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グランディエ公爵が愕然とした様子で静かになったので、イヴァンがヴィンセントとルシオに、グランディエ公爵を投獄するよう命じる。
何の抵抗もなく、グランディエ公爵はさっきまでノラが投獄されていた牢屋へと運ばれていったのだった。
「レックス・ヘブリス王陛下。政治の話をしようか」
バスティアンが気を取り直して言うと、エレンは嫌そうな顔をして彼の対面の席に腰を下ろした。
「……レックス・エレン・ヘブリスだ」
ノラはエレンの返答に、思わず嬉しくなって笑顔を浮かべた。
「グランディエ公爵の処分は?」
「さぁな、これから考える。まぁ、王族を殺したんだから結末は処刑だが……そう簡単に殺してやる気はない。次は正当に、あのクズが苦しめた国民の前で裁いてやるよ」
エレンの赤い瞳がギラリと輝いたのを見て、バスティアンはニコリと外行きの笑顔を浮かべる。
(この新王……合理性というものを考えないのか。まぁ、許容できる範囲ではあるが……我々はこの件には関わるまい)
そんなことを胸の内で思った。
バスティアンからは、今回のことで王国全体に大きな損害はないが、城の復旧支援と不足分の人員派遣を提案された。
「城の復旧支援は……有難く受け取るよ。でも、人員派遣は結構だ」
おや? と、バスティアンは顔を上げてエレンを見る。
「俺は血筋だけで王になったが、王国の貴族達との関係は一切と言い切っていいほどない。つまり、王国の上層部に信用できる人間がいないんだ」
エレンの生い立ちを考えれば当然だろう。それでも、血筋は確かなのだから、それだけでエレンを支援しようと立ち上がる貴族もいるだろうが……
「だから、俺がこれまで築いてきたコネクションを使う」
「……あ、『協力者』!」
正解が分かり、つい声を上げてしまうノラ。エレンはくすりと笑って、肯定するように頷いた。
「それに今、外国に飛んでるやつもいるし…………集めれば、俺の側近に必要なくらいの人員は確保できると思う」
「それはなんと……」
バスティアンは感心した様子でエレンの話を聞いていた。
エレンの『協力者』。つまり、裏と表を行き来する情報屋諸々。これからエレンは、その裏社会ネットワークを使って、既存の官僚や貴族達の身辺調査を行なっていくのだろう。
そうして派閥に関係なく能力でふるいにかけられ残った者達だけで、城の中が再編成されていく。
エレンは何万人もの部下を必要としていない。彼がこれまで武器としてきた情報力を以て、この王国を統治していく気なのだ。
バスティアンは頭の中で素早く計算を巡らせる。
(新王だからと侮ってはいけないな。これからのヘブリス王国は、強敵になるぞ……)
危機感を抱きながらも、バスティアンは少しだけワクワクしていた。帝国も、この大陸の一強と見られ続けるのは、さすがに疲れるのだ。
(ヘブリス王国が頭角を現せば、帝国の負担も減るかもしれない)
各国間の紛争が起きるたびに帝国の仲裁を求められ、何か問題が起これば帝国の動向を注視される。
外交に散々頭を悩ませてきたバスティアンとしては、そう思うのも仕方なかった。
「では、次に。目を通してくれ」
バスティアンは事務的に話を進めながら、一枚の紙をエレンの前に差し出した。
「これは……?」
帝国から王国への求婚書だった。
「は……? アルノルフォ公爵家から……ノラ・ヘブリス王女へ……求婚?」
エレンは顔を上げると、思わず眉を顰めてバスティアンを見た。
「……ノラ王女⁉︎」
「あぁ。彼女をヘブリス王の隠されたもう一人の子……貴方の本当の妹にする」
あまりにも平然とバスティアンが言うので、エレンは思わずノラへ目を向けた。ノラもエレン同様に、あんぐりと口を開き驚いていた。
「その方が何かと都合がいいものでね。実妹である方が、そのノラ王女とこれから婚姻関係を結ぶイヴァン・アルノルフォ公爵が今回王国の『内輪揉め』に介入した名分も立つ」
そう言うと、バスティアンは小さく息を吐いた。
「もちろん、実は王女がいたと発表しても、周りは簡単に納得はしないだろう。王国貴族への根回しや、それ相応の証拠も必要になる。帝国側も、最大限の協力をする。しかし……架空の人物『ユリアナ・ケリス』をあれだけ完璧に作り出した貴方の裏工作力があれば、実妹を作るのも不可能ではないのでは?」
心なしかバスティアンは、少し疲れた表情を浮かべていた。強い国とは、周りからどう見られるのか細心の注意を払って考える必要があるらしい。
「何か問題でも? 二人は元々兄妹なのだから、本当の血の繋がりなど気にしないだろう?」
バスティアンが眉を顰めて言うと、ノラとエレンはお互いを見遣った。
エレンは、自分がレックスの道を選べば、もうノラの兄としては生きていけないのだと思っていた。
それはノラも同じ。もうエレンとは気軽に会えなくなると思って、実は寂しかった。
「お前はずっと、俺のたった一人の妹だ!」
「うん、お兄ちゃん!」
二人は目の端に涙を浮かべて、嬉しそうに笑いながら抱擁し合ったのだった。
「で、でも……『ユリアナ』はどうするんですか?」
ハッと気付いた様子でノラがバスティアンを振り返ると、バスティアンは片眉を上げて答えた。
「レックス王子と同じように、身を隠すための偽名だった……で、問題ないと思うが?」
バスティアンは続けて説明した。
王国の『内輪揉め』が終わったことで、ノラ王女も身を隠す必要がなくなった。イヴァンとの旧結婚は偽名のため整理し、改めてノラ王女として正式に婚姻する……というのが、今回の筋書きらしい。
「それにその方が、我々も友好的な関係性が築けていけそうじゃないか」
と、外交官専用の爽やかな笑顔を浮かべて、バスティアンは締め括った。つまり、帝国と王国で姻戚関係になろうということだ。
バスティアンは最後まで、合理的な根っからの政治家らしい。




