彼女の奮闘
クルトワ・グレイングは溜息をついた。
彼女はリストファ達と別れ、リューマのもとに向かっていた。だが、あからさまに彼女の後をつける影が五つ。
「私たちが邪魔なのかしらね?」
警邏本部からずっと尾行され続けているクルトワは、彼らをリューマのもとに案内してはならないと、反対方向を目指していた。彼らはおそらく警邏隊の人間だ。そうでなくとも、隊内の協力者から情報を得ているのは間違いない。となれば、クルーガの情報もどこまでが事実なのか、疑わしいものだ。
だが、クロイツド・キルヒェの『オブリス計画』が絡んでいるのは本当のようだ。でなければ、放っておけば勝手に出ていく中央の軍人を、わざわざ呼び寄せる意味がない。後ろ黒いことがあるなら、中央の人間など、表面だけでも取り繕ってさっさと引き取り願いたいだろう。
「目的は、リューマ殿か。……復活のための神輿にするつもり?」
計画が上手くいっていなかった時に、純色が生まれたという情報を聞けばどうだろうか。人の手で創り出せずとも、本物の純色がいるとわかったなら。
「飛びつくでしょうねえ」
彼女はクライルヴィア王国軍に正式採用されている、エフラント式格闘術の基本、流閃闘気を発動させた。彼女の五感と身体能力が強化され、身体にみなぎるエネルギーに、彼女は万能感に支配される。 エフラント式格闘術は、汎用性が高いのが長所であるが、この感覚に慣れないうちは自分の限界を計れない者も多い。
クルトワは備考に気づいたことを気取られぬよう歩きながら、街並みを観察していた。戦闘があっても被害の少ない場所を探し、古い建物が立ち並ぶ裏路地に入った。きちんと計算された表通りとは異なり、裏路地は構造が複雑だ。
彼女は道を曲がった瞬間、一気に加速した。慌てた様子の追跡者の声が、彼女の耳には届いていた。早々に一人が脱落し、二人目も彼女に追い付けなくなったようだ。クルトワは追跡者を捕らえ、尋問することを選択した。
ギリギリで追い付けるスピードを維持しながら、彼女は路地の奥へと彼らを誘い込んだ。
「待て!」
クルトワが曲がった道に駆け込んだ追跡者は、一瞬、その動きを止めた。追うべき対象の姿が消えていたからだ。すぐ前にそびえる壁、行き止まりである道に入ったのは確かなのに、影も形も見当たらない。
「ジェス、上だ!」
後ろの仲間からの警告に、彼ははっと上を見上げた。彼の眼に入ったのは、彼らが追っていた女の姿と、彼を狙う銃口だった。
――パアアァン。――パアアィン。
二発の銃声が人気のない路地に響いた。
銃弾は追跡者たちの足に直撃し、彼らの機動力を奪った。戦士や魔術師にはまるで効かない銃であるが、素人を狙うにはうってつけの武器だ。彼女の実力なら、急所を外して行動不能にすることなど容易い。
地面に着地したクルトワは、うずくまり痛みに悶絶している追跡者たちを見下ろした。携帯していた捕縛用のロープで、彼らを素早く縛り上げた。
二人を並べて座らせ、彼らの目の前で銃に弾を入れ直した。カチッと銃倉が装填される音に、足を射抜かれた二人はびくりと肩をはね上げた。
「さて、貴方達には聞きたいことがたくさんあるの。素直に答えてくれたら、痛い思いをしなくても済むんだけど……」
ぐりっと銃口を追跡者の頭に押し付ける。彼らの喉奥から「ひいいい!」と悲鳴が漏れた。押し付けられた銃口は、まだ熱をもっていて、彼の脳裏には頭を撃ち抜かれるイメージが鮮明に浮かんでいた。
「ま、まままってくれ! 話すよ。知ってることは話すから!」
眼尻に涙を溜めて懇願する男に、彼女はにっこりと笑いかけた。
「そう。いい子ね。でも、嘘は言わない方が貴方のためよ。だって、……隣にはもう一人お話を聞けるオトモダチがいるもの」
暗に一人は殺しても尋問できると示した彼女に、男は首ふり人形のように何度も何度も頷いた。クルトワの方はと言えば、やはりこいつらは素人だと冷静に分析していた。
彼女は囁くように、蠱惑的な声で男に尋ねる。
