ここにいる理由 8
朝。ここ数日とは違い、今日の目覚めは快適だ。
ペールの街と同じく、朝の鐘が王都に鳴り響く。それに合わせて寄宿舎の中が次第に騒がしくなっていった。
昨日、ロスアレスさんに言われた通り、僕は王国軍に厄介になることにした。己を鍛える為だ。ロスアレスさんの推薦と姫様の後見、おそらくだろうけどかなり大変な状況だと思う。それでも必要だと思ったから、やるんだ。
固めのベッドに毛布を数枚敷いただけの簡素なベッドから起き上がり、朝の用意をする。とは言っても支給された服に着替えて昨日返してもらったナイフを腰に巻くだけだ。
そこまでしたところで扉がノックされる。返事をして扉を開けると、そこにはソフィアが居た。
「・・・あら、・・・起きてたのね・・・。」前後不覚な様子でふらふらしながら彼女は言い、僕は気づいた。
「ソフィアっ、なんて恰好で・・・。」彼女は寝間着なのだ。それも体のラインが透けて見える物で、思わず僕は目が釘付けになる。鍛えられたシャープな腰つきは抱きしめたくなるような細さで、そこから多くな膨らみにつながっていく。寝起きでよくわかっていない彼女の様子と相まって無垢な女の子をだまして悪いことをしている気分になる。「かっこう・・・?」と、実際に自分の状況をよくわかっていないみたいだ。
「いいからっ、ほらっ」僕は彼女の肩をつかみ、隣の彼女の部屋へ連れて行く。「少ししたらまた来るから、それまでに用意をしておいてくれよっ?」そう言って彼女を部屋に押し込める。幸いにも廊下に人通りは無かった。
前にも似たようなことがあったなと、別のことを考えながら時間をつぶす。
とは言ってもその後彼女の部屋を訪れる勇気は出ない、五分程たって甲高い叫び声を聞いた後今度はキチンとした恰好で彼女の方から再び僕の部屋に来た。
「お、おはよう・・・。」顔は赤いままだ。「あの、さっきは・・・」
「じゃ、じゃあ朝ごはんを食べに行こうかっ」彼女の言葉を聞き終える前に僕は言う。
「あ、あの・・・」「いやぁ、朝ごはんは食堂で支給されるんだっけ、有難いなぁっ」
「み、見た・・・?」「え、今日の献立?見てないなぁっ、楽しみだなぁっ。」
さ、行こう。と僕は彼女を促した。彼女は触れない方が良いと悟ったのか無かったことにしてくれたのか、ともあれ一緒に食堂へ向かう。いきなり気まずくなるなんて御免だ。
階下に向かう間に昨日聞いたこれからの予定を聞き直す。
「これから軍学校に向かうんだっけ?」
「えぇ、そうよ。まあ私と同じ予定になるのだから、軍学校は半日、その後ロスアレス隊長のところに行くか、姫様の用事があるときはそっちに行くかになるわ。」
「一日中学校にはいないんだ?」
「えぇ、そういう人も多いわ。家業を手伝う人もいれば私のように軍の手伝いをする人もいるわね。」アルミナも学校に行っていたがいずれも昼を過ぎたくらいに帰ってきていた。そういう風習みたいだ。
朝ごはんを食べながら細かいことを聞いていく。学校では主に座学を学ぶそうだ。軍の仕事は危険なものも多いらしい。そう言った他愛のない話をするソフィアはすごく楽しそうだ。
「ごめんね。話しすぎてるわね。」申し訳なさそうに言う。「同年代の知り合いってそんなにいないの。だからなんだか嬉しくって。」
どうやら軍学校にいる時間も短く、遊びにいく時間もないため仲の良い友達はいないとのことだ。親衛隊見習いというのも結構すごいことらしく、遠慮したり敬遠する人も多いみたいだ。
(僕はだいぶ場違いなことになりそうだ・・・)
「あなたは大丈夫よ、なんと言ったって漂流者だもの。」と、僕の考えを読んだかのように彼女は言う。
「よくそう言われるけどイマイチ実感がわかないんだ。それってすごいの?」
「すごいなんてものじゃないわよ。漂流者はいつの時代も重宝されていて、一人で一騎当千の力を持った者もいたそうよ、おとぎ話にあるようにね。」
絵本などのおとぎ話は、事実に基づいて作られた話が多いようだ。
「それと、やっぱり回復力の高い英雄も多かったみたいね。さすがにあなたみたいなのは聞いたこと無かったわ、クロエ以外には、だけどね。」
傷が治りやすいのは漂流者の特徴でもあるという。その中でも異例の回復力を持っているのが「僕」と「クロエ」だという話だ。やっぱり僕とクロエには因縁がある。そんな予感がする。
軍学校へ向かおうと朝食のテーブルを離れた時だ。ロスアレスさんが食堂にやってくる。周りの兵士たちが皆敬礼をし、彼はそれに敬礼で返したあと、口々に挨拶を述べる兵士たちに短く返しながら僕たちの方へやってきた。横を見ればソフィアも敬礼をしている。
「手を肩の高さに上げるの、雄々しく握りこぶしを作ってね。」言われた通りにやってみる。これからは一応、軍の一員なのだ。
ロスアレスさんも同じように返してくれる。
「おはよう、レン、ソフィア。」おはようございます。と僕たちも返す。
挨拶もそこそこにロスアレスさんが本題に入った。
「レン。君は軍学校ではなく、私と共に来てほしい。」
「えっ!学校に行かないんですか!?」と声を上げたのは僕ではなくソフィアだ。見れば寂しそうな顔をしている。
「・・・だいぶ懐かれてしまったようだね・・・何かあったのかい?」とロスアレスさんが小声で僕に聞くので反応に困ってしまう。
「えと、同年代の友達が少ない、って悲しんでましたね。」
ふむ、と顎を手に当てるロスアレスさんは、ソフィアの方を見て、「ソフィア、レンにあまり迷惑を掛けないようにな?」と子供に言い聞かせるように言い含んだ。
「め、迷惑なんてかけませんっ。・・・かけてないよね・・・?」と未だに寂しそうに言うので、大丈夫、と答えておく。
「ソフィア、これからよろしくね。」と改めてお願いをしておくと、彼女は嬉しそうに笑った。本当にわかりやすい子だ。
ソフィアと別れてロスアレスさんと道を歩く。昨日はわからなかったが、どうやらここは王城の敷地内のようだ。かなり広く、兵士の寄宿舎の他に王国関係者の屋敷と思しきものもある。
「実はな・・・」と切り出すロスアレスさんの表情は真剣そのものだ。つられて僕も気が引き締まる。
「近く、クロエの襲撃があるかもしれない。それに備えて君に、手伝ってもらいたいんだ。」
いつかまた、出会うだろうと思っていた。それは、予想以上に早いのかもしれない。




