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そして露わになるのは、まるで彫刻のように美しく鍛え上げられた身体。
今すぐ逃げなきゃ。逃げなくてはいけないのに、ノラはイヴァンの身体に目が釘付けになり無意識に見惚れてしまっていた。
その間にイヴァンの手がノラを捕まえる。手首を握られてやっと我に返ったノラは、イヴァンの美貌を心底恨んだ。
「イヴァン様。もう少しだけ、お話を……」
ノラが慌てて言うが、イヴァンはふっと小さく笑って、どうしようもない子供を見るかのような目で見下ろしてきた。
そして、イヴァンはゆっくりと腰を折って、ノラの首元に顔を埋めた。
「愛してるよ……」
彼の薄い唇が、ノラの首元へ口付けを落としながら、そんな甘い言葉を囁く。
その瞬間、ノラの体の奥からゾクゾクとした感覚が駆け抜けた。
ノラはせめてもの抵抗で、着ていたガウンを閉じるように胸元で固く握り締めていた。
しかしイヴァンによってその手は解かれて、ガウンは開かれる。ノラの下着姿がイヴァンの前で露わとなってしまった。
「……夢みたいだ」
イヴァンはうっとりとした表情でノラのランジェリー姿を見下ろしている。しかし、その瞳だけはギラギラと鋭く輝いていて、捕食者の目をしていた。
ノラは、自分のこんな男を誘惑するためだけにあるような下着姿をイヴァンに見られて、羞恥心から顔を真っ赤にしていた。
イヴァンは愛おしそうにそんな妻の姿を見つめて、そしてそっと、彼女の存在を確かめるようにその小さな頬を包むように手の中に収めた。
「君が、欲しい……」
イヴァンの、自分を求める瞳から目が逸せない。
ノラは顔を近付けてくるイヴァンから顔を背けることもできないまま、ついにイヴァンと二回目の口付けをした。
「ん、ふ、ぅ……」
誓いのキスとは違う、より深く、より生々しいキスだ。イヴァンの熱を持った赤い舌が、歯を、舌を、ノラの口の中全てを蹂躙していく。
「イ、ヴァン、様っ……んっ……」
ふいにイヴァンの指がノラの鎖骨下をなぞり、思わず彼女の甘く跳ねた声が出る。イヴァンの瞳はより輝きを増した。
「ユリアナっ……」
イヴァンはもう自分を止められないようで、始めこそノラを気遣っていたキスだったのに、今では貪ろうとしているかのような激しいものへと変わってしまった。
数多の男達にハニートラップを仕掛けてきたノラだったが、こういった密度の高い触れ合いは初めての事だった。
だからどうしていいのか分からず、イヴァンにされるがままになっている。
(どうし、よう……どうすれば……エレン‼︎)
思わず心の中で頼れる兄の名を呼びながら、始めこそ違和感でしかなかったイヴァンの舌の動きが、今は自分に快楽をもたらし始めている事に気付き、戸惑ってしまう。
次第にノラの息も上がってきた。イヴァンの大きな手が、まるで逃がさないとでも言うように自分の腰を強く掴んでいる事にも気付かないくらい、快感に飲まれていった。
ノラの太ももに、何か熱くて硬いものが当たる……それが何なのか瞬時に理解してしまった時、ノラの頭は真っ白になってしまった。
(どうしてこの男……イヴァン・アルノルフォの前だと上手くいかないの……?)
この男の前だと、裏目に出てばかりだ。自分の無力さを痛感したノラは、快感と悔しさの大波に飲み込まれてしまい、つい涙が出てしまった。
「泣くな、ユリアナ……」
イヴァンはノラの涙にすぐに気が付いて、キスを落とすように彼女の涙を吸った。
「イヴァン様……私、私……っ」
二人は見つめ合う。泣きじゃくるノラを、イヴァンは優しく両手で顔を包んだかと思えば、慰めるように優しく彼女の額に口付けを落とした。
「君の事は、俺が生涯をかけて一生大事にする……信じて」
イヴァンの真剣な眼差しがノラを射抜き、切実な言葉が彼女の鼓膜を揺らしては心の中へと入っていく……
(エレン。私、スパイ失格かもしれない……)
任務を果たすべきだと分かっているのに、この男の愛を心地よいと感じてしまっている自分もいる。
イヴァンの顔が再び近付いてきた。ノラは……まるで運命を受け入れるように、静かにそっと目を閉じる。
今夜だけは、心から彼の愛に溺れてみたいと思ってしまった。
あと少し、二人の唇がもう間も無く触れ合おうとした時……
急に、イヴァンの全身から力が抜けて、ノラの身体に崩れ落ちるように覆い被さった。
「……イヴァン、様……?」
呼んでも反応はない。ノラは目を開いて、ぱちぱちと大きく瞬きをした。
耳をすませば、自分の首元に顔を埋めるようにして倒れるイヴァンから微かな寝息が聞こえてくるではないか。
「…………」
ノラはイヴァンの大きな体をどかしながら何とか上体を起こすと、彼を仰向けに寝かせて状態を確認する。
「……寝てる」
どうやら今頃になって、睡眠薬の効果が出てきたらしい。しっかり眠っているイヴァンの様子を見て、ノラは心の奥底から歓喜した。
「やった、寝てるわ‼︎」
思わず声を上げてしまい、ノラは慌てて自身の口元を手で覆った。
(一時はどうなる事かと思ったけれど、これで……)
「初夜の危機は乗り越えた……」
安堵した気持ちから、ノラは体の力が抜けたようにイヴァンの隣に倒れ込む。
(本当に、ドキドキした……)
まだ心臓が落ち着かない。先ほどのイヴァンとの濃密な触れ合いを思い返すだけで、顔が熱くなる。なぜか、胸の奥がざわついた。
ノラは顔を横に倒し、隣で眠るイヴァンの横顔を見つめた。
(綺麗な寝顔……)
そして、再び仰向けになり天井を見つめていたかと思えば、ノラは急に自身の両手で両頬を叩く。
(しっかりしなさい、ノラ‼︎ あんたは何のためにこの公爵家に潜入したの⁉︎)
気合いを入れ直し、ノラは改めて決意を固めた。
(私は、もう二度と戦争なんて起こらない未来を掴み取るために、私のように両親を失い傷付く子どもがいない世界を作るために、スパイになったんだ‼︎)
今日はイヴァンに完敗だ。でも、明日からは違う。
(覚悟しておくことね、イヴァン・アルノルフォ!)
ノラはイヴァンの綺麗な横顔を睨み付けると、今日一日の疲れから抗えない睡魔に襲われて、そのまま眠りに落ちていったのだった——。