「ねえ、なんで私の後をつけていたのかしら? 私を殺すため?」
「そんな! こ、殺すだなんで考えちゃいねえよ! ただ、後をつけて行先を報告しろって言われただけで!」
「ふうん。誰に命令されたの?」
「ミッシェルだ! ここら一体の裏を取り仕切ってるボスの、お抱えの掃除屋だよ!」
「何でその人は、私の居場所を知りたがったのかしら?」
「……なんでも、お得意さんに頼まれたらしい。街にやって来た軍人の寝床を探してほしいと」
「本当かしら?」
額に当てられた銃口を更にぐぐっと押し付けた。男はぶるぶると震えるばかりで、その眼は怯えと恐怖に染まっている。
「腑に落ちないのよねえ。だって、仮にも裏の社会を取り仕切っている人なんでしょう? 貴方達みたいな素人さんを、軍人の尾行に使おうとするかしら?」
「どうしても人手が足りなかったんだよ! ガキ四人とオッサン一人を大至急探し出せって、そういう依頼があったんだ。腕のいいやつらはそっちに付きっきりになっちまってる!」
「子どもが四人と、おじさんが一人?」
「ああ。お得意さんの所から逃げ出したらしくて、そいつらは結構ヤバい情報を握ってたみたいなんだ。だから、ミッシェルや直属の部下は、皆そいつらを探して回ってる」
クルトワは懐から無線式の通信機を取り出した。仲間のリーダーであるリストファの番号にかけるが、繋がる様子はなかった。
魔力が通りにくい地下にいるのか、通信を受けられる状況ではないか。そのどちらかだろう。彼女は通信機を操作し、彼らから情報が送られていないか確かめた。思った通り、一件のメッセージを受信していた。
彼女は愁眉を開いて、メッセージを読み進めていく。何が何だかわからない男たちは、恐々と震えているしかなかった。
「なるほど……」
殺人事件の被疑者として拘束されているルバル、彼が逃がしたという四人の子ども。男たちが言っていたのは、ルバルたちのことで間違いなかろう。 そうすると、男が言った「お得意様」とは、セミュール・インショルノだろうか。
「ねえ。貴方の言うお得意さまって、セミュールというの?」
「はあ?」
男は呆けた顔をして、首を傾げた。セミュールではなかったらしい。
「セミュールじゃないの?」
「いや、得意先の正体知ってるのはボスとミッシェルだけだ。だから、名前を言われても分かんねえよ」
「はあ……。貴方からは、これ以上お話を聞けないと思った方がいいのかしら?」
期待外れな解答に、彼女は銃の引き金に掛けている指に力を入れた。
「うう、う、撃たないで! お得意さんの正体は知らねえけど、二十年以上付き合いがあるって話なんだ! しかも、金払いが良い! この話は参考になるだろ? な? だから撃たないでくれ!」
「その話、本当なの?」
「ああそうだ! ボスも結構信用してたよ。そいつからの仕事は、皆腕のいいやつが担当してた! あの誘拐だって……」
クルトワは聞き捨てならない言葉に、眉をはね上げた。セミュールに実験体を提供していたのは、彼らだったのか。確かに、セミュールだけでは研究を続けることも、実験体を確保することも難しいだろう。警邏隊に協力者がいたと聞いてはいたが、まさか裏の者たちとも懇意にしていたとは、どれだけ根が深いのか。
「誘拐事件って、いつから?」
「それは……五・六年前だったと思う。最初はそこらの浮浪者で良いって話だったが、だんだん注文が付くようになった」
ルバルが言っていたセミュールの後ろ盾、そして男が言う得意先。同一人物と考えてまず間違いない。ただ、腑に落ちないのはその対応だ。
いくら協力者がいるとは言え、さっさと始末すればいいものを、ルバルを警邏本部に拘束している意味が分からない。殺人事件にしても、裏社会と繋がっているなら、事件が発覚しないように死体を処分することは可能だったはず。最悪、魔術師を使ってもいい。誘拐事件にしても、明るみに出るほど派手に行動しては、研究も続けられなくなるだろうに。
