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鑑定文を読みたくて  作者: 丘上
第一章
9/32

9



 ロクに整備されていない、人の往来によって踏み固められただけの道。

 ぬかるんだ足裏の感触が変わり、暖かい風が頬をなでる。

 つづら折りの山道を下ると目に見えて周囲の積雪が減り、ナツメは立ち止まって振り返った。

 あそこは、本当に春が遅かったんだな。

 初めて村を離れて下界に降りる実感がようやくわいて、再び前を見て歩き出す。


 今年十五歳になるナツメはチカット村を出た。

 村のみんなにとって鑑定スキルは有用だけど、本人が使用を控えめにしたのと、生産物の品質向上は一通り片付いてすることがなくなったのもあって、村長たちが強く引き止めるとかはなかった。


 なにより、誰も口には出さなかったけど、コボルド二体の単独撃破に化物認定されて距離を置かれた。

 戦闘職についていない、大抵の人はレベル一。

 一方モンスターは、生まれついてのアドバンテージに加え、日々厳しい生存競争を勝ち抜いて、人間のようなレベルの表記は使われていないだけであって、明らかに高レベル。単純に表すと、


 村人六十人 < 野生の熊四頭 < コボルド二体 < 少年一人


 んなアホな、という図式になる。

 その少年がレベル十四と聞いて、家族はともかく、村人との間に亀裂が入った。

 猟師も多少はレベルアップする立場だが、村の一員として歓迎される。

 村を害獣から守ってくれる頼もしい人材といえる。

 ナツメの両親も、わけありの高レベルっぽいけど、村人からするとやはり頼もしい。


 弱者だらけの村にとって、強い人は歓迎なのだ。


 でも弱者だらけの村にとって、化物はお断りなのだ。


 ナツメは高レベルだから強いのではなく、自分たちと同じレベル一のくせに強い。

 レベル一を言い訳に弱者に甘んじる大人の自分たちが矮小に見える少年。

 そしてレベル一でも実はヤバかった少年が、今はレベル十四。

 これは、心が歪む。理屈ではなく、感情が拒絶する。


 ナツメとしても村に残ってくれと頼まれるよりはずっといい。頼みを断ってさらに感情がこじれて、残る家族が村で孤立したら辛い。

 まぁウチの家族は、閉鎖社会の醜い人間関係に嫌気が差したらさっさと他所に行きそうだけど。

 ナツメはそんな展開が容易に想像できてクスリと笑った。改めて、ウチはあの村で浮いてたよな。


 誰ともすれ違わない狭い山道。

 急峻な崖を挟んで対面は見渡す限りの山岳森林。

 鳥の鳴き声が遠くこだまして、風や葉のこすれる雑多な音も聞こえるのに静けさが染み入る。

 まるで異世界に足を踏み入れたか、世界が滅んでしまったのではと妄想をかきたてるひとりぼっちの大自然。


「きゅ」


 初めての開放感をもてあましながらテクテク下っていると、すぐ近くに小動物の鳴き声を聞いて、ナツメは顔を向けた。

 デカいリス。デブいリス。垂れた腹に隠れた二本足で立ち、短い両手は透明なクルミを大事に持っているかのような構え。身体はあちらを向き、顔はこちらを見て、出っ歯の凄い口が半開き。


“え、なんで君……、こんなとこにいるの?”


 なんて真っ黒な目が口ほどにものを言っているけど、当然ナツメにリスの知り合いはいない。


 珍しい、というか初めて見た。


『マーモット


 体高約四十センチメートルのリス。勝てる相手がなく、

 逃げ足は遅く、囮が捕食される間に周りが逃げる戦術。

 せめて生存率を上げるため、食える時に食い溜めして、

 年の半分以上は冬眠する。仲間と人間にだけは強気』


「ぴゃあああああぁーーーー」

「あ、ゴメン鑑定しちゃった」


 ブチ切れてすんごい甲高い声で威嚇してきた。

 そしてオラついて寄ってきた。ホントにイキってる。


“ちょ、君、やっていいことと悪いことも分からないの? あーあーそんなんでやっていけると思ってるの? いつか痛い目に遭うよ。はぁー、あのさー、こういう時は素直に謝るんだよって言わせないでよ”


 チカット村のような田舎にもひとりはいる、新入り相手にはやけに態度のデカいオッサンと錯覚しそうだけど、リスだから和んで受け流せる。オッサンだったら黙って下腹部にケンカキックかも。やっぱ人間って見た目が全てなんだな。いや人間じゃないけど。


 背負い袋をおろして中をガサゴソ。


“え、なに? ちょ、ワイにも見せて”


 と覗き込むマーモットを片手でガードしながら着替えの下着をかき分け底から包み紙を取り出し、開けて掌大のビスケットというか乾パンを一枚、マーモットに差し出した。


 ゴリゴリゴリ ピタ ギュゴリ、ギュゴリ


 両手につかんで夢中でかじっている間にナツメは離れた。ここから一番近いダンジョンのある大きな街、トモコッティまで五日はかかる予定だ。所持金は銀貨二枚銅貨五枚の二百五十ペリョン。宿代にもならないはした金。

 下界は暖かく、凍死の心配はなし。狩りと野宿のサバイバルは自信があるけど、食糧をプレゼントしまくる余裕なんぞない。


「あ、そういえばあのマーモットにも名前とかあるのかな?」


 早足で山道を下りながら思い当たる。他人?を鑑定してはいけないと刷り込まれているから抜けが多い。

 コボルドに固有の名前があるなんて想像したことすらなかった。マーモットにないとどうして断言できる?

 引き返して鑑定してまた怒られる気はないけど、気にしたままはモヤモヤするから、道端のシロツメクサにとまるテントウムシの背中にくっつくテントウムシのプロフィールを意識しながら鑑定っ!


『ゲパルト・フリードリヒ・フォースバッハ・アイゼンハワードⅦ世(前世)


 モスマクド帝国第二ツキミ王朝三代目皇帝のチート転生。

 前世は叶わなかったハーレムを満喫中。次はアブラムシ

 包囲殲滅からの立身出世を画策しているが、余命二時間』


「生まれ変わりってあるんだぁ」


 ナツメは感心しながら山を下りた。

 


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