幕間
酷く頭が痛い。中で鐘が鳴らされているかのような錯覚に陥り、目の前が真っ暗になる。
「ぐっ・・・う・・・」
同時に湧き上がる破壊衝動。いや、違う。何がしかに対する怒りを、自分の記憶の想起による不安を、自身の過ちを冷静に振り返ってしまうことへの焦燥を、ごまかす事をそれに求めているだけだ。
「・・・くそったれっ」
吐き捨てる。思い出すのは昨日の夜の事。
同じ顔の餓鬼といつも付きまとってくる餓鬼。
奴らと出会うたびに俺の心は掻き乱されて、自分が自分でなくなるような気がしていた。
それも違う。「本当の自分」が俺を乗っ取りに来ているような。そんな自分の不安定さを感じてしまうのだ。
「違うっ。俺はっ・・・、」
人を襲うのは楽しい。絶望に歪む顔。死の間際に発せられる悲鳴。動かなくなりどこも見ていない虚ろな眼。
それらは俺の心を満たしてくれて、自分が何者か、などどうでも良くなるくらいのどす黒い感情で上書きしてくれる。自分自身を造り上げることが出来る。
初めはフライトの奴に唆されて始めたこの稼業だが、今の俺には無くてはならないものとなっていた。
だが、それでも足りない。もっと・・・もっと、俺を俺でいさせてくれる程の情動を、欲していた。
そして今、俺は最高の獲物を求めて、王城の謁見の間、その採光の為に取り付けられた天井近くの窓から中の様子が見えるように陣取っている。
数時間前の事だ。
王都のスラム辺りを彷徨っていた俺に、声を掛ける者がいた。
「・・・おまえか・・・何の用だ?」
「何の用もなにも、あなたが帰ってこないのが心配になりましてね・・・、えひっ」
自分の発した言葉の気持ち悪さに自身で嗤っている。
俺を組織に引き込んだ者。隊長と副隊長として行動を共にすることが多い、小男のフライトだ。
「相変わらず気持ちわりいやつだな。用が無いのなら消えろ。俺は今・・・」
「今・・・なんですか?」
自分が何者か悩んでいた。そんな事を伝える必要は無い。
「・・・。」
「ま、とりあえずこれからの話をしましょう。」
「これから・・・?」
「えぇ、王女の殺害計画を立てましょう、と言っているのです。」
「それなら、明日の・・・。」
「式典での決行は無くなりましてね。今から直接乗り込んで、ということにしましょう。」
「何考えてやがる・・・。」
「実は、耳よりな情報がありましてね。ロスアレスが宰相を殺そうとしている、とのことですよ。」
「・・・。」
「胡散臭そうな顔をしていますねぇ、私が命がけで得た情報ですのに、非道いことで・・・。」
「それが本当なら、その騒ぎに乗じて王女をやれる・・・てことか。」
「えぇ、そうです。早速王城へ向かいましょう。」
「簡単に言いやがる。」
「簡単ですよ。宰相から城内の詳細な地図と警備状況を教えて貰ってますからねぇ。」
城に入ること自体は可能なのだ。王女の暗殺で障害となるのがロスアレスとソフィアとかいう腕利きの存在だった。
だがロスアレスは宰相の暗殺をしようとしている。その騒ぎの中ならば何者をも出し抜いて王女を殺すことも出来るだろう。
しかしはた、と気づく。
「でもそれじゃあ宰相が殺されるじゃねーか。どうすんだよ。」
「ま、そこは私にお任せを。」
「ちっ、そうかよ。・・・わかった。俺が王女を殺せばいいんだな?」
「そういう事です。その後に生き延びられるかどうかは貴方次第ですがね。」
「ハっ。そんなの俺の得意分野じゃねぇか。」
「それもそうでした。では、行動に移しましょう。待機位置までお連れ致しますので、タイミングは貴方にお任せ致します。」
そして今に至る。王女が謁見の間に入ってきており、何故か知らないがあのレンとかいう餓鬼も居る。どうやら、そろそろ役者が揃う時間のようだ。
「連太郎・・・。」
またか・・・と、うんざりした気分で声がした方を向くと、そこにはアルメリアが居た。
「よぉ、今日は何の用だ?また説教か?聞き飽きたぜ。」
「おぬしは・・・それでいいのか・・・?」
「あ?・・・何を言ってやがる。」
訳が分からねぇ。
「お前は、そんな事をしていていいのか、と、聞いておるのだっ」
こいつが声を荒げるのは初めて見た。その顔は今にも泣き出しそうで、何故だか俺まで悲しい気持ちになってくる。
「っ・・・うるせぇっ、俺は俺だっ誰にも指図を受ける気はねぇっ。」
「・・・お前が、何故、そこまで苦しんでいるのか。わしは知っておる。それを、お前に思い出させることも出来る・・・。」
「あぁ?」
「だが、そんな事をしても無意味だと思っていた。おぬし自身が自分で変わることを望んでいた。魂に根付いた闇を、自分が生み出した闇を、振り払って欲しかったのだ。それが、理想だった。」
「てめぇ、なんの話がしてぇんだっ・・・」
「だが、それは叶わなかった・・・。なら、もう一人のおぬしに、全てを託そう。」
アルメリアの体から青白い光が溢れる。
「やめろっ、何をしてやがるっ、やめろって言ってんだろうがぁ!」
思わず飛び掛かった俺に目がけて、アルメリアが指を突き出した。そこから伸びた光は俺の眉間に突き刺さり、カギを外すかのように中で蠢いているのを感じる。
途端に体が硬直し、次の瞬間には体の力が全て抜けて、その場に崩れ落ちる。
そして、俺の頭の中はぐちゃぐちゃになった。
今までの出来事が逆再生で頭の中を走り、次の瞬間には懐かしい風景が広がる。感覚的に理解した。これが俺の記憶だ、と。
「ぅ・・・ぁあ・・・」
呻き声が漏れる。膨大な情報量に押しつぶされながら、その断片が想起する感情にすり潰される。
やがて漏れる声は絶叫となり、絶叫は悲鳴、嗚咽に変わり、また絶叫する。
揺れる視界は記憶の中の場面と見分けがつかず、何を見ているのかすらわからない。
しかし・・・その視界の端に映ったモノは、捉えた瞬間理解することが出来た。
天窓から見えたレンの姿。対峙するロスアレス。倒れる兵士と宰相。
そして、殺そうと思っていた王女。
(殺す・・・?殺す・・・。コロス・・・。)
最早思考は不可能。ただ連鎖的に浮かぶ単語の意味を捉え、それに縋った。
頭はまだ痛い。絶叫は変わらず喉を裂いている。
だが、王女を殺す。
今の俺が持っているのはそれだけが確かさを帯びていて、俺に道を与えてくれた。
天窓に飛び込む。殺すことだけを考える。
後ろから呼ばれたのは、誰の名前だったのだろうか。
その声は悲しみを帯び、痛みを訴えていたが、俺には届かなかった。




