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「奥様?」
それを鏡越しにマーガレットに見られてしまい、ノラは慌てて笑顔を浮かべた。
「こちらの髪型は、お気に召しませんでしたか?」
「あ、いえ……! 髪型は、とても素晴らしいですわ!」
悲しそうな眉尻を下げるマーガレットに、ノラは焦りながら否定するように勢いよく顔を横に振る。
するとマーガレットは探るような目でノラを見つめたまま、小さな息を吐いたのだった。
「もしや、私の息子……ヴィンセントの事で悩まれているのでしょうか?」
「……え⁉︎」
ノラはマーガレットに心を読まれたように感じ、心臓が緊張でドキリとする。笑顔を取り繕いながら「どうしてですか?」と、聞き返す。
「周りが気付いていなくとも、私には分かります。奥様はヴィンセントの前だと、いつも少し緊張しているように見受けられますので……」
マーガレットは寂しそうな笑みを浮かべて、宝石箱から選んだダイヤのイヤリングをノラの片耳に取り付けながら言葉を続けた。
「あの子、いつもピリピリとした雰囲気ですから……そんな所が、死んだ夫にそっくりで私も困っているんです」
ノラは鏡越しにマーガレットの表情を観察する。
(……『死んだ夫』ね……)
マーガレットの夫であり、ヴィンセントの父……ノラはこの母子の過去に興味が湧いた。
「マーガレットさんの旦那様は、どんなお方なんですか?」
ノラが気遣うような笑顔を浮かべてマーガレットに尋ねると、マーガレットはふと顔を上げて鏡越しに目を合わせた。
「夫は……いつも不機嫌な顔をしている人でした」
亡き夫を思い出しているのか……マーガレットの瞳は悲しげだったが、でも懐かしそうに目を細めて穏やかに笑っていた。
「無口で、怒りっぽくて、頑固者で……けれど、とても情の深い人でした。私の夫は前公爵様にお仕えする軍人だったんです」
ノラは意外に思った。マーガレットとヴィンセントが侍女長と執事長な為、ハリントン家はアルノルフォ公爵家に仕える使用人の家系かと思っていたからだ。
そんなノラの驚きを悟ったのか、マーガレットはクスリと笑いながら言葉を続けた。
「その頃の私は侍女長ではなく、軍人の夫を持つただの妻でした。けれど……ヴィンセントを産んだ翌年にイヴァン様がお生まれになったため、私は乳母として召し上げられ、初めて公爵家へ足を踏み入れました」
マーガレットは宝石箱からもう片方のダイヤのイヤリングを取り出し、ノラの耳へと手を伸ばす。
「では旦那様とヴィンセントさんは、乳兄弟というやつですか?」
「その通りです」
ノラが軽く振り返りながら尋ねると、マーガレットが直接目を合わせながらニコリと微笑んで頷いた。
「まるで本当の兄弟のように仲が良く……年齢こそヴィンセントが上でしたが、旦那様があまりにもしっかりなさっているお子様でしたので、実際の兄と弟とは逆なお二人でした」
ヴィンセントの過去の背景を探ろうと軽い気持ちで探りを入れたつもりが、思いがけずイヴァンの過去まで知ることになった。ノラはこの機会を逃しはしないと、さらに話題を広げていく。
「まぁ。旦那様達の可愛らしいお子様のお姿をご存知なんて、マーガレットさんが羨ましいです。では、お二人はさぞかしマーガレットさんの旦那様にも可愛がられたことでしょう」
無邪気な顔でクスクスと笑いながらノラが言うと、さっきまで笑っていたマーガレットはすぐに表情を強張らせた。
「それが……当時、夫は戦争で他国に出征していたので、ヴィンセントが物心付く頃には、夫と顔を合わせる機会もほとんどありませんでした」
「…………」
「最後の二年は、家族で一度も顔を合わせる事なく夫は戦死してしまい……他国から届いた棺を開けることも許されず、最後まで夫の顔を目にする事なく見送りました」
ノラはもう、演技でも無邪気に笑うことが出来なかった。
「ごめんなさい……そのような、辛い事を思い出させてしまって……」
「いいんです。もう十七年も前の事ですからね」
マーガレットは過去のことだと穏やかに話しているが、興味本位で他人の人生の辛い背景を知ってしまい、ノラの心には罪悪感が苦く広がっていた。
(十七年前の戦争……それって、もしかして……)
そしてノラが笑えなくなった理由はもう一つある。
「当時、帝国とヘブリス王国との戦争は激化していて……あの戦争は、私の夫を奪っただけではなく、イヴァン様からもご両親を奪っていきました。それに……私達だけではありません。あの戦争で、大切な人を失った者は帝国中にたくさんいるんです」
マーガレットはそこで言葉を区切ると、宝石箱を静かに閉じてから締め括った。
「……本当に、失うものが大きい戦争でした」
マーガレットの目に涙の膜が張っていた。ノラはそんな彼女の表情を見て、ますます言葉を失っていく。
彼らが家族を失った戦争で、ノラもまた同じように家族を失い孤児となってしまったからだ。
家族を奪った戦争が憎い。ヘブリス王国に大きな爪痕を残していったヴァルキリアス帝国が憎い。ノラの心の中の憎しみは、いつだってそうだった。でも……
(この人達も、私と同じように……)




