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推して参る!!  作者: 小池
旅程編
31/37

九仞の功を一簣に欠く

 『クロイツド・キルヒェ』はかつて、この地上を席巻していた宗教団体だ。それが現在では弱小のマイナーな宗派でしかない。なぜここまで衰退したのかは諸説あるが、ひとつ確定的なのは、魔道士クライゼル・イクシオンの死が絡んでいるということだ。

 魔道士イクシオンは龍殺しであるとともに、当時のクロイツド・キルヒェの法王でもあったという。彼がトップに立っていた時代は最盛期で、大陸の王は皆、彼に頭を垂れた。つまり、伝承に記されている龍の呪いを受けた者たちは、クロイツド・キルヒェの信者であった可能性が高い。

 このあたりに衰退の理由を見る向きが多く、魔道士イクシオンはクロイツド・キルヒェにとって栄華の象徴である一方、凋落の原因でもあった。

 いくら落ちぶれたとはいえ、かつては大陸を支配していた宗教だ。しぶとく生き残りはいて、彼らは一様に過去の栄光を取り戻すことに執心した。

 そのための手段が、『純色』を得ることである。

 ラピアは自分の体を抱きしめて、震える声で言った。


「純色は数百年に一人しか生まれない。だから、純色に匹敵する人間を創り出そうとした。後天的に適性を上げようとしたの」


「そんなこと、可能なのか?」


「ムリだった。クロイツド・キルヒェは、たくさんの人を犠牲にして、実験をくり返した。でも、失敗した」


 正確には失敗ではなかったのかもしれない。ある程度適性を高めることはできたらしいが、彼らが望むほどの上昇はなかった。そして、彼らの計画は国家の知るところになり、人体実験を繰り返していた組織は潰された。


「でも、データを持ち逃げした人がいた。それが、セミョール・インショルノ。……あいつはまだ、『オブリス計画』を成功させるつもりでいる」


「それじゃ、クロニーノ伯は……」


「あいつの計画を知って、援助してるんだ」


「ラピアは、その計画の被検体にされていたのか」


「うん。ルバルさんが逃がしてくれた。……私の他にも、四人、逃げた子がいる」


「他の子たちは……?」


 俺はとある予想が脳裏をよぎっていた。最悪で、最低な予測が、頭から離れない。

 倒れていた少女の姿。流れ出た血と、肉片。


「連絡取ってない。みんな逃げてるうちに、バラバラになった。トルハと、スニーと、ラース。今どこにいるか、わからない」


「もしかして、君くらいの歳の、栗色の髪の女の子もいた?」


「え、リューマ、知ってるの? トルハ、どこにいる?」


 トルハ、それがあの子の名前だろうか。俺は、その可能性をラピアに伝えるのを躊躇った。俺の予想通りなのか、はっきりと解かった訳じゃないし。

 しかし、口ごもっている俺に掴みかかって、ラピアは答えを催促する。悲壮感に溢れた表情に、俺は察してしまった。彼女は薄々感づいている。


「ラピア……その、俺が見た女の子は……死んでたんだ」


「うそ! トルハじゃない! その子はちがう!」


「あの子がラピアの知ってるトルハって子じゃない、その可能性はあるよ。

でも、トルハかもしれない(・・・・・・)


「何で、何で……トルハは、一番しっかりしてた。隠れるの、うまかった」


 ラピアはぽろぽろと涙を流す。俺の予想が外れていて欲しいけど、現状、あの倒れていた女の子はトルハという少女である可能性が高い。

 街で聞いた誘拐事件、これは彼女の言う『オブリス計画』の実験体として攫われたと考えても間違いないだろう。時間が無くなったのか、浮浪児を誘拐できなくなったのか、どちらにせよ、犯人は焦っているな。

