彼の憂鬱
グラスヒルは、北方のほぼ中央に位置する街である。
交通の要衝となりうる街であるが、その地位は東隣りの街インターポーターのものとなっていた。グラスヒル経由の道は、近道になりはするが危険な道であったからだ。リストファを含めた三人は王都を守る軍人であり、武にも自信があった。それゆえ、わざわざ安全な道を選んで遠回りする必要もなかろうと考えていた。
だが、リストファはグラスヒルに立ち寄ったことを後悔していた。
到着して早々に、彼らは警邏本部に呼ばれた。用件を聞くと、グラスヒルで起きている事件の捜査に、手を貸してくれとのことだった。警邏隊の話によれば、確かに異常な事件が連続して起きている。隊員を総動員しなければならない非常事態だと理解できるが、いかんせん、彼らは任務中であった。
赤の純色を持った子どもを、無事に王都まで送り届けなければならないのだ。純色、特に『赤の純色』は特別な意味を持つ。
『聖勇者ディナイゼル』。彼の名を知らぬものは、このリキーシュトア大陸にはいない。彼の功績は列挙しきれないほどあるが、何より彼が尊ばれるのは聖ベネディオ教の開祖であるからだ。
敬虔なる信徒であれば、混じりけのない赤を前にしては、畏怖と尊敬の念を抑えることなどできはすまい。歴史上に確認されている純色は、聖勇者ディナイゼルと、魔道士イクシオンのみ。そして現代に誕生した三人目、それがあのリューマ・イレイディターだ。
リストファも、メイニーもクルトワも、今回の任務の重要性を痛感している。触れることさえ恐れ多い、純色の御子。
捜査協力など、彼の傍を離れる理由にはなりえない。そう思っていた。
しかし、捜査を主導している班長のクルーガは、想像を絶する情報を彼らに与えた。
「クロイツド・キルヒェの残党が絡んでいるらしい」
リストファは眉をひそめて、口を開いた。
「あのクロイツド・キルヒェ……?」
「ああそうだ。極めて確度が高い情報だと思ってくれ。連続殺人の最初の二件、その犯人として拘束されているガンオス・ルバルは無罪を主張している。そいつには真犯人の心当たりがあるらしくてな、……セミュール・インショルノの名前を出してきやがった」
「セミュール……確か、四十八年前に逃がした研究者の一人でしたね。こんな所に潜伏していたんですか?」
「隠れてるだけなら、殺しをする必要はねえよ。広域指名手配されている訳でもなし、顔見られたからって一般人には判らねえさ。そいつが、なんでこんな事やらかしたかってえとな、続けてたんだと。研究を」
「何ッ! あの、忌まわしき研究をか!」
リストファは、思わず机を殴りつけて立ち上がった。メイニーとクルトワも、叫び声こそ挙げていないものの、口元を手で覆っている。彼らにとって、いや、クライルヴィア王国にとって、クロイツド・キルヒェの研究は神を冒涜する忌まわしい研究であった。
彼らが神の使徒として崇める聖勇者を、純色を人の手で創り出そうという研究だ。リストファにしてみれば、狂気の沙汰としか思えなかった。
「……殺しの最初の二件は、口封じだったようだ。ルバルが言うには、セミュールにパトロンが付いてからは、裏切りや密偵のたぐいには厳しくなったらしい。事件を表沙汰にしたくねえ奴が、口封じに殺して適当に犯人を見繕ったってことだ」
「なんだそれは。自分たちの無能をさらしているのか?」
「俺たちだってな、まっとうに捜査はしてたさ。だがな、物証が盗まれたり、捜査情報が攪乱されたりしてよ。どうにも身内に敵のスパイがいるってことになった訳だ」
「はん。結局身内の恥であることには変わりないではないか。だが……」
「私たちに協力を求める理由がわかりました」
グラスヒルに縁のない、外部のリストファたちなら、敵に取り込まれる心配もない。クルーガはそう考えて彼らに協力を要請した。敵方にはおそらく、腕利きの暗殺者もいるだろうことを踏まえてもいた。
クルトワは長いため息を吐いた。リューマの髪を拝借して、常に行動を把握すべく探知機を作動させている。魔力計は安定していて、リューマに異常がないことを示していた。彼女はリストファにアイコンタクトを送った。
