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「まあ!」
メイベル・シンクレアは口元を手で押さえて、驚きの声を上げた。
「貴女がお噂の公爵夫人? なんて綺麗なお方なのでしょう! 噂以上だわぁ!」
そう言って、無邪気な声でメイベルは笑った。ノラは構えていた為、メイベルのこういった呑気な態度に少しばかり肩透かしを食らう。
「お会いできて嬉しいです。私はメイベル・シンクレアと申します」
とても友好的な態度のメイベルは嬉しそうに笑った後、自分の後ろにぴったりとくっついていた自身の息子を前に押し出した。そしてそのまま息子の紹介をする。
「この子はアルベルトです。先日六歳になりまして、今日は同じ年頃の子達が集まると聞いて連れて来ましたのに、母親から離れようとせず困っていたんです」
聞かれてもいない事を話し始めるメイベルに、ノラは良く喋る人だなという印象を抱いた。
「でも、私は特別親しい友人もおりませんので、アルが側にいてくれて助かっている部分もあるんです。それに……」
「お母様!」
話が止まらないメイベルだったが、幼い息子に嗜められてやっと気付いた様子でハッとした。
「私ったら……すみません。話し掛けられたのが嬉しくて、夫人に一方的に話してしまって……」
メイベルは少し落ち込む様子を見せた後、自身を落ち着かせてから改めてノラを見た。その瞳は申し訳なさそうにこちらを窺っている。
「……私も親しい友人がいないんです。夫人さえ良ければ、お話相手になってくれませんか?」
ノラが優しく微笑んで言うと、メイベルは落ち込んでいた表情からぱっと花が咲いたような明るい表情になる。
「えぇ、もちろんですわ!」
そして、喜びを表すようにノラの手をぎゅっと握り締めてきた。
この奥様は夫と違って、とても扱い易い人に思える。考えていることが全て顔に出るタイプだとノラは思った。
しかし、小さな息子アルベルトだけは、メイベルのスカートにしがみ付くように掴んで、ノラを警戒するように睨み付けてくるのだった。
その時、数人の夫人達がにこやかな表情でノラ達に話し掛けてきた。
「今、あちらで夫人同士で集まってお茶を飲んでいるんです。ご一緒にいかがですか?」
ノラが求めていた夫人達の集まりだった。ノラは迷うことなく承諾すると、メイベルも続いて嬉しそうに頷く。
さっそく場所を移動するノラ達なのだが……
「……お母様が一人の時は、話しかけても来なかったくせに……」
そんな誰にも聞こえないようなアルベルトの小さな呟きに、ノラは気付く。
息子の声に滲む悔しさを読み取ったノラは、社交界におけるメイベル・シンクレアの立場を察した。
(これは……私にとっても好都合ね)
ノラは顔に出さないように、ほくそ笑んだのだった。
案内された先には、既に三人の貴婦人が着席していた。その中の一人がこの屋敷の奥様ウィンガード侯爵夫人だった。
「お待ちしておりましたわ!」
ウィンガード侯爵夫人はメイベルには目もくれずノラにだけ親しげに笑いかけてくる。ノラも笑顔で応え、他の夫人達とも挨拶を交わした。
全員がテーブルに着席すると、ウィンガード侯爵夫人の合図により茶会がスタートする。
夫人達はよく見知った仲のようで、とても親しそうに会話を繰り広げていた。ノラは笑顔で相槌を打ちながら彼女達の会話に耳を傾けていたが、すぐに理解した。
(メイベル・シンクレアは孤立しているどころか、虐められているのね……)
新参者のノラには話題を振るくせに、これまで交流があったはずのメイベルに話題を振ることはない。
彼女が一生懸命に会話に加わろうとしても、わざとメイベルが知らない話題に切り替える。
とても露骨だった。
メイベルはニコニコと笑顔を浮かべていたが、隣に座るアルベルトの表情はどんどん暗くなっていく。
ノラはエレンから聞いた情報を思い出していた。
(確か、ウィンガード侯爵夫人は元々バスティアン・シンクレアの婚約者候補だったと聞いたわね。結局はメイベルと婚姻し、噂ではバスティアンは愛妻家と聞く。まぁ……逆恨みってやつかしら)
馬鹿らしい気持ちで紅茶を啜りながら、この場の女王のように得意げな表情で談笑するウィンガード侯爵夫人を見つめていた。
すると、ウィンガード侯爵夫人と目が合ってしまう。
「アルノルフォ公爵夫人、私のおもてなしはお気に召していただけましたでしょうか?」
「えぇ、とても。侯爵家の庭園が素晴らしいことはもちろん、この茶葉……フランシール王国のものですよね? 私が育った国の茶葉をご用意していただけるなんて、夫人の細やかなお心遣いに感謝いたしますわ」
ノラは純粋そうな表情で笑顔を浮かべながら頷く。ノラが『ユリアナ・ケリス』として帝国に潜入する時に用意したユリアナの偽装経歴だ。
ケリス伯爵の亡き妻が、ヴァルキリアス帝国の友好国フランシール王国出身だということを利用して、ユリアナは幼少期から母の故郷であるフランシール王国で暮らしていた、という設定だった。
ユリアナにはその国で一番の学院を優秀な成績で卒業した輝かしい実績もあるが、全て嘘だ。
ウィンガード侯爵夫人はノラの感謝の言葉に満足そうに微笑むと、ふと手を下ろしてティーカップをソーサーの上に静かに置いた。
「茶葉といえば……シンクレア侯爵夫人」
そして、何やら企む笑みを浮かべて、彼女は初めてメイベルへと目を向けた。