 ここに来てぼろを出し始めて、計画を隠ぺいしきれなくなっているようだ。


「ラピア。君はこの宿から出ちゃだめだ。この部屋は俺が結界を張っているから、そうそう手出しはできない。それで、この街を脱出する方法を探そう」


「……街から、出るのムリ。門が閉じられてる」


「だから何か方法を考えるんだよ。きっと抜け穴はあるさ」


 もしいい方法が見つからなければ、俺が担いで門を飛び越そうと思っていた。外で彼女と合流すればいい。最悪、あの三人と別行動になるが移動手段はあるし。

 俺は首にぶら下げている笛をぎゅっと握った。


「話を整理しようか。……街の人に聞いたんだけど、ここ半年、誘拐事件が多発してるらしいな。これはさっき言ってたセミョールの仕業か?」


「間違いない。セミョールは、『あと一歩』って言ってた。たくさん、子ども連れてこられてた。」


「そうか。じゃあ、殺人事件の方は?」


「……関係ないと思う。知らない」


「ううん、警邏本部と統括府支部の爆破事件はどうだろう? 関係ないというには、ちょっとおかしいんだ」


「私にはわからない、けど、情報が欲しかったのかも。……最近、計画がバレそうになったって、ラースが言ってた」


「捜査情報を持ち出したってことか?」


 わかるようでわからない、というのが俺の感想だ。全体像はつかめているんだけど、何かを見落としているような気がする。

 半年前から始まった、いや、半年前から動き出した……か?


「なあ、セミョールが『オブリス計画』のデータを持ち出したのが、五十年前だよな?」


「正確には、四十八年前。それがどうかした?」


「じゃあさ、セミョールが前の計画を引き継いで、独自に動き出したのは何年前の話だ?」


「一番長く研究所にいたの子は、三年前に連れてこられたって、言ってた。でも、もっと前から研究所はあった、みたい」


 何だろう、この違和感は。

 セミョールとかいうイカれた野郎は、少なくとも三年以上前から計画を進めてたわけだ。その頃はバレないように、うまく隠れてたわけで。そう考えると、この半年のやつらの杜撰さはおかしい気がする。発覚しないように細心の注意を払ってきたのに、まるでバレてもいいと思ってるみたいだ。魔術がある世界だ。誘拐だって、隠そうと思えば隠せたはず。

 ラピアの青みがかった灰色の髪を撫ぜる。指通りの良い髪は、ひんやりとして気持ち良かった。


「ラピアは、魔術が使えるのか?」


 魔術師の敵背があることを示す、髪に混じった青色。俺はふと疑問を抱いた。ある程度計画が進んでいたなら、ラピアはかなり魔術を使えるのかもしれない。


「私? 使えるけど、治癒魔術だけ」


「一緒に逃げ出した三人は、魔術は使えた?」


「トルハは使えなかった。トニーは、火の魔術。ラースは全部得意」


 俺は、ラピアを撫でる手を止めた。今、とても重大な情報を聞いた気がしたのだ。


「その、ラースって子は、全属性の魔術を使えたのか?」


「そう言ってた。威力はまだまだ、要練習って、笑ってた」


 全属性、それは特別な意味を持つ。彼女は知らないらしいが、青の純色である魔道士イクシオンは、全属性を操った唯一の魔術師であった。

 通常、どれほど魔術師の適性が高くても、使える属性は限られてくる。火土水風氷雷光闇そして活、これに今は失われている時空・幻惑・絶無。十二の属性はそれぞれ相性が良かったり悪かったりするし、互いを打ち消し合う属性もある。イオニスだって相当適性高いが、使えるのはせいぜい四つまでだと言っていた。

 その全属性を使えていたなら、それは『純色』の証である。


「もしかして、計画は、成功していた……?」


 記憶の隅にかすめている、あの会話。


『それがな、身元がさっぱり分かんねえんだと。お蔵入り寸前らしい』


 服屋の店主が話してくれた、五件目の殺人事件。戸籍もあるこの世界では、生まれた子どもは皆、魔紋を登録する義務がある。それが身分証明にもなるし、犯罪に対する抑止力にもなるからだ。俺も街に入るときに魔紋を登録させられたしな。

 身元がわからないということは、魔紋を登録していないということ。

 俺は不思議をそうに見つめるラピアをよそに、再生機プレイヤーを起動させた。半年間で起きた事件の記事を読んでいく。五件目の殺人は五月十五日で、三か月前だ。グラスヒル郊外の空き地で、首を切断された状態で発見された。そして爆破事件はこの五日後。

 表沙汰になった誘拐事件と、危険を冒してまで手に入れたかった捜査情報。そして、身元不明の首なし死体。これの示唆するところは?


