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コボルドの武器は鋭く伸びた爪らしい。
袈裟斬りのように斜め上から振り下ろされた長い腕をバックステップでかわし、ナツメは自己に目を向けた。
鼓動は少し早め。これはしょうがないか。初めての実戦。しかも野生のイノシシあたりを想定していたのにモンスター。慌てたり震えないだけ上出来。腕の速度は速いけど打ち始めの挙動が分かりやすいから怖くない。いや、群れるのだったか。
スキル、気配察知を発動。村人の気配なんて鬱陶しいのと、これにばかり頼っていたら観察力が鈍ると考えて、本来常時発動なのにオフにしていた。それで不意打ちくらってたら世話ないよね、と自嘲がもれる。
後ろに跳んだ足が地につくと同時にしゃがむと、頭上を切り裂く風の音。執拗に急所の首を狙ってくるのな。遅れて視界に映る下半身、後ろに回って不意打ちしてきたコボルドBの左太ももを短剣で切り裂いて左ダッシュ、距離をとった。
「ギャウウ」
『コボルドB
気力操作 身体強化 鉱脈探知
気配察知 一撃必殺 連係 統率』
あ、やっぱモンスターでも鑑定されると不快なのか。ファーストコンタクトのコボルドAも怒って飛び出してきたし、なんかゴメン。あと首を狙って一撃必殺のスキルって怖ぇなおい。
昆虫や微生物以外、鑑定を自分以外の生物に使うことがないから、他人の日記を読んじゃうような罪悪感がよぎる。
敵は二体と認識したらABとふられて、反射的に光点を見てなんだと思えば種としての説明、スキルが気になるとそちらを説明。鑑定スキルって便利だけど、自分がなにを認識しているのか確認しないと、なんていうか、騙されそうな不安がある。『あなたが聞かないから答えなかっただけですが?』みたいな。
コボルドBは機動力を奪ったから後回し。元気なAを倒そう。この二体だけがここにいるとは限らない。戦闘中で遠くを気にする余裕はないから、気配察知の範囲は二十メートルくらい。その先から増援が来たら迷わず逃げよう。あっち、北東へ、村とは逆方向へ。魔法は父さんの言う通り、前線で隙だらけになりながら使えるものじゃない。『兄の孫の父方の祖父の妹の娘はあなたから見てなんと言う?』ってクイズに正解しながらあっち向いてホイを勝たないと死ぬゲーム、やってられるか姪ちゃーん。
ナツメは軽く息を整え全身に気力を循環させた。身体強化を発動。
最初から発動しているコボルドは、力も速度もぼくより上。ただ、動きは単調で読みやすい。そう思わせる騙しかも知れないけれど、未知を恐れて死ぬくらいなら突撃して死ね。一気に決める。
短剣を逆手に持って顔の前へ、目線を読まれないよう隠し、コボルドAにダッシュ。前傾姿勢で鑑定。なにか視界に映ったけど無視。これは相手を不快にさせる嫌がらせ。そして短剣でチラチラ隠すぼくの目を見ろとの誘導。見たな。コボルドAから見て右隣り。そこに移動すると予測しろ。コンマ一秒、左に体重移動、かかったな、コボルドAはまだなにもいない空間に向けて右腕を振り上げた。ぼくは右へ切り返し、コボルドAの死角から跳びつき左手で頭毛を鷲掴みにして、右手に握った短剣を押しながら薙いで延髄を斬り裂いた。
跳びつく勢いで体当たりしたから押し倒し、クラウチングスタートのように正面のコボルドBにダッシュ。コボルドBは痛む足の力が抜けたのか、ガクンと上半身が前に倒れ、それでも闘争本能に従い、ぼく目掛けてジャンプ。口を大きく開けて黄ばんだ犬歯を剥き出しにして、頭から突撃してきた。ぼくも前のめりのまま、順手に持ち替えていた短剣を全力で握り締めて刺突、腕ごと口腔を貫いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
どうするのが正解かは分からないなりに、上を向いて荒々しく呼吸を繰り返す。なんか今は脳内にいろんなナニかが溢れてヤバい。怖い。
大丈夫、気配察知は起動して周囲に敵はいないと確認済み。しばらく、このままで。
初めての殺し合いでどうにかなったのだろうか。猟師や家の手伝いで鳥やイノシシの解体は何度も経験しているから、血やグロいのがムリってことはない。自分の手を汚すのがムリな人は都会の中でしか生きられないだろうし。
にしても、変だな。戦闘中は軽めの緊張感だったのに、終わってから心臓がバクバク鳴るのなに?
頭の中もナニかが吹き荒れて、身体が成長させられているよ……、あ!
『ナツメ LV14』
「ふ、ふふふ、これがレベルアップ。初戦闘で一気に十四て……、多いのか?」
基準が分かんねー。でもそっかぁ、これがレベルアップかぁ。
体感長めだけど、実際は数分で落ち着いた。身体が強制的に強くなるのはいいことばかりじゃない。多分一気に上がったせいだけど、感覚と動きに差がある。病み上がりのように慣らすの時間がかかりそう。
チラッとコボルドの死体を見下ろしため息をつく。村に持ち帰るのは止めとこ。身体がダルい。でも他のコボルドがいるかも知れない、てかまず確実にいるだろうし、警戒を促すために首だけ切り落としてみんなに見せればいいか。なんでこんなとこを二体でうろついていたんだろ?
『ギョルギヨエ・ドベルチーカン(死体)
ドベルチーカン族のアルファ(リーダー)。
弱そうな少年を侮り返り討ちに遭った。
※権限一、アンロック。次レベルにアクセスしますか?
はい いいえ』
ナツメは全身に鳥肌が立って震えた。なんだこれは?
でも悩むまでもない。はいを強く意識した。
『ギョルギヨエ・ドベルチーカン(死体)
群れを率いて放浪し、ルビーとサファイアの鉱脈を発見。
新天地に拠点を築こうとした矢先、ペプチーノ男爵麾下
の領軍に攻められ壊滅。残党を集めて雌伏すること数年。
復讐対象の村の下見のはずが、対象の少年に殺された』
なんだこれは? なんだこれは?
名状しがたい読後感に包まれ涙がこぼれた。ルビーの右眼とサファイアの左眼から。
大人になったら世界を旅したい。漠然と憧れていたけど、心のどこかで懸念もあった。
異質な自分に対する諦めに似た感情。この世界、面白い人はいるの?
目に見えるヒントをかき集め、自分の頭で考える、そんな知的な人はいるの?
思春期特有の刺々しさといわれたらそうかも知れない。
ただ、もしも箱庭と感じてしまったら、ぼくは、全部壊してしまうかも。
地位、名誉、大金、あとはセックス? 全部しょーもねー。
果たしてこの世界は、一生旅したくなるほどの魅力に溢れているの?
答えは━━。
「そっかぁ、モンスター一体一体も、ちゃんと生きてるのかぁ」
コボルドBは、ギョルギヨエ・ドベルチーカンだってよ。
みんなドラマを持っているのか。なんて世界は広いのだろう。
もっとレベルを上げたら、もっと深い物語を読めるのかな?
もっともっとレベルを上げたら、もっともっと世界は広がるのかな?
じゃあ……。
「やるっきゃないじゃん」




