらずその笑い方は嫌悪感を拭えない。
「どういう状況だ?」
「ま、簡単に言いますと、王女暗殺は失敗。更に我々が王都に潜伏している間にロスアレスがあの隠れ家を急襲してしまいましてね。事実上、「ミシアンの遣い」は壊滅ですよ。」
「・・・そうか。」
感傷も無く答える。
別に今まで居た集団に愛着なんて持っていない。ただ暴れやすいからというだけで身を置いていただけだ。
「で、しょうがないのでなんとかお金を工面して、どこかへ逃げようか、と言うところです。」
「何故俺を連れてきた?放っておけば良かっただろう。」
あの城で、暗殺を失敗した俺は、捕らえられて処刑されるのが自然な流れだっただろう。処刑された所で死ねないのだが。
「それはもちろん・・・私と貴方との仲じゃないですかぁ。いひっ。」
気持ち悪い。要するに、俺に利用価値がありそうだったから連れ出したというだけだろう。そして、今隠れ家に向かっているのは、隠してある財産を取りに行くため、といったところか。
「ロスアレスが回収出来ていない分も残っているかもしれませんからね。」
ご苦労なこった。
「で、そいつは一体どういう了見だ?」
「いいでしょう?かわいいでしょう?売れば高値が付きますよぉ?猫族、というのも私的に好ましいのですよねぇ。」
そういって俺たちの見る先には、小さな少女。気丈な眼で俺たちを睨んでいるが、手足を繋がれている。
「隠れ家で上手くお金を回収出来なければ、と、保険で攫ってきたのですよ。売ってよし、遊んでよし、なので手間を惜しまずに奔走致しました。」
下卑た笑みで話す。人の事を言えない俺も、こいつにだけは嫌悪感が止まらない。
「そうそう。どうやらこの娘、レンとやらの大切な女性でもあるそうなんですよぉ。そそりません?」
「あいつの・・・。」
あいつの・・・大切な、女か・・・。
俺と同じ顔をしたあいつ。レン。
あいつは、俺の・・・。
何の気無しにその少女へと近づく。
手を伸ばせば届く距離で、その少女の方から口を開いた。
「君が・・・クロエ?」
「そうだ。」
「本当に、同じ顔をしてるんだね・・・。けど・・・。」
暗い眼をしている、と。
「へっ・・・この状況で良くそんな事が言えるな。大したもんだぜ。」
怖く無い訳は無いだろうが、それは表に見えない。
「君が、レン君と同じ顔をしてるからかな。不思議と、怖くないよ。」
「馬鹿な奴だな。俺は犯罪者だぜ?人を襲って身を立てている。必要とあらば人を殺すし、必要なくとも殺したければ殺す。」
そんな男だ、俺は。
「本当に・・・?」
「・・・どういう意味だ・・・?」
俺が人殺しもする事はかなり知れ渡っている筈だ。それを知らない訳ではないだろう。
「本当に、殺したいから、殺すの?」
意味が分からない。殺したくないのに、人を殺す奴はいないだろう。
「当たり前だろうが。変な女だな。」
「アルミナ。」
「は?」
「あたしの名前。アルミナ。」
「何故その立場でそんな事を教える?馬鹿なのか?」
「だって、君、レン君と同じ顔をしてる。」
「それがどうした。同じ顔だから大丈夫、てか?ただの阿呆だったか。」
「違う、そうじゃなくて・・・初めて会った時の、レン君と、同じ顔をしてる。悲しそうな、辛そうな、・・・怯えているような。」
「俺が怯えてるだってっ?何に怯えてるってんだっ、言ってみろ!」
「君自身に。・・・レン君も、きっと、そうだったから。自分の事が分からなくて、どうしたらいいのか、分からなくて・・・。」
違うっ。俺は、怯えてなんか、ない!
「きっと、君が、レン君と同じなのは、姿形だけじゃない・・・。そんな感じがする。」
お前に、俺の何が分かるって言うんだ!
