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4-3

 ノラはマーガレットから目を逸らすように、目を伏せる。


(まさか、イヴァン・アルノルフォも十七年前の戦争で両親を亡くしていたなんて)


 前公爵夫妻がすでに鬼籍だと知ってはいたが、詳しい事情までは知らなかった。

 これまで屋敷の中でも社交界でもアルノルフォ前公爵夫妻について、まるで禁忌だとでも言うように口に出す者は一人もいない。だから、ノラは二人は口にするのも憚かれるほどに悲惨な事故で亡くなったのかと予想していた。


 けれど、違った。戦死だった。普通は、戦死は名誉ある死として掲げられるはずなのに、なぜ周りの者達は前公爵夫妻について一様に口を噤むのだろうか?


(それに、ずっとこの公爵家に感じていた違和感の正体が、今はっきりと分かった……家族の肖像画がないのよ。一枚も……)


 普通の貴族の屋敷には、家族の肖像画が必ずあるはずだ。それなのに、この公爵家にはない……


 ノラは罪悪感と同時にその矛盾点への疑問を抱えたまま、小さく首を横に振る。


(……感情に流されちゃ駄目よ、ノラ)


 自身を律して、ノラは改めてマーガレットへと顔を向けた。


「マーガレットさん、辛かったですね……」


 その言葉は、全てが嘘ではなくノラの本心だった。でも、もう少し彼女から情報を引き出す為の言葉でもある。


 マーガレットは目尻に溜まった涙を指先で拭うと悲しそうに笑いながら、戦争後の公爵家について簡単に教えてくれた。


 その後、両親を亡くしたイヴァンが公爵位を継ぎ、夫を亡くし身寄りのないマーガレットを乳母から侍女長へと昇格させ、ヴィンセントはイヴァンの下で父親と同じ軍人として仕えた。


「ヴィンセントさんは元々軍人でしたか……」

「えぇ。旦那様と共に幼い頃から戦闘訓練を受け、ほんの三年前まで旦那様の副官として務め、戦争にも何度か出征しておりました。なので、ヴィンセントは執事長としてまだまだな部分があり、その事で奥様にはご不便をおかけしております」


 申し訳なさそうにマーガレットが小さく頭を下げていた。ノラは「そんな事ありません」と笑って、マーガレットを励ましていたが……内心ではとても腑に落ちていた。


(だから、ヴィンセント・ハリントンへ警戒心が働くのだわ)


 皮肉った笑顔を心の中で浮かべる。


(幼い頃からイヴァンと共に戦闘訓練を受け、三年前まで副官として戦場に立っていた。今は執事長として、この屋敷の秩序を守っている。そんな男に私の正体を勘付かれたら……終わりだわ)


 執事としての経験が浅いヴィンセントに『執事長』の地位を与えたということは、イヴァンもヴィンセントに公爵家の警護や管理、そして屋敷内の監視を期待してのことなのだろうか。


 ノラの中でヴィンセントの危険度がぐんぐんと上がっていった。


「イヴァン様はご両親を亡くされてすぐに公爵位を継いだなんて……未成年でしたでしょうから、さぞ大変な思いをされた事でしょう」


 ノラはマーガレットの話をひとつひとつ頭の中で整理しながら言った。

 するとマーガレットは昔の事を思い出すように、視線を一瞬上に向けた後、再びノラを見た。


「正確に申し上げると、前公爵夫妻が亡くなって二年後でしたね。旦那様は一度、前公爵様が亡くなられた地ヘブリス王国へと渡り、それから帝国に戻ってすぐに公爵位を継がれました」


 ノラは一瞬だけ固まった。


(え? イヴァン・アルノルフォが……ヘブリス王国を訪れたことがある……?)


 その時、扉がノックされる。ノラが反射的に返事をすると、ノックの相手はヴィンセントだった。


「奥様。自動車の準備が整いました」


 扉越しに掛けられるヴィンセントの言葉を聞いて、マーガレットがニコリと笑う。


「では参りましょうか。奥様、お車までお見送りいたします」

「えぇ……マーガレットさん……」


 もう少し、イヴァンがヘブリス王国へ出向いた話を詳しく聞き出したかったが、ノラは時間切れだと悔しく思いながらも、ここは素直に彼らに従ったのだった。



 ◆



 皇宮に到着すると、あらかじめヴィンセントが話を通していたのか、待たされることもなくスムーズに城門の中へと進んでいった。


 自動車の中では、運転席にヴィンセント、後部座席にノラが座っている。自動車はゆっくりと動き、ノラは初めて見る皇宮の景色をじっと見つめていた。


 暫くして停車すると、建物の中から一人の使用人の男が出てきた。

 ヴィンセントも車から降り、その男と何やら話しながら車のキーを渡していた。


「奥様。到着いたしましたので、旦那様の執務室へ向かいましょう」


 振り返ったヴィンセントが淡々とした口調と表情で言った。ノラは頷いて、ヴィンセントに差し出された手を掴む。


 ついに、ノラは敵地の心臓部へと足を踏み入れるのだ。




 ヴィンセントは慣れた足取りで、迷うことなくノラをイヴァンの軍部執務室へと案内した。

 その道中ですれ違った軍人達が、ヴィンセントの姿を見てわざわざ足を止めては敬礼する。そんな彼らにヴィンセントは軽く会釈して通り過ぎていった。


 ノラはヴィンセントの後ろで彼らの姿を目で追っていた。


 到着した執務室の中には誰もいなかった。


「……どうやら会議が長引いているようですね。もうすぐ休憩時間だと聞いていましたが」


 ヴィンセントが懐中時計を取り出して時刻を確認しながら言った。そして、すぐに懐中時計を上着の内ポケットに仕舞うと、顔を上げて言葉を続けた。


「ひとまず、旦那様へお伝えして参ります。奥様はこちらでお待ちください」


 ノラが頷くと、ヴィンセントは背を向けて颯爽と部屋から出て行った。彼の背中を見送り、誰もいない執務室の中でソファーに腰を下ろしていたノラは……

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