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このままでは、本当に自由を奪われかねないと考えたノラは、一芝居打つ事にした。
「あ……!」
ノラはか弱い声を上げて、立ち眩みを起こしたかのようにふらついてみせる。
「奥様!」
使用人達が驚愕の声を上げる中、ヴィンセントが素早く動いて倒れそうになるノラの体を支えた。
「いかがなさいましたか?」
冷淡な目ばかりしていたヴィンセントも、この時ばかりは心配を滲ませてノラを見つめる。
「ごめんなさい……日差しが強くて、立ち眩みが……」
ノラはヴィンセントの手を借りながら姿勢を正すも、疲れたように頭を押さえてみせた。
「それに、多くの人を前にするとどうしても緊張しちゃって……昔からこうなんです。私ったら、本当に駄目ね……」
言葉を重ねるにつれて、ノラは切ない表情を深めていった。そして、最後には力なく微笑んでみせる。
すると、使用人達は互いに顔を見合わせた。
「そういえば、奥様は公爵家に昨日来たばかり……」
「それなのに朝から大勢で囲んでしまって……」
彼らの心に罪悪感が芽生えていく。
「きっと、心も体も休めなかったはずだわ……」
「うん。自分達の気持ちばかり優先して、奥様に悪い事しちゃったな……」
マーガレットが申し訳ない表情で、使用人達を代表して言った。
「奥様、申し訳ございません! 奥様のお気持ちにも、気付かず……これからは、奥様が心穏やかにのびのびと過ごせるよう努めます!」
マーガレットのその悲痛の叫びに続くように、メイド達もまた悲しそうに目に涙を浮かべて頷いていた。
「…………」
ノラはつい、彼らから目を逸らしてしまった。
(……効果テキメンすぎるでしょ……)
何だか、無垢な善人を陥れる詐欺師のような気分になり、彼らの心からの善意を真っ直ぐ見つめる事が出来なかった。
「皆さん、一度下がりなさい」
ヴィンセントが慣れた口調で、使用人達に指示した。
「奥様がお休みになれる環境を整えるのも、我々の務めです」
彼のその一言で、彼らは「はい!」と返事をすると、蜘蛛の子のように散っていった。
その場に残ったのは、ノラとヴィンセントとマーガレットだけだ。
「母さん。奥様をお部屋までお連れしてください」
「えぇ、任せてちょうだい」
親子が短い会話を交わした後、マーガレットはにこっと親しみのこもった笑顔を浮かべてノラへと向き直る。
「奥様、お部屋へ参りましょう」
そして手を差し伸べてきたので、ノラは頷いて彼女の手を取った。
(ふう……作戦成功。ひとまず切り抜けたわね)
取り敢えず、『奥様お供軍団』を引き剥がす事に成功したノラは、内心胸を撫で下ろしながら、マーガレットと共に屋敷へ戻ったのだった。
午後は自室にて一人でゆっくり休む事になったノラは、もちろん大人しく休むつもりなんて毛頭なかった。
朝から飾り付けられた宝石やドレスを脱ぎ捨てて、ノラはクローゼットの中にある一番シンプルなドレスを手に取る。
そして、そのドレスに装飾されたレースやフリルの縫い糸を切って取り外した。
(うーん、ドレスとしては勿体無いけど、潜入任務の為には仕方ない)
ノラは更に質素なドレスとなったワンピースドレスに身を包むと、扉の側に立ち耳を澄ませ、廊下の様子を窺う。
人の気配はない。静まり返った廊下だけが続いているようだ。
ノラはそっと扉を開き、目視確認をした。手鏡を取り出して、視界の死角もきちんと確認する。誰もいなかった。
(よし!)
ハイヒールを脱いで素足のまま、廊下へと出た。まだ屋敷の詳しい配置は分かっていないが、朝から共に過ごした使用人達の会話や、すれ違う使用人達の動線、そして自身が見て来た部屋の配置構造から予想して、ノラは使用人部屋を目指す。
途中、廊下の先から使用人が現れて鉢合わせになりそうな場面も起こったが、その度にノラは手慣れた様子で身を隠し、着実に目的地へと向かった。
無事に使用人部屋へ辿り着いたノラは、さっそく部屋に入り、予備のメイド服を探した。
「……あった」
メイド服を掴みながら、ノラはニヤリと笑う。
素早くメイド服に着替えて、使用人用の支給靴を履く。邪魔にならないように後ろ髪をひとつにまとめ、モブキャップを出来るだけ深く被る。
そして、自室から持ち出した化粧道具で普段と雰囲気の違う質素な顔立ちになるメイクを施した。
眉の形を変え、目元をくすませ、頬には薄くそばかすを散らす。華やかな顔立ちを意図的に野暮ったく見せれば、鏡の中にいるのはもう『ユリアナ』とは別の人物だった。
こうして出来上がったノラの姿は、公爵家の愛され奥様ではなく、どこにでもいるような若い新人メイドのような風貌だ。
ノラは何食わぬ顔で使用人部屋を出ると、さっそく一人のメイドと出くわした。
「あら、貴女どこ所属の子?」
「……洗濯係です」
そうノラが答えると、そのメイドは親しげに笑って言った。
「まぁ、若いのに大変ね。私も昔は洗濯所属だったけど……手荒れには気を付けて。良ければ、後でおすすめのハンドクリームを貸してあげるわ」
同じ苦労を知る者として心配する言葉までかけてくれる。
(当たりね)
元洗濯係であり、初対面の自分にハンドクリームを貸してくれるとまで言ったお人好し。
ノラは大事な情報源を逃さないとばかりに、立ち去ろうとする彼女を引き留めた。
「実は客室のシーツを回収するように言われているのですが、まだ公爵家に仕えたばかりで各階の部屋数を把握出来ていないんです」
ノラが困ったように肩を落として言うと、その先輩メイドは親切心から主寝室や客室の位置、各階のおおよその部屋数を丁寧に教えてくれた。
ノラが感謝しながら礼を言うと、メイドはにこやかな笑顔を浮かべて去っていった。
(屋敷の構造を知る者ほど、それを機密だとは思わない)
先輩メイドから欲しい情報は手に入れた。去って行くメイドを満足そうに笑いながら見送ると、ノラは踵を返した。
目指すは……
(さて。屋敷を見るついでにイヴァン・アルノルフォの秘密でも探りに行こうかしら?)
鬼の居ぬ間に洗濯……とはよく言ったものだ。
(私の経験上、屋敷の洗濯係が一番の情報通なのよね)
イヴァンが軍務で屋敷を空けている今こそ、絶好の好機。ノラは夫の弱みでも握ってやろうと考えていた。