「わからないよ。・・・けど、なんとなく、そんな気がするの。」
「・・・話にならねぇっ・・・。」
踵を返して馬車へと向かう。
「おや、お話は終わりましたか。なら、出発しましょう。彼女を連れてきますので、乗り込んで下さい。」
「話なんか、してねぇっ!」
苛々する。自分の事を見透かされているようで、あの眼が気に食わない。
フライトがアルミナを馬車に乗せ、自分は御者台へ向かった。
言葉は無く、しばらく馬車に揺られていた。そろそろ隠れ家の迷宮に着こうかという時に、アルミナがこちらを見ているのに気付く。
「なんだ。」
「・・・。」
「・・・ちっ。」
思わず舌打ちをしてしまう。彼女の顔は、俺を心配するかのような色を帯びていたのだ。
「くそっ・・・。こっち見るんじゃねぇっ。」
そんな顔で、そんな悲しそうな眼で、俺を見るなっ。
また少し経って、フライトが到着を告げる。
「あなたも中に行きますか?」
「必要ない。」
「そうですか、では、その少女が逃げないように見張っていて下さい。」
そう言って奴は迷宮へと進んで行く。隠れ家は迷宮にあるが、誰も入られないように入口をカモフラージュしてある。ロスアレス達以外に誰かが入って荒らしているということもないだろう。
馬車を降りて月明かりの下で息を吸う。次いでアルミナも降りてくる。
「逃げるのか?」
「足も繋がれてるから、無理だよ。君が逃がしてくれるのなら別だけど。」
「・・・いや、逃がさねぇ・・・。」
「変なのっ・・・ふふっ」
「お前、おかしくなってんじゃねぇのか?これから売り飛ばされるんだぞ?怖いだろっ。」
「レン君が助けに来てくれるもの。」
確信に満ちた声で、アルミナは言った。
「どうやって?ここに居る事はわからねぇだろ。」
「レン君は、君の気配が分かる、て聞いたよ?ソフィアに。」
「・・・。」
そうか、と思い当たる。俺があいつの気配が分かるように、あいつも俺の気配を感じ取っていたのか。思えばあの夜も、あんな所で出会うのはおかしかった。
そういえば、あの餓鬼・・・。
「アルメリア・・・。」
「呼んだか?連太郎。」
急に声が聞こえて驚いてしまう。振り返ったその先には、俺が殺した筈の少女が居た。
「・・・おまえ、ホントに何者だよ・・・?」
「そんな事はどうでも良い。それより・・・」
いつもより存在感が無い。心なしか、その姿さえ希薄だ。
アルミナは急に現れた少女に、眼を丸くして、口をつぐむ。
「それより、記憶を、思い出しただろう?連太郎。」
「・・・。」
そう、俺は、きっとこいつの手によって、全てを思い出していた。
「あぁ・・・。」
「そうか。では、どうする?」
「お前は、どうしたかったんだ?」
「わしは、おぬしに変わって欲しかった。全てを忘れたお前が、この世界で。」
「俺は、変わらなかった。」
そう。悲しい出来事に押し潰されて。自分を見失って。ここへ来ても、それは何も変わらなかった。
「おぬしは、どうしたいのだ?」
「俺は・・・」
結局、変わる事が出来なかった。俺は変われない。もう・・・。
「俺は・・・消えたい・・・。」
「おぬしは、ここで死ぬことは、出来ない。だから、せめて最後に、レンと、闘え。」
「あいつと闘えば、いいのか・・・?」
「そうだ。そうすることで、この世界から解き放たれる。」
「勝てばいいのか?負ければいいのか?」
「さあな。それは、おぬしらが決めることだ。」
わけわかんねぇな・・・。けど・・・、それしかないのなら・・・。
「だめですよぉ、そんな、死にに行くようなことなんて。」
いつから聞いていたのだろうか、暗闇の中からフライトの声が聞こえる。そして、俺に、言った。
「だって、あなたは、希代の犯罪者、人殺しの、クロエなんですからっ。いひっ。」
ハっと、気付く。いや、分かっていた。分かっていたが・・・。俺は、もう・・・。
「・・・ひと、ごろし・・・。」
「だめです。だめですよぉ。あなたは、もう、後戻りなんて出来ない。このまま消えていくことなんて出来ない。」
「おぬし、何者だっ。」
「私はただの犯罪者ですよぉ。クロエと同じ、ね。」
そう言いながら手を降り下ろす。魔力の衝撃波がアルミナとアルメリアを吹き飛ばした。
吹き飛ばされるアルミナは小さな悲鳴と共に意識を失う。
「聞くなっ、連た・・・!」
薄かったアルメリアの存在はそのまま掻き消えていく。
フライトの声が頭にこびりつく。俺は、罪を犯したのだ。それも、取り返しの付かない程の。
「・・・ぁ・・・。」
「そう。あなたは、もう、戻れない。もう、クロエとして生きていくしか、無いのですよ。」
ほら、聞こえるでしょう?
あなたが殺した人々の声が。罪なき人々の怨嗟の声が。
貴方に安楽の消失なんて認めない。クロエとして、この世界を、混沌に陥れるのが、貴方の使命なのですよぉ。
「あぁ・・あああ、・・・っ。」
そうだ。俺は、もう戻れない。このまま、血塗られた道を進んで行くしかない。それしか、ない。楽に消えていくなんて、許されない。
「ぁ・・・。」
俺は、クロエ、だ。クロエで居るしか、無い。
「ク・・・ククっ、ハハハっ・・・」
高らかに哄笑する。剣を抜く。目の前の男に突き刺す。
「は・・・?」
小男は自身の体を見下ろし、頓狂な声を上げる。
「そうだな。お前の言う通りだ。何を迷っていたんだろうなぁ、俺は。」
どうでもいいじゃないか。俺が何者かなんて。
もう、どうでも、いい。
どうでも・・・。




