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アルベルトの合図で隠れんぼがスタートした。ノラ、メイベル、マーガレットが逃げる役で、アルベルトが鬼役だった。
(お母様とマーガレットさんを僕が早く見付けて、ノラさんの調べものの時間を作るんだ!)
アルベルトはそう意気込んで、両手で自身を目隠しすると、カウントダウンを数えだした。
メイベルとマーガレットは楽しそうに笑って、どこへ隠れようかと呑気に悩んでいる。
ノラはさっと二人から離れると、エレンが待つ執務室……つまり、バスティアンの部屋へと向かった。
使用人に怪しまれない程度に、道中で鉢合わせにならないよう十分に気を配って、目的地の執務室を探す。
時には大きな柱時計の陰に隠れたり、鍵の閉まっている部屋はピッキングして解錠したりと執務室を探した。
とある部屋の扉を開いた。中を覗くと、夫婦の寝室のようだ。メイベルをよく知る身としては、少しだけ気まずい。
この部屋には何もないだろうとすぐに離れるつもりだったのだが、向こうの廊下からメイドが歩いて来ていた。ノラは寝室に入り、メイドが通り過ぎるまで息を潜めていると……なんと、運悪くそのメイドはこの寝室の清掃係だったのだ。
「っ‼︎」
ノラは素早く辺りを見渡し、身を隠せる場所を探す。しかし、あまりにも時間がなかったため、ノラは咄嗟に部屋の死角へと走り、家具を登って天井へ手を伸ばす。
それと同時に扉が開いた。間一髪、ノラはメイドの視界に映ることなく済んだ。
両手両足を伸ばし、左右の壁を突っ張るようにして天井に張り付いた。メイドはノラに気付いていない。小さく鼻歌を歌いながらゴミを集めている途中で、何かの掃除用具を忘れていた事に気付いたのか、すぐに寝室から出て行った。
(…………危なかった……)
ノラは高鳴る心臓を胸に、ふぅと思わず息を吐く。
(今のうちに寝室から出よう……)
ノラは身軽に床へ飛び降りると、何事もなかったかのようにスカートの裾を整えた。そして、何食わぬ顔で寝室を後にする。
誰もいなくなった寝室……かと思えたが。クローゼットの扉がひとりでに開く。
すると、その中からメイベルが顔を覗かせて、驚いた顔で今しがたノラが出て行った扉を見つめていた。
実はノラが入ってくる前に寝室の中にいたメイベルは、ノラが鬼役であるアルベルトかと思い、咄嗟にクローゼットの中に隠れていたのだ。
「ユリアナ様……まさか……」
メイベルは、しばらく瞬きを繰り返した。
高貴な貴族令嬢であるはずのユリアナが、まるで曲芸師のように壁と壁の間へ手足を突っ張り、天井に張り付いていた。驚くべき身体能力だ。
「…………」
メイベルは、驚きのあまりはくはくと口を開閉して、そしてゴクリと唾を飲み込む。
「まさか…………あのお淑やかなユリアナ様が、全力で隠れんぼを楽しんでくださっているんだわ!」
メイベルは、凄いものを見たと興奮した様子で鼻息を荒くした。
「そうよね、何事も全力で楽しまなくちゃ! ユリアナ様はやっぱり格好いい女性だわ。私もしっかり隠れないと!」
メイベルは自分に言い聞かせるように言って気を引き締めると、張り切って再び隠れる場所を探しに行ったのだった。
危機を逃れたと思っているノラは、やっとバスティアンの執務室を探し当てた。まさか、あの一連の流れをメイベルに見られていたなんて、ノラは夢にも思っていなかった。
部屋に入ると、すでにエレンがいて、いくつかの情報書類を並べていた。
「新兵器の計画書とか……何か、戦争に繋がりそうな機密情報はあった?」
ノラが声を掛けながら近付いていくと、エレンは顔も上げずに書類を見下ろしながら「いや……」と相槌を打つ。
とても深刻そうな表情で、その書類を見つめていた。
「エレン?」
「……読んでみろ」
内容を答える代わりに、エレンから書類を手渡される。それはバスティアンが纏めた資料のようで、ノラ達が求める機密情報などではないようだが……
「……何これ……」
ある程度、書類に目を通したノラは、わなわなと唇を震わせながら呟いた。
それは、ノラ達の祖国ヘブリス王国についての報告書だった。
近年の王国の怪しい動き、大きな犯罪組織の要人との密会についてなど……更には、他国との武器や兵器の密売への関わりを疑われる内容が書かれていた。
その中でもノラが一番に目に付いたのは、とある港町についての内容だった。報告書によれば、その港町で武器の密売取引がされている疑いがあるということ。そしてその港町は、ノラが両親を亡くし、エレノラに拾われた町だった。
信じられない気持ちで読み進めていく。ノラが生まれ育った港町についても詳しく書かれていた。
そこは、王都からは離れた田舎の長閑な港町だ。しかし、その実態は、いくつもの密輸船が夜な夜な港を出て、各国へ武器を運んでいるというものだった。しかも、その密輸は王国管理の元、町ぐるみで関与していた可能性があるという。
だとしたら……もしかして、ノラの産みの両親も、この件に関わっていたかもしれないということ……?
震えるノラの手に力が入り、報告書に皺が寄る。
「こんなの……まるで……」
もしこの報告書の内容を全て信じるなら、悪国家はヴァルキリアス帝国ではなく、ヘブリス王国じゃないか……
「どういうこと……? エレン、戦争を起こそうとしているのは、ヴァルキリアス帝国の方でしょ?」
そのために、自分達諜報員がこの国へ派遣されたのではないか。
けれど、この報告書では、ヘブリス王国こそが戦犯国家の疑いをかけられている。
(帝国は悪、私の両親や母を奪った悪魔……真実はそうであってくれないといけない。そうでなければ、私は今まで、何のために戦ってきたの……?)
これまで信じていたものが、足元から崩れていくような感覚だった。




