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ここにいる理由 7

目を覚ます。


辺りは暗く、人の気配は感じない。僕はふかふかのベッドの上で寝かされていて、上半身は裸だ。何があったかと思い出そうとして自身の処刑の映像がフラッシュバックする。

瞬間、戻してしまわなかったのは胃に食べ物が入っていなかっただろう。何度もえづきながら呼吸が乱れる。


初めて向けられる悪意、文字通り身を引き裂いた殺意、それらを向けられるて泣きわめくしかできない自分の弱さ。心がぐちゃぐちゃになりそうで。

「本当に・・・僕は・・・。」弱い。どうしようもないほどに。

アルミナは狩りにはあまり役に立たない僕のことを、優しさも強さだと言ってくれたことがある。だが、自分さえ守れないのなら、その優しさは意味を持たない。人に優しくしようとしても暴力によって存在が消えてしまえばそれは不可能だから。


「僕は・・・」涙が頬を伝う。心がぐちゃぐちゃになっていく。このまま消えていくのが正しいのだろう、と思う。

力のない優しさはいたずらに人を傷つけてしまうこともある。現に僕は大切な人を悲しませてしまうところだった。僕が自分のことを「俺」と呼ぶのは、強くなければ我を通すことが出来ないことを、知っているからではないのか。強くない僕は最初からいない方が良いのではないのだろうか。


傍らに陶器製の水差しを見つけ、取っ手を持ち叩きつける。手ごろな破片と化したそれを、自分の喉に向ける。

本当に死ぬ勇気も、そんなつもりも、無い。それでも、そうしなければ自分のことが許せなくなりそうで。


そのまま押し込む。刃先が喉に達する寸前。


「やめてくれっ」


女性の、いや、もっと小さい子の声がする。その子はいつの間にか側にいて、僕の手をつかんでいる。見た目からは予想できない程の膂力に、手が止まる。


「・・・君は・・・?」


「やめてくれ・・・。そんなおぬしは見とうない・・・」僕の問いには答えずに、ただ、彼女は僕の目を見て言う。真っ白な髪を腰まで伸ばし、無垢さと艶やかさを併せ持つ美貌。すらっとした体躯はまさに子供のようだが、話し方は悠久を生きる賢者のように心に届く。そこからは本当に僕のことを心配する色が見え、弱い僕はそれにすがってしまう。


「・・・わかった・・・。」手を下げる。彼女の顔を見ながら、もう一度問う。「君は・・・誰・・・?」


「わしは、ずっとおぬしのことを見ている。おぬしのことを知っておる。」やはり的を射ない答えに、困惑するが、部屋の外がやにわに騒がしくなる。水差しの割れる音を聞きつけたのだろうか。


「また、話そう。愛しい連太郎。」そう言って僕が瞬きをした間に彼女の姿は消えていた。


同時に部屋の扉が開かれて、赤い髪の女の子が入ってくる。

「起きたのね。さっきの音は何?」見知らぬその子は僕の手にある破片を見て、ハッとした後こちらに向かって突っ込んでくる。子供のように「ダメ~!」と言いながらだ。


そのまま押し倒され、手に持つ凶器を取り上げられる。

「いや、その、これはそんなつもりじゃなくてっ」のし掛かられて若干苦しくなるが、なんとかそう言うことが出来た。

「せっかく生きてたのにっ!そういうことしたらダメよっ!!」そのまま肩に手を掛けられて上下に揺さぶられる。

「わかった!?」「・・・っはい・・・ぅぷ・・・」勢いよく揺さぶられて気持ちが悪くなってくる。

「ほら、こんなに顔色が悪いじゃない。ちゃんと寝てなさい!」自分のせいだとは気付かずに僕を叱る。人に叱られるのは記憶にある限り初めてだ。新鮮な気持ちを感じて、少し気分が変わっていく。


「君は・・・誰・・・?」先ほどは答えてもらえなかった問いを、今度はこの女の子にする。

「私はソフィア、ソフィア・ミナトよっ。」今度ははぐらかされずに聞くことができて安心する。


「えー、と・・・。ソフィア、さん。ありがとう。もう大丈夫だから、どいてくれると助かる・・・かな。」

自身の体勢に気づいて彼女は真っ赤になり、慌てて離れる。彼女の言動や行動にはどうにも気を抜けさせられる。

「ひゃぁっ、ごめんなさいっ、私ったら・・・。」未だに真っ赤な顔で謝罪する。

「えぇと、僕は連太郎。・・・レン、て言うんだ。」言ってから気づく。僕の名前は・・・そう、やはり連太郎だ。今更なのでレンと呼んでもらうことにするが、先ほどの少女のことが気にかかる。

「レン、ね。知ってるわ。ロスアレス様から聞いていたもの。」

ロスアレスさんか・・・。思うところが無いわけではない。だが、彼は強いのだ。僕に彼を糾弾する資格が、果たしてあるのだろうか・・・。


「レン?レーンー?」また思考の泥沼にはまりかけていた時、ソフィアさんが僕を呼ぶ。

「あぁ、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてました。」

「大丈夫?もうちょっと寝ておく?」心配そうな顔で僕を覗き込む。改めて彼女を見ると、その美人さ・可愛らしさに魅せられてしまう。燃える赤髪は情熱を宿したようで、ぱっちりとした力強く大きな瞳にふにゃと閉じられる唇、その間を繋ぐほっそりとした鼻梁のバランスはまるで絵画のようだ。思わず赤くなってしまうが、慌てて声を返す。

