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雪解け直後のぬかるんだ森の中、ナツメはゆっくり歩きながら地面を見渡していた。
危険はない。鹿や猪は暖かいふもとの森林に降りているし、モンスターなんてもっといない。いるとしてもエサのないこんなところではなくふもとに行くでしょ。
高地に春がくる前、害獣につまみ食いされる前に採っておきたいものがいくつかある。
目当ては薬草のヨモンギ。一般的には固有種と思われているけど、鑑定によると時間をかけて魔力を貯めて葉を丸めるヨモギらしい。いや名前で気付けよ、と思わなくもない。繊細だから栽培不可。
チカット村に魔女のコスプレをするサラソージュというおばさんがいる。チカット村がナツメと同い年くらいに新しい開拓村だから、そこに暮らす村人の年齢層もまだ若く、サラソージュも四十代のはずだけど、本人はオババと呼んでほしいらしい。開拓村に集まる人は大体わけありだから詮索NG、の空気を利用してはっちゃけてる気もする。
そんな彼女は村でひとりの調薬スキル持ち。多種多様の薬草から魔力が抜けないように魔力でなんかして鍋で煮て、怪我や毒や病気に効く各種ポーションを作っているのだが、ナツメの鑑定によるアドバイスを受けてポーションの質が上がり、行商が喜んで買い込むようになり、村に備蓄したい薬は慢性的に不足するようになってしまった。ちゃんと先を考えないと発展って良いことばかりじゃないんだな、とナツメは反省する。
最近は責任を感じて薬草採取にはげみ、オババの店で一冬ポーション作りを手伝い、見事に調薬スキルが生えた。採取スキルはその前に生えている。
わりと簡単に生えるけど、ナツメも、周りも気にしない。生えるだけなら簡単なのだ。資格の入門だけなら簡単なのだ。大事なのは熟練度。当たり前。
今年十四歳になるナツメは、視線をさまよわせて時折しゃがんで葉を摘みながら、漠然と進路に思い悩んでいた。
チカット村は暮らしやすそうと評判がよく、領主の男爵が少しずつ人を送り込んできて、十年前は人口五十人くらいだったのに、三倍にふくらんだ。性格に難のある人も混じってはいるけど、所詮は閉鎖社会で一匹狼が生きられる道理などない。わりと、死人は出る。森に入って不幸な事故死、という形で。むしろ命の軽い世界で軽率な言動をとれる者がどうかしている。どうかしているからつまはじきにされて流れてくるのだろうけど。
冒険者もそういうタイプなのかな。協調性がなくてもギリやっていける、ギリまともな居場所なのかな。
「うーん、やっぱぼくに冒険者はムリだなぁ」
通りすがりの神が聞いたら二度見しそうな寝言をナツメはつぶやく。風を操り体感温度を春にして迷えば餓死確定の眠った森を冒険するような、石橋を叩いて八艘跳びする少年でムリなら適性は誰だと。
ただ、ナツメなりに深刻な事情がある。自分の能力が異常な自覚はあって、冒険者になったら大成すると、魔法の才能の片鱗を見た父オーサムから太鼓判を押された。
いや大成したくねーし。
オーサムから冒険者と冒険者ギルドの仕組みは聞いた。冒険者の主な稼ぎはダンジョン。別のダンジョンに向かう時の小遣い稼ぎに護衛や害獣駆除くらい。野生と違い、ダンジョンのモンスターを倒すと身体が消えて魔石と呼ばれる水晶のような塊が残る。それは田舎では見たこともない魔導具と呼ばれる便利グッズの動力源になるらしく、需要は右肩上がりだそうな。
深層に潜れば潜るほどモンスターは強くなり、魔石の質が上がり、何故か宝箱すら発見できることもあるという。ナツメには意味が分からない。ダンジョンは誰かが運営する遊び場なの?
そうかもな、とオーサムは笑った。世界は謎だらけ。興味は尽きない。
世界を冒険することに否やはないが、冒険者ギルドはいただけない。
魔石を買い取り、その積み重ね、功績によって等級を上げる。
冒険者ランクはFから始まりAが最高。その上のSもあるが、これはもう国家戦力に組み込まれる。拒否権はない。当たり前だが、国家が保有する戦力は、Sランク冒険者よりはるか上だから、個人が拒否したら不穏分子としてその場で始末される。
どこの国家もダンジョンに軍人を送り込んで鍛えている。街や街道の安全を脅かす野生のモンスターとも日々戦っている。国のメンツにかけて全力で最強戦力を保有しようと取り組んでいるのだから、個人が勝てるはずがない。仮に軍人より強い個人が登場したら、その可能性が示唆されただけでも、ダンジョンの利用は軍人のみと国が規制をかけるに決まっている。
という状況を踏まえて、有望が服着た自由人が冒険者ギルドに所属したらどうなるか? どう立ち回っても殺伐とした不自由展開確定だよね。実力者が冒険者ギルドに所属して目立ちたくないと願うのは、芸人がオーディションを受けて売れたくないとほざくのと同じ。お前なにがしたいのって正気を疑われる。
だから、商業ギルドかなぁ。とナツメは何度目かの結論に至る。行商は定期的に巡回する義務があるからしないけど、似た立ち回り、交易商は世界中を旅できるのでは?
不安要素は成功する自信がまったくない点だけど、目利きは無敵だし、食っていくだけならなんとでもなりそう。
ダラダラ歩いて薬草を探しながら考え事にふけり、よし、と顔を上げたら数メートル先の茂みに光点が二つ。
『コボルド
犬頭の人型モンスター。平均身長およそ一五〇センチメートル。
全身獣毛に覆われ、攻撃性高め。群れを作り、光りものを好み、
ひいては鉱山を拠点にしたがることで有名。ドワーフの天敵』
あちゃー、強者ぶってもこれだよダメだなぼくは。
ナツメは未熟な自分に苦笑しながら後腰の鞘から短剣を引き抜き構え、茂みから飛び出すコボルドと対峙した。




