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そして、ゆっくりと手を伸ばすと、そっとノラの手を握る。その力加減は絶妙で、振りほどけないほどに力強いのに、まるで宝物に触れるかのように優しかった。
「ユリアナ嬢。どうか、俺の恋人になってください」
その時、夜景の空に花火が打ちあがる。突然のことに驚いてノラが窓へ目を向けると、そこにはいくつもの花火が夜空を彩っていた。
綺麗だ、そしてとてもロマンチック。夜空を埋め尽くす花火は、まるで彼の恋心そのものみたいだ。
ノラは感動に震える表情を浮かべて、そっとイヴァンへと目を向ける。
「公爵様……」
「どうか、イヴァンとお呼びください」
ノラの反応に手ごたえを感じたのか、彼女の手を握るイヴァンの指に力がこもる。
イヴァンが期待に満ちた表情でこちらを見ている。ノラは心の内を隠すように感動した様子で目を潤ませるのだった。
(本当、馬鹿な男! これまでの男達でも花火を打ち上げて告白してくる男はいなかった。可愛くて慎ましい『ユリアナ』にぞっこんじゃない!)
可笑しくてたまらず、笑いだしたくなる気持ちをなんとか抑えて、ノラは感動の表情から悲しげなものへと変化させていく。
「……イヴァン様のお気持ちには、答えられません……」
告白を断りながらも、親密に下の名で呼ぶ。手に入りそうで、手に入らない女をノラは演じる。
「……どうしてですか?」
傷ついた表情でイヴァンが尋ねてきた。
(ここで簡単にあんたのものになったら、あんたはそれで満足しちゃうでしょ?)
ノラはイヴァンを飼い殺しにしてやる気でいる。
「私は何の力も持たない伯爵家の娘です。とても、アルノルフォ公爵家と釣り合う家門ではありません」
「そんなもの、何の関係もない!」
ノラの答えに、イヴァンは思わず声を荒げた。
「……失礼しました。しかし、俺は貴女のご実家を選んだのではなく、貴女を選んだのです。貴女が俺を受け入れてくださるなら、俺は必ず貴女を幸せにします。どうか俺のこの気持ちを信じていただけませんか?」
「…………考えさせてください」
間を開けてノラが答えると、イヴァンは悔しそうな表情を浮かべた後、やがて受け入れるように息を吐き、静かに頷いた。
「待ちます。いつまでも。俺は貴女の気持ちを尊重します……」
そう言いつつも未練がましい表情のイヴァンに自動車で送ってもらい、ノラはケリス伯爵邸へと帰還する。
「では、ユリアナ嬢……おやすみなさい」
イヴァンは最後まで紳士的で、車内でもノラにしつこく言い寄ることはしなかった。しかし、去り際の彼の大きな背中は寂しそうだった。ノラはそんな彼の姿を見て……少し、胸が痛んだ。
(私、これまで何度も男を騙してきたのに……どうして今回に限って罪悪感なんか……)
そんな自分の感情が不快で、ノラは眉を顰める。相手は戦争で祖国を不幸にした、あの悪国家ヴァルキリアス帝国だ。そしてイヴァンはその国の軍部総司令官。何に心を痛める必要がある?
ノラは自分の任務のためだと言い聞かせ、その背中を見ないふりしてイヴァンと別れた。屋敷の中へと入ると執事服を着た若い美麗な男が彼女を出迎えた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
ノラはその執事を一瞥し、側に控えていた侍女に上着を渡すと、何も言わずに二階へと上がっていった。執事も彼女の後を追う。
辿り着いたのは家主の部屋。ノックもせずに扉を開けると、中にはこちらに媚びを売るような笑顔を浮かべるケリス伯爵が立って彼女の入室を待っていた。
「伯爵。何か、新しい情報はありますか?」
「いいえ。御座いません」
ノラは上座にあるソファーにどかりと勢いよく腰を下ろすと、頭が痛いといった様子で眉間を押さえながら大きなため息を吐いた。
「お嬢様、お疲れの様子ですね。温かい紅茶でもお淹れしましょうか」
先ほどの執事がノラの耳元でそっと囁くように言った。近い、執事にあるまじき距離感だ。
ノラは執事をぎろりと睨みつけると、顔を近付けてきた執事の顔を掴み、思いっきり押し戻す。
「エレン、ふざけないで!」
ノラの怒った表情を見て、エレンと呼ばれた執事は可笑しそうに笑った。
「本日のアルノルフォ公爵とのデートはどうだった?」
「疲れた」
即答するノラに、エレンは兄のような表情を浮かべて彼女の頭を優しく撫でてやった。
「……なによ」
「頑張ったな、よしよし」
むすっとした表情で顔を顰めるノラだったが、まんざらではない様子だ。
「実は、公爵に交際を申し込まれたの」
「……へぇ」
「さっきの花火」
「とんでもない男だな」
エレンは苦笑いを浮かべつつも、「だが、それだけお前の任務が順調だということだ」と言った。