「お願いがあるんだけど、私を貴方達のボスの所まで案内にしてくれない?」
「はああ!? それだけは勘弁してくれ! 軍人に居場所ばらしたなんて、そんなこと知られたら俺、消されちまうよ!」
「大丈夫よ。離れた所からちょっと指差してくれるだけでいいの。今はボスも忙しいんでしょ? それに……」
「それに?」
「私が一緒にいて、守ってあ・げ・る」
クルトワは男の耳に囁きかけ、ふうと息を吹きかけた。彼女の妖艶な笑みに、男は思わず首を縦に振ってしまう。
屋根の上に上り、男は一つの建物を指差した。旧市街地だと思われる、廃れた街並みの一角。打ち捨てられた、とある洋館であった。
追跡者の二人を空き家に押し込め、クルトワは彼らの拠点だという洋館へ向かった。
ボスを仕留めるか、あるいは取引によって、セミュールの手足を奪おうと考えていた。彼女の目的はあくまでもリューマを守ること。セミュールが彼を狙う可能性が高いならば、手足をもいで手出しできなくさせるまでだ。
「あそこね」
洋館から十メートルほど離れた家の屋根で、彼女は気配を消して様子を窺った。人の出入りはなく、そろそろ日が落ちる時間だというのに、室内の明かりはついていない。気で強化された彼女の五感は、洋館の異常を感知した。
音もなく、灯りもなく、気配もない。明らかに無人であった。
「拠点に誰もいないなんて、そんなことあるの?」
あの男に騙されたかと、一瞬怒りに震えそうになったが、彼女はある残酷な考えが頭を過った。クルトワは地面に降り立ち、堂々と正面から洋館に侵入した。見張りもおらず、セキュリティも作動していないようだ。
鍵のかかっていない扉から、中に入る。
「これは……」
建物に入った瞬間から、空気が淀み重くなっていることが感じ取れた。そして、鼻につく刺激臭。これは、嗅ぎなれた血の臭いだ。彼女は自身の考えが的中していたと確信した。
携帯魔灯で薄暗い部屋を照らした。見えたのは無数に横たわる死体たちと、血の海。一歩踏み出すと、血がべったりと靴の裏についた。まだ血が乾ききっていないということは、惨劇からそして時間が経過していないということだ。
「この分だと、ボスとやらも殺されているのかしらね」
彼女は奥へと進み、階段を上った。それらしき部屋を片っ端から開けて行き、ボスの居室らしい部屋で身なりのいい男の死体を見つけた。上質な着物に、高価なアクセサリー類。彼がボスと見てもよさそうだ。
「誰が殺したのか……そんなの、『お得意さま』しかいないわよねえ」
クルトワはお得意さまの情報を探るべく、ボスがいた部屋の机や棚を漁りはじめた。十中八九、持ち去られているか処分されているだろうが、念のために捜索してみる。出てくるのは、警邏隊員や統括府支部の役員の不正やスキャンダルの証拠で、彼女の求めるものはなかった。予想していたとはいえ、多少落胆しているのは否めない。
彼女は他の部屋も探してみようと、ボスの居室を出ようとした。そのとき、ふと窓の外を見ると、走って逃げる人影が目に飛び込んできた。人影は一瞬だけこちらを振り向いた。
「――――ハッ!」
目が合った。顔は見えなかったが、あの人影がにいっと嗤った気がした。クルトワは彼の目的を悟る。彼女をすさまじい衝撃が襲った。
次の瞬間。
旧市街地に爆発音が轟いた。地面を揺らし、炎が煌々と辺りを照らす。吹き荒れる爆風に、火の手は一気に広がった。洋館を喰らい尽くして踊る炎に、洋館の周りには野次馬の人だかりができ始めていた。
しばらくして後、轟音と粉塵をまき散らし、古い洋館は無残にも崩れ落ちた。
建物の中に誰がいたのか。洋館の周辺に住む住民は、何となく察していた。ゆえに誰も通報しようとはしなかった。彼ら自身の業によって、裏社会の王はその牙城を崩されたのであった。
そこに軍人が居合わせていたことを知る者は、いない。
あっちこっちに視点が飛びますが、あと一話挿んでリューマ視点に戻ります。たぶん。




