7-1
ノラはエレンと共に、船でヘブリス王国へ向かう道中、ヘブリス王国の罪、港町の密売船、そしてエレノラの正体を全て伝えた。
それを聞いたエレンはひとつ、白状した。
「ごめん。俺、実は母さんが帝国人だって知ってたんだ……」
まさか公爵で総司令官だったとは、知らなかったけど。と、続けながら、エレンもまたノラの知らない真実を語った。
「俺を産んでくれた母がまだ生きていた頃、片腕を無くし、血まみれになって倒れている軍人女性を保護した。着ている衣服から、その人がすぐに帝国の軍人だということは分かった。俺と母は……その女性を、母さんを匿っていたんだ」
片腕を失ったばかりの手負いのエレノラを看病し、一時期は三人で過ごしていたと言う。
「そうなのね……」
ノラは目を伏せて、小さく頷いた。
「でも……エレンのお母さんは?」
ノラが二人と出会った時、すでにエレンの産みの母はいなかった。エレンは悲しそうに笑って、肩をすくめた。
「俺もその時は幼くて、詳しくは分からない。でも、母と俺はどうやら王国に追われていたらしいんだ。母が俺を庇って死んだあとも、王国は俺を探していた。だから母さん……エレノラが、俺も死んだように偽装して、自分の息子として育ててくれた」
ノラも知らない、エレンの過去だった。寂しそうに遠くを見つめるエレンに、ノラは何も言わず兄の肩へ寄り添うように体を預けた。
「大丈夫。俺には、大切な家族がいるからな」
慰めようとしていることが分かったのか、エレンは笑ってノラの頭をポンポンと軽く撫でてやった。
「それにしても……母さんがまさか、あのイヴァン・アルノルフォの母親だったとはな」
エレンも知らなかった真実に心底驚いているようだった。
イヴァンの名前を聞き、ノラが思わずピクリと体を反応させる。エレンは見逃さなかった。
「ノラ、お前……」
エレンはノラをずっと見つめていたが、その質問をする時だけ、目を逸らす。
「あの男が好きなのか?」
ノラはすぐに答えなかった。しばらくの沈黙のあと、彼女は小さく首を横に振って否定する。
エレンもまた何も言わずに受け入れた。でも、エレンには妹が吐く嘘くらい分かっていた。
「…………」
これまでノラの兄として彼女の隣にいたことが、もどかしい。もっと違う形で、ノラと出会えていたならば。
(俺だったら、お前にそんな顔させないのに……)
◆
二人は無事にヘブリス王国へと帰還した。
「私、グランディエ公爵と会ってくるわ」
「ノラ。一度王国に帰還したのは、帝国からの追手を振り切るためであって、留まるためじゃない」
ノラとエレンはもう、ヘブリス王国を出るつもりだ。
しかし、帝国からどのくらいの追手が出ているのか分からないため、二人は一度王国へ戻り、王国を逃走経路の通過点として船を乗り換える。そうして、追手の目を眩ませて逃げ切る算段だった。
エレンはこれまでに、各国の銀行に偽名で財産を預け、用意周到に逃亡準備をしていた。ノラと自分二人なら、十分に暮らしていける財産だ。
今回のことがなくても、エレンはいつかノラを連れて王国を出るつもりだったのかもしれない。
「エレン。お母さんが言ってたでしょ。『自分の目で見たものを信じなさい』って」
心配するエレンを見上げて、ノラは笑って言った。
「私は真実を知りたいの。帝国から見た真実だけでなく、王国から見た真実も。エレノラの娘である私にも、それを知る権利はあるでしょう?」
実の両親を奪われ、エレノラという母を奪われ、そして普通の人生まで戦争に奪われた。
どちらが正しくて、悪いなんてノラはもうこだわっていない。それぞれの国に罪はあり、そして失った者達が多くいた。
もうそういう話ではないんだ。これまでのように、帝国そのものを一方的に憎むことは、もうできなくなっていた。
(悪魔だと教えられてきた帝国人の中にも、私を大切にしてくれた人達がたくさんいたから……)
マーガレット、メイベル、アルベルト、マクシミリアン、そして……
黒髪の金色の瞳をした男の姿を思い出すと、ノラの胸の奥がきゅっと傷んだ。
「王国の真実を聞きに行く。だから私は、グランディエ公爵に会いに行くわ」
エレンはノラがとても頑固なことを知っている。
「止めてもどうせ無駄なんだろうな……」
「何かあれば助けてね、お兄ちゃん」
ペロリと小さく舌を出すノラに、エレンは顰めっ面を向けた。
「『何か』なんて起こすな。とっとと真実を聞いて、すぐに戻って来い!」
ノラはエレンと合流場所を決めてから、グランディエ公爵のいる王宮へと単身で向かったのだった。
ノラが王国に帰還したことを知ったグランディエ公爵は、ノラを城のとある部屋へと呼び出していた。
もちろん城で働く使用人達はノラを知らないため、人目に付かないよう行動し目的地へと向かう。
たどり着いた部屋の前でノラが、等間隔で数回ノックして合図を送った。すぐに中からグランディエ公爵の返事が返ってきた。
ノラは扉を開けて素早く部屋に入ると、上司であるグランディエ公爵に深く頭を下げた。
「ノラ。よく無事に戻ってきてくれたね」
穏やかで優しい、低い声。ノラはグランディエ公爵の許可を得て、下げていた頭を上げた。
するとそこには、グランディエ公爵の他に二名の人物がいた。
一人はヘブリス国王陛下。そしてもう一人は王太子殿下ブライアンだ。
ノラが驚いて目を丸くした時、ヘブリス王が口から血を吐き出した。
「えっ⁉︎」
突然のことで青褪めるノラに、グランディエ公爵は笑いかけた。
「あぁ、ノラは運が良いね。まさに今、この瞬間に起こる王位継承の瞬間に立ち会えるなんて」
グランディエ公爵の言葉に思考を取り戻したノラは、驚いていたがすぐに動き出した。血を吐いて浅い呼吸を繰り返すヘブリス王の元へ駆け付け、彼の症状を確認する。
(これは、毒を盛られている……!)
ヘブリス王がグランディエ公爵とブライアン王太子に毒を盛られたのだと悟った。
「王陛下! すぐに医者の元へお連れします!」
高貴な身だとは躊躇わず、ノラはしっかりとヘブリス王を抱きかかえると、部屋を出ようとした。けれど、扉の前で剣を抜いたブライアンが立ち塞がる。