軽く頷いて見せたリストファは、クルーガに向き合って言い放った。
「こちらも大事な御方に関わる事件だと聞いて、協力しない訳にはいかない。だが、五日だ。その間にすべてを終わらせる!」
後ろに控えていたメイニーが、ぱんっと手を叩いた。可愛らしい容貌とは裏腹に、彼女の目は鋭く光っていた。
「じゃあ、初めにルバルさんに話を聞きに行きましょうか!」
彼らは立ち上がり、ガンオス・ルバルが収監されている部屋へと急いだ。
警邏本部地下の構造は複雑だ。同じような造りの部屋がずらりと並んでいて、上に登る階段も一つしかない。勾留中の被疑者を逃がさないためだが、小窓一つしかない部屋が数十も並んでいると圧迫感があった。
その一室の前で彼らは足を止めた。鍵を開けて二人は中に入る。すると、中にもう一つ大きな窓が付いた扉があって、その奥にルバルがいた。尋問の得意なメイニーが、窓を通してルバルに呼びかけた。
「ガンオス・ルバルさんですね? 私、王都守備隊に所属しているゼフライと申します」
「王都? 王都の軍人さんがなぜこんな所に?」
「おかしいですか? 『オブリス計画』は王都の管轄で取り締まりましたのに」
ルバルはゴクリとつばを飲み込んだ。メイニーの一言で、彼女たちの目的を察したらしい。少し逡巡するように視線を迷わせた後、ルバルはしっかりと彼女らに向き合った。
「私は一時の気の迷いとは言え、あの計画に手を貸してしまいました。罪は償います。私が知りうることはお話します」
「ええ、協力ありがとうございます。まず一つ目、セミュールがグラスヒルで研究を再開したのはいつのことですか?」
「十年ほど前にこの街に来たと聞きました。当時は細々と研究をしていたらしいですが、後ろ盾を得てからは人体実験をするようになりました」
「後ろ盾とは?」
「私は知りません。セミュールだけが連絡を取っていまして、他の仲間は正体を知らされていませんでした」
「では、人体実験に利用したのは誘拐された子どもたちですか?」
「ええ。以前は、大人も子供もかまわず浮浪者を使っていたようですが、子どもの方が順応性が高いと、孤児を使うようになりました。最近は身寄りのない子どもも少なくなりまして、誘拐という手段に……」
ルバルは急に押し黙った。罪悪感に押しつぶされ、言葉が出てこない。メイニーは彼の様子を見て、話題を変えることを選んだ。
「次は殺人事件についてお聞きします。あなたには一件目クラリット・ニノー、および二件目ノーリス・アルスラの殺人容疑がかかっていますね。あなたの犯行ですか?」
「いいえ! いいえ! 確かに彼らと面識はありますが、殺したのは私ではありません!」
「二人とは面識があった?」
「はい。以前、研究所に出入りしていたことがあります。ニノーさんからは魔族の魔法子核を買っていましたし、アルスラさんには器具や呪具などを仕入れていました」
リストファは魔法子核《エーテル。コア》という言葉に反応して、あごに手を当てて何かを思い出そうとしていた。士官学校に在学していた時に読んだ、クロイツド・キルヒェの資料に魔法子核の記載があった気がした。思い出せそうで思い出せない、のどに物が引っ掛かっているような不快感だ。
「三件目のアレンドゥラ・リスリス、四件目のカレルノ・イルミストについては何か知っていますか?」
「……ええ。彼らは私と同じように、あの研究から足を洗おうとしていました。セミュールが研究への執着心を増大させるにつれ、皆ついて行けなくなっていたのです。しかし……」
「殺されてしまった、と。見せしめですか?」
「おそらく」
「五件目の身元不明、首なし死体についてはどうです? 身元不明ということは、孤児だったということ。もしや、実験体だったのではないですか?」
ルバルは力なく項垂れた。メイニーからの質問にしっかりと端的に答えていた様子とは打って変わって、口ごもり、言葉が出ないようだった。メイニーは尋問官の勘で、この五件目の殺人こそが事件のカギを握っている。そう確信していた。
根気強くルバルが口を開くのを待つ。ここで急かしても、かえって口を閉ざしてしまうかもしれない。メイニーはただ、ルバルの目を鋭く射抜いた。