「やっぱり、ラースは成功例だった……」


 元孤児だったから身元がわからなくて、貴重な成功例だったから全力で捜索された? 首を持ち去ったのは、髪を人に見られないようにするため?

 いや待て。早合点するな俺! 事件が起こったのは三か月前だ。ラピアたちが脱走したのがいつか、まずそれを確かめなくてはなるまい。


「ラピアたちが逃げ出したのって、いつのこと?」


「逃げたのは、えっと、……ブルエの月だった」


「ブルエ、三か月も前か。良く見つからなかったな」


「最初の頃は追手がいなかった。でも、一月前くらいから、あいつの手下が街にいっぱいいた」


 事件は繋がっている(・・・・・・)。そして確信したのは、セミュールは計画を完遂させたこと。

 俺は腕を組んで考え込んでいた。やつらの目的とか、どうやってラピアを逃がすかとか、いろんな事をいっぺんに考えていたら、頭の中がごちゃごちゃしてきた。

 ここはひとつ、あの三人に協力を仰いだ方がいいかもしれない。クロイツド・キルヒェが一度国に壊滅させられたというなら、残党であるセミョールを調査してくれるかもしれないし。

 ふと外を見ると、日も傾いてきたようだ。寝る前に結界を張り直さなければならない。動き出すのは明日にして、今日の所は休もうか。


「なあ、ラピア――――」


 俺がラピアに向き直った、その時、爆音が鼓膜を貫いた。


「何が!」


 続いて俺たちを襲ったのは、揺れ。地震のごとく揺れた宿に、俺たちはバランスを崩して膝を着いた。

 第二波、第三波と轟音と震動が続く。立っていることもできずに、ラピアと俺を囲むように即席の結界を張る。落下物くらいなら、これでも防ぎきれる自信はあった。


「大丈夫か? ラピア」


 ラピアは俺の腕にしがみついて揺れに耐えていた。強烈な横揺れに、俺はこの部屋が攻撃されていると気付いた。

 爆音と揺れの正体は、魔術攻撃だ。

 俺は勁術の三・とうで魔力の動きを観る。物体を透過し、今の俺の世界は魔力のみで形成されていた。大きな魔力のかたまりが四つ、そこそこの大きさのが五つだ。俺が張った結界が歪んでいるのも見えた。


「ラピア、逃げるぞ」


「リューマ?」


「たぶん、セミュールの仲間だ。俺がラピアを運び込むところを見られたのかも」


 この際、結界を守りきるのは諦めて、脱出に専念するべきだ。俺はリュックを漁って必要なものを服に仕込んでいく。

 単なる気の放出、それだけで宿の窓は割れてくれた。ごめん女将さん、後でちゃんと弁償するから許して! 部屋の前で待ち受けているやつらに、結界を壊されるのは時間の問題だろう。


「ラピア! 舌噛むなよ!」


 ラピアを抱えて飛び降りた。三回程度の高さなど、俺にとっては大したことはない。着地は屈伸運動で衝撃を緩和する。

 勁術の三・とうを継続して発動させ、追手の動きを把握した。宿を襲撃したやつらは、俺たちが脱出したのに気付いて後を追ってくる。日が落ちかけている今は、闇に紛れて逃げるのにちょうどいい。俺は複雑に入り組んだ路地を走った。

 二人、どうしても振り切れないやつらがいた。俺一人なら撒けるけど、ラピアを背負ったまま全速力は出せない。


「リューマ! 後ろ!」


 ラピアが危機を知らせる声を発した。俺は即座に右へと体を反らす。

風の刃が体を掠め、俺は右の道を選択した。


「――しまった!」


 右に曲がってすぐ、俺は自分の失敗を悟った。目の前に道はなかった。


「クソが! 誘導されていたか」


 ラピアを下ろして後ろを振り返る。そこには正気を失った目をした男が二人。そのうちの一人がゆっくりと近づいてきて、身構える俺たちに向かって男は跪く。意味が分からない男の行動に俺が困惑していると、男は口を開いた。


「お迎えに上がりました。『赤の君』――――」


主人公ピンチ……ですかね? 割と平気そうです。

次回からは別行動していた三人に視点が移ります。少しの間、主人公はお休み。展開がミステリーっぽいかな。でも、バトル中心で進むことには変わりません。

ぜひ、続きも読んでください。では。

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