7-3
これまで、グランディエ公爵が自分をただの『駒』としか見ていなかったことが分かった。いいや……この男はきっと、ノラだけでなく全ての者が『駒』なのだ。妹も、甥も、港町の人々も。
そう思った途端、ノラの中で一気に怒りが湧き起こる。
「グランディエ公爵……人の命を何だと思ってるんだ‼︎」
ノラが叫んだ時、部屋の中に雪崩れ込むように大勢の兵士が入ってきた。
先頭の兵士の腕を掴んで捻り上げ、二人目を蹴り飛ばす。だが、出口からも窓側からも次々と兵が現れる中、ヘブリス王の亡骸を抱えたままでは、さすがのノラにも突破できない。
ノラはあっという間に捕らわれて、必死にグランディエ公爵を睨み付けるも、彼は余裕の笑みを浮かべていた。
「あぁ。ノラが処刑されてしまう前に、冥土の土産話を教えてあげよう」
縄で全身を縛り上げられ、身動きの取れないノラの前に立ったグランディエ公爵は、わざわざしゃがみ込んでノラの耳元に口を寄せる。
「エレノラを殺したのは帝国軍だと、君は信じていたよね?」
その瞬間、ノラは全身の毛を逆立たせ、奥歯を噛み締めた。
グランディエ公爵は言葉を続けることなく笑みを深めた。その笑顔が真相の全てを物語っていた。
ノラは怒りのあまり、目の前が真っ赤に染まる。
(この男のせいでっ、全部、両親もっ、お母さんも……‼︎)
自分を不幸に突き落とした元凶に、これまで恩を感じていたなんて悔しくて堪らなかった。
ノラは何かを言い返す時間も惜しいと、口を大きく開けてグランディエ公爵の喉元目掛けて噛みつこうとした。
「うわ、恐ろしい子だなぁ……」
いち早く気付いた兵士に後ろへ引かれて、ノラは空気を食いちぎった。
グランディエ公爵は驚いた顔でノラから離れると、兵士達にノラを連れて行くよう指示を出す。
「君は悔しくて堪らないだろうが……私はただ、自分の目的のために、利用できるものを利用しただけのことだよ」
グランディエ公爵は兵士に取り押さえられているノラを見下ろして、ニコッと微笑んだ。
「ノラ。もし次に生まれたら、また私のところへおいで」
ノラは猿ぐつわを口に嵌められて、荒い息を吐きながら、最後まで血走った瞳でグランディエ公爵を睨み付けていた。
「そうしたらまた、大切に扱って利用してあげるからね」
兵士によって部屋から連れ出されていったノラを見送った後、グランディエ公爵は自身の衣服の乱れを丁寧に整えた。
「公爵様」
一人の文官らしき細身の男が、少し顔色を悪くしながら声を潜めて言った。
「ヴァルキリアス帝国の……バスティアン・シンクレア侯爵様がご到着されました」
その瞬間、グランディエ公爵は穏やかな笑みから、企む黒い笑顔を浮かべる。
「どうやら武器売買についてのお話のようで……」
「分かってる」
グランディエ公爵は自信に満ちた表情で、文官を一瞥した。
「私と手を組みたいと向こうから接触してきたんだ。ふふ……帝国も、どうやら穏やかじゃないねぇ……」
グランディエ公爵は愉快そうに笑って、客人が待つ部屋へと向かう。
部屋に入ると、その男はすでに着席していた。その後ろには、銀縁眼鏡をかけた執事と、赤髪の若い護衛兵士が控えている。銀髪の青い瞳の美麗な男が、グランディエ公爵を見て軽く会釈した。
「お待たせいたしました」
「いえ」
バスティアンは立ち上がる気配もなく、好意的な態度も見せない。それがなんだか鼻に付くとグランディエ公爵は思った。
(同じ宰相とはいえ、こちらは公爵だ。客人ならば、もう少し礼を示してもいいだろう)
なんだか見下されている気分になるが、まずは取引の話だ。グランディエ公爵は気を取り直してバスティアンに向き直った。
「さて、本日はわざわざ王国まで……どのようなご用件でいらっしゃったのです?」
するとバスティアンが冷たい笑みを浮かべる。その青い瞳はどこまでも無感情で、グランディエ公爵はバスティアンのことをよく分からない男だと評価した。
「実は、グランディエ公爵の事業に少し興味がありましてね……」
グランディエ公爵の事業、つまり武器売買だ。周りくどいことはせず、単刀直入に本題に入るバスティアンの姿勢が気に入った。
グランディエ公爵はバスティアンに向けて姿勢を正すと、ご自慢の話術でバスティアンに説明を始めたのだった。
◆
明日の朝には即刻処刑されると宣告されたノラは、王城の地下牢に収監されていた。
どのくらい経っただろうか。高く昇っていた太陽の代わりに、大きな月が出ている。ノラは騒ぐこともなく、ただ静かにその時を待っていた。
——キィ……
牢屋の開く音がして、ノラは閉じていた目を開いて目を向けた。
「ノラ。待たせた」
「エレン‼︎」
ノラは助けに来てくれたエレンに飛び付くように抱き付き、ぎゅっと兄の胸に顔を埋める。
エレンもノラを抱き締め返すが、すぐに手を離した。
「悪いが……今はすぐにでもここから脱出しよう」
「うん!」
ノラはエレンが必ず助けてくれると信じていた。グランディエ公爵というノラがこれまで信頼していた人物に裏切られた……けれど、ノラにはエレンがいるから、まだ前を向いていられる。
牢屋の見張りの兵士達は全員が倒れていた。
「……もしかして、殺したの?」
「いや。気を失っているだけだ。蛇の毒で麻痺状態にしてある。それに……」
エレンは複雑そうな顔をした。
「比較的楽に侵入できたのも、見張りが少なかったからだ。どうやら、城の方で何か起きているみたいだな」
ノラはエレンの言葉に耳を傾けながら、彼の後を付いて牢屋から抜け出すと、そこは王城の裏に広がる森だった。
——ノラとエレンが去った後、一人の背の高い男が王城の地下牢を訪れていた。
王城はすでに、帝国軍によってほぼ制圧されていた。
以前から王国へ潜伏していたバスティアンの部下達が内部から手引きし、彼が率いる精鋭部隊が王都へ侵入していたのだ。
本隊は国境付近に待機させ、王城攻略に投入したのは特殊部隊と潜伏工作員のみ。さらにバスティアンがグランディエ公爵を引きつけ、王と王太子を同時に失った王城の混乱を突いたことで、制圧は短時間で完了した。
帝国側が仕掛けたこの一連の作戦は、たった一人の『妻』を王国から連れ戻すためのものだった。
鋭い眼光を放つ金色の瞳が静かに動いて、状況を確認していく。気を失っている見張り兵士達、鍵が開いたままの鉄格子扉、すでに空っぽになった牢屋……
牢屋の中に入り、備え付けられている硬いベッドに触れた。まだ少し温かい。
「……そう遠くへは行っていないようだな」
ひどく静かな声だった。
逃がした獲物を見つけだす捕食者のように、ノラの痕跡を辿りながら、イヴァンは追跡を開始したのだった——。