「……その子は、一番の成功例でした。でも、セミュールは満足しなかったのです」
「成功例がいたのですか?」
「はい。彼は『ディアボロス個体』と呼ばれ、全属性の魔術を行使できたのです。ただし、せいぜい中級まで。属性によっては初級魔術がかろうじて発動するだけでした。……彼と三人の子どもを、私は研究所から連れ出しました」
「なぜ、四人だけを?」
「……そ、それは、彼らしか、生き残っていなかったからです」
「他の三人の行方は、わかりますか?」
「私は、この通り捕まってしまいまして、あの子たちが何処にいるのかは……」
ルバルはそれきり口をつぐんでしまった。
これ以上話を聞くのは無理だと判断したメイニーは、後ろに振り向いて首を振る。リストファたちは静かに部屋を出ることにした。
「お話してくれて、ありがとうございます。重要な証言を得られました」
「はあ、お役にたてれば幸いです」
メイニーはルバルに一礼して部屋の扉を閉めた。最後に見えた彼の瞳は、死を覚悟した人のそれだった。やるせない気持ちが行き場を失っていた。
心から悔いている彼には、やり直す機会は与えられないのだ。彼女はそれが少しだけ残念でならなかった。
「次は?」
「五件目の犯人、クルアニ・コレイに会いに行くぞ」
◆
警邏本部の地下は勾留所になっている。だが、実はさらに下の階が存在した。凶悪犯、知能犯、魔術師や戦士の犯罪者といった、危険度の高い者を拘束しておくための部屋だ。
明かりは心もとなく、足元からは冷気が射し込むようだった。上の勾留所同様、部屋がいくつも並んでいるが、違うのは扉に窓がない点だ。完全に外界から遮断された、暗闇の世界に彼はいた。
「ここだ」
さすがに地下二階ともなると、部外者たるリストファ達だけで行かせるわけにはいかない。クルーガが先導して、とある扉の前で立ち止まった。
「元警邏のやつでね。上じゃあかっても知ってるから、逃げられちまう。暗いが我慢してくれ」
「問題ない」
クルーガは「そうかい」と言って、扉の鍵を開けた。リストファとメイニーは中に入り、部屋の構造を把握した。基本はルバルがいた所と同じつくりだが、素材がまったく違うことに気が付く。リストファはわずかに眉間のしわを深くした。
「コレイさん。聞こえますか?」
明かりひとつない室内で、中の様子をうかがい知ることはできない。返答がないので、メイニーは手に持っていた携帯魔灯で中を照らした。
「あ!」
メイニーが思わず声をあげた直後、二人の後ろの扉が閉じられた。鍵のかかる音に、リストファは半ば予想が当たったことに舌打ちした。この分だと、地下二階を完全に封鎖するつもりなのだろう。班長までが敵に寝返ったとすると、相当根が深そうだ。
「やられたな。可能性は五分五分だと思っていたんだが」
「これは大掃除が必要そうですねえ。ビーンゲイルさん、ぶち抜けます?」
「誰にモノを言っている。確認するが、中は空っぽなんだな?」
「そうです。知られたくない情報握ってる人なのか、はたまたそんな人実在しないのか。どっちでしょうね」
「ふん。探してみればわかるさ。……下がっていろ」
部屋の壁も扉も、魔力抵抗力の高いバルカ素材でできている。抵抗力が高いということは、魔術や気が通りにくいことを意味していた。効果がないわけではないが、かなりの出力がないと扉を破るのは不可能だ。
だが、リストファの表情からは余裕がうかがえる。彼はこの程度の状況は、閉じ込められたと認識していなかった。
懐から出した特性のグローブを両手に装着した。息を深く吸い込み、体内の気を最大活性させる。身体全体を弓のようにしならせ、腕を引く。穿えられた弓のように、彼の右腕はピンと張りつめていた。
身体のばねを使い、鋭く、ただ一点に集中して。放つ。
「せああああ! ――――鋼迅拳!!」
銃弾のごとく扉に突き刺さった拳は、見事に鍵を破壊し扉をぶち抜いていた。
軍人三人は、実はこんな人だったんですよ。口数も結構多いんですよ。でも、主人公の前じゃまだデレてくれません。好感度はMaxだが、親密度が足りない!




