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アルノルフォ公爵家の庭では、花が鮮やかに咲き誇っていた。
最近の公爵邸は、すっかり様変わりしていた。重厚な落ち着いた雰囲気だったはずが、今では花が咲き誇り、明るい笑い声が響いている。
心なしか、使用人達も若返ったかのように明るくはつらつとした表情で働いている。
「…………奥様。お美しいですっ……!」
「もう、マーガレットさん。今日は何回泣く気?」
鏡の前で純白のドレスを身に纏うノラを見て、マーガレットは真っ赤な目で涙を拭っていた。
今日はノラとイヴァンの結婚式だ。イヴァンがどうしても結婚式をやり直すと聞かないので、二人は二回目の結婚式を挙げることになった。
ノラが『ユリアナ』の身分を捨てて公爵家に戻った日……ノラは使用人達から責められることを覚悟して戻った。
ところが、戻ってみるとマーガレットを筆頭にした奥様お供軍団のメイド達に囲まれて、大泣きされる始末。公爵家の使用人達は、ずっとノラの帰りを待ってくれていた。
ノラは改めて大切な人達の温もりを実感して、人目も憚らずにその場で泣いてしまった。
マーガレットが涙を拭ってやろうとハンカチを取り出す前に、イヴァンがノラを優しく抱き締めて、幼子をあやすように妻を慰めてやっていた。
そんな公爵夫婦を目の当たりにした使用人一同は……実は、こっそりノラの帰還歓迎パーティーを準備していたのだけれど、今は二人の甘い時間を過ごせるように、そっと身を引いてあげたのだった。
「それにしても、私達の自慢の奥様が、まさかヘブリス王国の失われていた王女様だったなんて! ますます奥様人気に火が付きますね」
マーガレットとは別のメイドが、頬を赤く染めて、爛々と目を輝かせながら言った。
「あはは……ね……」
ノラは気まずい笑みを浮かべながら、相槌を打つ。
あれから、あれよあれよとエレンとバスティアン……とイヴァンの力技により、ノラは本当にヘブリス王女になってしまっていた。
するとどうだ。帝国では改めて、ヘブリス王女ノラのブロマイドが売れに売れて、来月には悲運な王女と公爵の国境を越えた切ないロマンス小説が発売されるらしい……
(この流れ、前にもあったような……)
ノラはもう諦めた気持ちで、この現実を受け入れていた。
「きっと旦那様も、早く奥様のお姿を見たいでしょうね」
マーガレットがノラの頭に純白のレースを被せながら、嬉しそうに言った。
ノラが恥ずかしそうに目を伏せて微笑むと、マーガレットはにこりと微笑みながら、最後にティアラを被せてやる。
ノラは伏せていた目を上げて、改めてマーガレットや使用人達を見つめた。皆、笑顔だ。
春の温かな日差しがレースカーテンを透かして差し込んでいる。ふわりと風が吹くと、カーテンとともに柔らかな光が揺れて、まるで祝福するようにノラの部屋を明るく照らしていた。
ノラは今のこの景色を忘れない。
「…………みんな」
ノラは彼女達に改めて感謝を伝えたかった。
「偽物だった私を、受け入れてくれてありがとう。『ノラ』を、そして『ユリアナ』を大切にしてくれて、ありがとう……」
すると彼女達は驚いたように目を丸くしたが、すぐに声を抑えるようにしてクスクスと笑った。
「どうして笑うの? 私は、ずっと公爵家の人達のことを騙していたのに……だから、すごく感謝していて……」
「奥様」
慌てるノラの言葉を遮るように、マーガレットが優しい声で呼んだ。
「私どもは、騙されたと思っておりません。奥様はいつだって私達使用人に、真心で接してくださったではありませんか」
マーガレットの深緑色の瞳が細まり、その奥で涙がきらりと光っていた。
「私達がこれまで過ごしてきた奥様は、紛れもなく『貴女』でしたよ」
その言葉を聞いた瞬間、ノラの瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちてしまった。
「あぁっ、奥様! 私は泣いても、今日の奥様は泣いてはいけません!」
化粧が崩れることを心配して、マーガレットはハンカチを取り出すと、優しくノラの涙を拭った。
「笑ってください。とびきり、幸せそうな笑顔を私達に見せてください。その姿で、お待ちになっている旦那様の元へ向かいましょう」
花嫁は自分の生家から夫婦の誓いの場に向かうというが……ノラの家はここだ。このアルノルフォ公爵家から、イヴァンが待つ式場へ向かう。
「早く行ってあげないと、イヴァンが待ちくたびれて迎えに来ちゃうかもね」
ノラはニコッと笑って、マーガレットにそう言ったのだった。
式場では、開始予定時間を過ぎてざわざわと騒つく参列者と、司教の前で佇むイヴァンがいた。
その前では、司教が冷や汗をハンカチで拭っている。
(お、遅いな……)
もう十五分ほど、遅れている。司教は気まずそうに顔を強張らせて、おそるおそる目の前のイヴァンへと目を向けた。
イヴァンは……真顔で一点を見つめながら、じっと微動だにせず立ち尽くしている。怒っているのか、焦っているのかも分からない表情で、ただ、花嫁を待っていた。
結婚式に参列していたマクシミリアンやメイベル、バスティアンも段々と焦った表情を浮かべている。
アルベルトも心配そうに眉尻を下げて、隣に座るエレンの裾を小さく引いた。
「エレン様、もしかして……」
ヘブリス王となったエレンは、ノラの親族として参列していたのだが……いつまで経っても現れない妹に、心配が募る。
「ノラさん、今度こそ逃げちゃったのかな……?」
「え? い、いや、まさか……」
アルベルトの言葉にギョッとして、エレンは咄嗟に否定しようとした。すると、どこからかとても強い視線を感じて顔を上げる。
イヴァンだった。イヴァンがこちらを凝視しており、きっと彼の耳にアルベルトとエレンの会話が聞こえたらしい。
ついにイヴァンが動いて、スッと小さく片腕を上げる。すると、どこで待機していたのか、すぐにルシオが現れる。
「今すぐ帝都中に兵を配備しろ。逃げた花嫁を追うぞ」
冷徹総司令官の顔をしたイヴァンが、地の底から響くような低い声で、部下にそう命じたのだった。




