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(私の目的は……戦犯国家ヴァルキリアス帝国の軍部機密情報を盗むこと……)
そして、もう二度と、子供が戦争で親を失って泣くことのない世界を作ること。
戦争は、幼いノラから産みの両親を奪った。それだけでなく、親を失った自分を育ててくれた母エレノラまでも奪っていった。
「……そうよ」
ノラは、アルベルトを幼いからと子供扱いすることを、もうやめた。
「私の目的は、軍部の機密情報を盗むこと。そして……これから起こるかもしれない戦争を止めて、これ以上、悲しむ子供を増やさないことよ」
『偽り』ではなく、『本物』として……アルベルトを真っ直ぐに見据えると、彼もまた目を逸らすことなく見つめ返してきた。
「……今の『貴女』をなんと呼べばいい?」
「…………ノラ」
敵国の帝国人に、ノラの本当の姿を見せるのは初めてだ。ノラが僅かに震える唇で小さく名乗ると、アルベルトはパチパチと大きな目を瞬かせ、そしてメイベルによく似た朗らかな表情で笑った。
「ノラさん。貴女の優しいその願いは、きっと叶うよ!」
それからノラ達は、この後の計画を簡単に立てて心配しているであろうメイベルとマーガレットの元へ戻った。
ノラがアルベルトと手を繋いで薔薇の間に向かっていると……
「奥様‼︎」
「アル……!」
向こうから、泣きそうな表情を浮かべたマーガレットとメイベルが走ってきていた。
「お怪我などはございませんか?」
マーガレットはうっすらと涙を浮かべて、ノラの身に異変がないか慌ただしく確認する。
「アル、突然ユリアナ様を追いかけて行ったと思ったら、全然戻ってこないし……すごく心配したのよ!」
「お母様、ごめんなさい。僕がユリアナ様にわがままを言って、少しだけレストランの中やキッチンを見学していたんです」
アルベルトはしおらしい表情でメイベルに謝りながら、さりげなくノラを庇った。
「貴方達に何事もないのなら、それでいいけれど……」
メイベルは複雑な表情を浮かべながらも、一旦はアルベルトの言葉を飲み込んで納得したようだった。
「それでね、見つからないように見学するのが隠れんぼみたいで面白くて。お母様、僕まだユリアナ様と遊びたいから屋敷で一緒に隠れんぼしちゃ駄目ですか?」
アルベルトの申し出に、メイベルは僅かに違和感を感じた。
(普段、読書ばかりのこの子が、屋敷で隠れんぼ……?)
しかし、すぐにメイベルは笑顔で答えた。
「えぇ、もちろんよ! すごく楽しそうね。お母様も混ぜてちょうだい」
普段大人びた息子が珍しく年相応の幼子のような我儘を言ってきた。それがとても嬉しくて、メイベルは何の疑いもなく許可する。
(この子が素直に甘えられるようになったのも、きっとユリアナ様のおかげだわ)
そんな思いから、メイベルはノラへ心から感謝するのだった。
◆
レストランを出た後、ノラ達はシンクレア侯爵邸へと到着した。
突然の来客に、侯爵家の使用人達はとても忙しそうだ。一緒に来ていたマーガレットも、使用人に手を貸してやっていた。
来賓室でノラがメイベルとお茶をしている間に、アルベルトは約束通り自室の窓の鍵を外しに向かった。
背伸びをして、やっとの思いで鍵を開ける。
(ここ三階だけど……あの男の人は入ってこられるかな……)
いつやって来るか分からないエレンを心配しながら待っていると……ガタッ。窓が小さな音を立てて勝手に開いていった。
すぐに窓枠に手が掛かり、冷たい表情をした金髪の男が姿を現す。エレンだ。
エレンに怖い印象を持っているアルベルトは、近くにノラもいないこともあり、部屋の隅で小さく縮こまるように立っていた。
「…………」
軽やかに部屋の中へ侵入したエレンは、すぐにアルベルトの姿を見つけて、何も言わずに見つめる。
「……あの……」
するとアルベルトがおずおずとエレンの元へ近付いていき、一枚の紙を差し出した。受け取ると、お世辞にも上手とは言えない屋敷の見取図が描かれている。
エレンはそれを受け取り、幼子が一生懸命に書いたであろう歪んだ見取図を眺めていた。
それでも、線はできる限り真っ直ぐ引こうとしたことが分かる。屋敷の主要な廊下だけでなく、使用人用の階段や裏口などの細かい場所まで丁寧に書き込まれていた。
(……ふん。六歳の子供の方が、ケリス伯爵よりよほど役に立つじゃないか)
エレンはそんな事を思いながら、アルベルトが書いた屋敷見取図を丁寧に折り曲げて胸ポケットの中へと仕舞い込んだ。
「……俺の仲間だと認めてやるよ」
エレンはそう言って、アルベルトの小さな頭を撫でるように手を置いた。普段、ノラの頭を撫でてやっているからか、その手は本人の冷淡な表情とは違って優しい手つきだった。
アルベルトは嬉しくなり、ぱぁっと明るい表情を浮かべてエレンを見上げる。
「じゃあ、僕も正義の味方の『スパイ』ってこと⁉︎」
思わずと言った様子で、喜びを体現するようにアルベルトがぴょんと飛び跳ねた。エレンはその様子が面白くて、ふっと小さく笑う。
(自分の家で何がスパイだ……まぁ、『スパイごっこ』ではあるな)
エレンはそのまま扉の方へ向かうと、聞き耳を立てて廊下側の人の気配を探った。今、廊下には人がいないようだ。
「執務室に向かうと、ノラに伝えてくれ」
エレンはアルベルトへ端的にそう告げて、扉を開くと素早く出て行ってしまった。
アルベルトは一人残された部屋の中で、静かに両手をぎゅっと握り締めながら、気合いを入れるのだった。
「よし、ユリアナさ……じゃなかった。ノラさんを一生懸命手伝うぞ!」
(だって僕は、『仲間』だもんね……!)
アルベルトは少し興奮した様子で目を輝かせながら、自室を後にしたのだった。




