記憶を持たない者 2
「アルメリアっ」
彼女の下へ駆け寄る。抱き起こした体からは絶え間なく血が流れ出す。血色を失った顔は青白く、元々の存在感は今は無い。
「レン・・・。」
弱々しい言葉が漏れる口からは僕を安心させる為だろうか、笑みが差す。
「アルメリアっ、しっかりっ、今救護を・・・っ」
「必要ない。わしは・・・この程度では死なんよ。」
そう言って目を瞑る彼女の体から解けるように光が漏れだす。
尋常でないその光景に、こちらを見ていた面々も驚きの声。
「君は・・・本当に、一体何者なんだ・・・?」
「わしの事などどうでも良い。だが・・・。」
アルメリアはクロエの居た場所へ目を向ける。何を思っているのだろうか、その顔には前にも見た悲しみが宿る。
「レン・・・。頼みがある。」
光の流出と共に彼女の存在も薄くなってゆく。
今気づいた。彼女は僕の事を「レン」と呼んでいる。一度も「連太郎」とは呼ばない。
それになんの意味があるのか、警鐘を鳴らす心を無視して思いを馳せてしまい、全てが繋がる。自分の存在理由。
「・・・クロエを・・・殺す?」
そんな事は無い、と、認めたくない心が思ってもない言葉を吐かせる。
息が乱れる。酸素を求めて喘ぐ。
「いや・・・。クロエを・・・連太郎を・・・」
「っ・・・。」
彼女は「連太郎を愛している」と言う。そして、クロエを殺せと言う割にはいつも悲しみを、憂いを帯びた眼をしていて、思い詰めている様にも見えていた。
「連太郎を・・・助けてくれっ・・・」
そう言って彼女は消えた。後に姿は残らない、その眼から流れ落ちた雫の残光と、僕に託した願いとを引き換えに。
「僕が・・・、僕は・・・。」
思考は定まらない。
感じた真実は、きっと僕にとって残酷なものだ。見たくない。だが、見ないフリは出来ない。
「っ・・・。」
次第に眼に映る全てが認識できなくなる。吐き気が込み上げてきて、耐える。
(・・・僕は、・・・僕はっ・・・。)
何者でもない。
僕は、誰でも、無かった。
「ひっ・・・」
認識した真実に恐怖が込み上げる。遂に耐え切れず口から漏れ出した悲鳴の切れ端が、次いで全てを引き出して。僕は叫んだ。
クロエは「連太郎」。だが、僕は「連太郎」ではない。
「彼」と「僕」が、同じ存在だというのなら、
僕は、
偽物。
意味の持たない声を、喉が焼けるのも気にならずに叫ぶ。
どうにもならない事実だと分かっていながら、それでも叫び続ける。
何かをしていないと、そのまま消えてしまいそうで。
僕は、みっともなく涙を流して、震えながら、叫び続けた。
消えてしまう。僕という存在が。「レン」は存在していなかった。
僕は、何も持っていなかった。最初から、何も。
何もない。僕は空っぽの人形。
感じた心も、人に話す言葉も、全て偽物。
偽物。何もない。僕は、何者でもない。偽物、偽物、偽物、偽物
偽物偽物偽物ニセモノにせものにせも・・・
「レン!」
肩に衝撃。温もりを感じる。誰かに抱きしめられている。
「レン!」
もう一度名前を呼ばれる。偽物の名前。
「レン!」
三度目の呼ぶ声に、彼女の姿が、揺れる視界の中でハッキリと姿を現す。
「あなたは、レンよっ!私が大好きなっ優しい男の子よっ!」
偽物なんかじゃ、無い!
「・・・ソ、フィアっ・・・」
僕の肩を掴んで僕の眼を見ながら、彼女が何度も僕の名を呼ぶ。ここに居るのが「レン」であると、言ってくれる。
「ぼ・・・くは、偽物・・・で・・・」
「違う!貴方は貴方よ!少なくとも私にとって、アルミナにとって、みんなにとって!」
「君や、アルミナ・・・みんなに、とって・・・?」
「えぇ!そうよ!それが全てっ。私たちは、貴方が「レン」だという事を知っているっ。貴方は、偽物なんかじゃ、絶対にっ、無いっ!」
「僕が・・・レン・・・?」
激情を乗せて僕に語りかけてくれたソフィアは、僕の眼を見ながら今度は包み込むような声を出してくれる。
「そう。貴方は、レン、よ。・・・大丈夫、私が、保障するわ。・・・レン。」
そう言ってもう一度抱きしめてくれる。
自分と言う形が温もりによって形作られていく。
「僕は・・・レン・・・。」
「えぇ・・・レン、よ。」
浅く息を吐く、何度も何度も、そして、大きく深呼吸。何度も何度も。
冷静になんてなれない。けれど、ソフィアは僕が僕であることを、認識させてくれた。
なら。
僕が、「レン」であるというのなら。
「レン」が、為すべき事は。
泣いていた彼女の、アルメリアの、願いを、叶える。
それが、僕が僕である事の、証明、だから。




