ここにいる理由 9
ロスアレスさんに連れて行かれたのは無骨な石造りの建物、練兵場だと彼は言っていた。
その一室。簡素なテーブルと椅子が並ぶ会議室のような部屋で僕は親衛隊の面々と顔を合わせていた。
「みんな。話は聞いているものもいると思うが。」そう言って僕を前に出るよう促す。「改めまして、レンです。よろしくお願いします。」
以前顔を合わせたものもいるが、知らない者もいる。そして、いなくなっている者も。
「我々は親衛隊と銘打っているが、主な仕事は姫様の周りだけでなく王都の警護に駆り出されることもある。特別な時などは必ずだ。」
僕にそう前置いて親衛隊に言う。「皆もわかっていることだろう。今度の国立記念式典の話だ。」
ミザース王国の国立記念日に、国を挙げての盛大な式典が開かれる。ここ数か月「ミシアンの遣い」の動きは活発になっており、襲撃を警戒して催し事は自粛、もしくは規模の縮小をしていたという。これまでも幾度となく奴らは王都に攻め入っており、毎回のように死傷者が出た為だ。しかも決まって警備の弱いところを見計らって侵入してくるもので、内通者の存在も疑われている。そして今回は現王の直々の命令で親衛隊による作戦が展開していた。情報のかく乱・秘匿だ。警備体系をできるだけ縦に分け、その上で違った情報を流す。全て、というわけにはいかないがこれである程度内通者・間者の絞り込みができるだろう。しかしそうなると問題も出てくる。当日の情報系統が上手く回らなければ危険が増す、ということだ。これには親衛隊の面々も頭を抱えており、様々な案を現在模索中だという。式典を取りやめることはできない。いつまでも国家が犯罪者集団に振り回されることは許されないからだ。同時に内通者の正体も暴かなければ火種は残り、この先も危険が残る。そんな状況だとロスアレスさんは確認の意味も込めて僕に説明してくれる。
ロスアレスさんが一人の兵士の名を呼び、出てきたのはクロエの襲撃時に馬車の警備をしていた人だ。
「小隊長のザムドだ。大変だったみたいだな。」そう言って僕の肩に手を置く。
「えぇ、本当に・・・。傷はもう大丈夫なんですか?」
「ま、なんとか動ける、て所だ。」治癒魔法はあるが劇的に怪我が治るようなものではないらしい。
「レン。このザムドに聞いたのだが、お前はクロエの襲撃時に不思議なことを言っていたようだな。」と、思い出す。クロエが近づいてきた時に、僕はその気配を感じていたのだ。
「はい・・・。何かが近づいてくる、という曖昧なものでしたが、確かに感じました。」
「その際の忠告には感謝している。もっと信じていればとも思うが、それは仕方が無い。今はどうだ?」と言われ、感覚に頼って気配を手繰ってみる。左肩に違和感、いや、その先の気配を感じているのだろうか。
「確証はありませんが・・・。」そう言って微かに感じる気配を辿って指で示す。
「その方角は・・・。」ロスアレスさんにも心当たりがあったようだ。クロエに関して僕が役に立つと判断したのだろう。「レン。見習いという立場にしたのは私だが、当日まで力を貸してくれないか。」そう言って僕の方を見つめる。
「俺は・・・俺は、クロエと、なんの関係があるのでしょうか・・・。」何故か感じるクロエの気配。そして、同じ顔、声、体格。わからないことが多すぎる。
「わからない。だが、その力は今、現状に於いて特別に役に立つ。頼む。」
「・・・はい。・・・はいっ!」けど、考えているだけじゃ答えは出ない。前に進まなければ何も変わらないのだ。やれることをやると、決めたんだ。
その後はロスアレスさんに訓練をしてもらう。今の僕ではむしろ足手まといになってしまう。せめて体の動かし方を、とロスアレスさんに言われたからだ。
「強くなれと言ったのは私だが、言っただけで何もしないのは無責任というものだからな。」そう言って今は僕と共に訓練場で剣を握っている。
「剣を振るったことは?」
「ありません。」
「なら、まずは私の動きを見ておくんだ。」
そう言ってロスアレスさんは動き出す。ゆっくり、ゆっくり。足を広げて地を掴む。剣を振り上げ一振り。踏み込みながら左右に一振りずつ。下がりながらまた左右に一振りずつ。
「これだけでいい。これを繰り返すだけで、ましになるはずだ。足運びや技などは実践では使い物にならないことが多い。一番最初の基本を反復することが重要だ。」
ロスアレスさんは別の仕事に向かう。僕は日が真上に上るまでそれをただただ繰り返した。
一つ、気付いたことがある。僕の異常な回復力のことだ。体を動かしていればもちろん段々と疲れてくる。その疲れ自体ははとれないが、一定以上酷使した腕や足はまたすぐに動かすことが出来るのだ。
(これは・・・便利・・・なのかな?)むしろ訓練の意味がなくなっているような気もする。積み上げた石を崩されるような気分を味わいながらもなんとか様になるように剣を振れるようにはなったと思う。
気付けば傍らでソフィアがこちらを眺めているのに気付いた。
「ソフィアっ・・・いたんなら声かけてくれればいいのにっ・・・。」服で汗を拭いながら言う。
「うぅん。必死だったから邪魔したくないなと思って・・・。お昼ご飯、食べに行きましょう。」
共に練兵場を後にして、再び寄宿舎の食堂へ向かう。
「結構動けるのね。感心したわ。」意外なことを言われる。どうやら意味はあったようで嬉しくなる。
「そう、見えた?嬉しいなぁ。」
「・・・っ。ねぇ・・・。」
「何?ソフィア?」
「・・・っなんでもないわ。」そう言って彼女は背を向けてしまった。
「ご飯食べたら式典会場の下見と、警備範囲の確認にいくからっ。」
彼女は僕に対して一体どういう感情を抱いているのだろうか。少なくとも好かれるようなことはしていない。けれど好ましく思われるのに悪い気はしない。
その日は王都を周り、なんとか地理を頭に叩き込んだところで終了となった。