「だっ、大丈夫です。ソフィアさん。」

「ならよかったわ。あと、さん付けはいらないし敬語じゃなくてもいいわよ。私もあなたのことレンって呼んでるし。」


「じゃあ・・・ソフィア、ありがとう。大丈夫。」

「そ。無理はしないでね、あなた、酷い状態だったんだから。」処刑時のことだろう。思い出すのは怖いが、今はソフィアが側にいてくれるので幾分冷静に思い返すことが出来る。

「あの時・・・俺は・・・」

「すごかったわよ?そこら中の魔力をかき集めて、ワーってあなたの体に集まったの。キレイだなーって思ったわ。」死にかけた本人を前にそれを言う彼女は、やはり少し抜けている。


と、そこで再び扉の外に人がきて、ノックが2回響く。


「あ、来たみたいね。はーい、どうぞー。」


入ってきたのはロスアレスさん。その後ろには地面に着きそうなほどの長さの髪を結い上げている、高貴さを感じさせる金髪の女の子。


「起きたか。レン。・・・良かったよ、本当に・・・。」申し訳なさそうに言うロスアレスさんを押しのけて女の子が言う。

「初めまして、私はミルザ。この国の王女よ。」金髪の女の子はミルザというらしい。いつかその名を聞いたことがある。


「初めまして、レンです。」無難に挨拶を返すが、ロスアレスさんの顔をみると眉が寄ってしまった。気づいたロスアレスさんが僕に向かって言う。


「本当に、すまなかった。こんなつもりでは無かったんだ。」わかっている。他人をだまして傷つけるような人じゃないのは、なんとなくだが短い付き合いから感じられていた。


「一応説明しておくわ。」ミルザ様が話し出す。「まず、クロエを追ってペールの街に入ったロスアレスはあなたにたどり着いた。あなたはクロエとは別人で、判断に困るからと連れて帰ってきた。途中でクロエの襲撃もあって、別人であることに、疑いはない。」私はね、と強調する彼女は顔をしかめて続ける。

「問題は、あなたをダシにして宰相が私の失墜を図ったことにあったわ。彼は自分が後見する王子を次の王様にしたがっているからよ。」ここまで聞いて自分がどうしてあのような仕打ちを受けたかを悟る。

「つまり、あなたは私のせいで、殺されそうに、ううん、死んでいても不思議はないことをされる羽目になったのよ。」


本当に、ごめんなさい。と彼女は言う。

「元はと言えば、私が君をここに連れてくる判断をした私のせいだ。」ロスアレスさんは僕に近づき、目を見ていった。「罵ってもいい、殴ってくれてもいい。すまなかった。」


二人の美男美女に頭を下げられ、恐縮してしまう。

「いえっ、お二人が悪いわけではありません。悪いのはその宰相と、あとはクロエに似ている俺ですっ」慌てて言う。「・・・俺が、悪いんです。・・・僕が、弱い、から・・・。」

「レン・・・お前は・・・優しいな・・・。」顔を上げるロスアレスさんは僕を優しいと言う。「優しさも強さだ・・・。お前は弱くなんてない。」

「けれど・・・力が無ければ、そんなの、意味がないじゃ、ないですか・・・。」彼はそんな僕の言葉を聞いて、痛ましい顔をして反論する。

「それは違う。力は後でつければいい。優しさは後から得られない。だから、私は姫様に従う。姫様が私の良心だからだ。」優しさは強さだ、と再び彼は言った。


「レン。なら今一度言おう。軍に入れ。そこで力をつけるんだ。その優しさを発揮するのに、力は必要だ。それは間違いない。だから。軍に入れ。私の下で力を学べ。」言い含めるように繰り返す。

「そうね。あなたは私が後見することになってるの。あなたが悪いことしたら私のせいだし、これはもう変えられないわ。なら、それもいいんじゃないの?」ミルザ様がロスアレスさんに続いて僕を促す。

「私もそれがいいと思います。力はあるに越したことはない。力があれば何でもできるからなっ」「ソフィア・・・、あなたはもっと頭を鍛えなさい。」姫様の言葉にソフィアは「酷いっ」と嘆いていた。


それを見てつい笑ってしまう。ロスアレスさんも笑い。姫様はほっと息をつく。ソフィアは笑う僕の顔を、ぽーっと赤い顔で見ていた。


「わかりました。お言葉に甘えさせて頂きます。よろしくお願いします。」

「決まりね。ソフィア、あなたがレンに色々教えてあげなさい。」「私がですかっ?でも・・・・」「何?嫌なの?」「嫌というわけでは・・・」「あなた顔赤くない?」「そんなことはっ・・・!」「いいわね?」「はい・・・」



そうして、僕は軍に入ることになった。正式には、親衛隊見習いという位置でソフィアと同じだ。


僕は力を「学ぶ」ことにする。それが必要だと、知ったから。













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