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チカット村のはずれ、森に近い場所に建つ家をナツメは訪ねた。十二歳相応に背は伸びたけど、まだまだ幼く、甲高い声で家主を呼んだ。
「ベックさーん」
「おう、裏だ、こっちこーい」
言われた通りナツメが裏に回ると、一坪程度の小屋の前にベックと呼ばれた青年が腕組みをして立っていた。ナツメが近寄ると、ベックが扉の開いた小屋の中にクイっとあごをしゃくる。
「んじゃ、頼むわ」
「はーい」
小屋の中には枝肉がぶら下がっていて、ナツメは鑑定した。
『イノシシ肉(☆☆)
熟成五日目、湿度管理が万全ではないため
これ以上の放置は危険』
「━━だってさ」
「そっか。湿度管理って炭でも置きゃいいのかな? まぁこれ以上は欲張らないほうがよさそうか。っし、燻製にすっか。ナツメ、ありがとな」
「冬が楽しみ。じゃあねー」
サクっと用事を済ませて、ナツメは家路についた。途中、森を見て立ち止まる。紅葉も終わりかけ、樹上の空が広い。そろそろ冬がくる。そして下に視線を落とすと。
『腐葉土(未)
落ち葉は地中への冷気を防ぎ
一冬かけて堆肥となる』
ナツメはなんとなく秋空を仰いだ。いつの間にかここまで成長した感慨に襲われて。鑑定スキルの文章は、使用者が知識を積めば積むほど詳しくなる。始めはただの土だったのに、落ち葉が春はぐずぐずに腐っていて森が病気にならないのか心配して、土のご飯になると知って驚いて、畑もご飯が大事と気付き、土作りの取り組みによって村の畑は目に見えて収穫が増えた。
そんなナツメの鑑定スキルの有用性はじわじわと村の衆に伝わった。なんせ正解が分かるというのは凄まじい恩恵になる。ベテラン農夫が経験則で正解と思っていたことをもう少し修正したり、ドンピシャで正解だったと分かったり。自分が育てていたものは麦(☆)で、土を手入れしてからは麦(☆☆)と鑑定されて不満などない。
ベックのような猟師からは肉や皮の管理について。各人が素焼きの瓶で楽しんでいる酒造りについて。特産品の家具の出来について。たまに訪れる行商が持ってくる商品について。狭いムラ社会でナツメのスキルは気軽に頼られて、ナツメも喜んで手伝って現在、チカット村は少しずつ存在感を増してきた。そこに軽い危機感を覚える。
「ナツメ兄ちゃーん、なにしてんのー?」
十歳の三人組、トーマ、ジュニア、カリンと弟のリュウがたったか走り寄り、ナツメは笑って応えた。
「なにも。帰るとこ」
「じゃーかくれんぼしよー」
「いーよー」
夕方まで遊び、リュウと手を繋いで改めて家路につきながらナツメはそっとため息をつく。ヤバい。精神年齢が合わない。
弟は年の近い三人組とつるんでいるせいもあって、一人遊びの時間が長く、鑑定スキルを使っては考察を続ける時間が長く、内面の成長が進みすぎた。
鑑定文と行商のおかげで外の常識に触れて、ナツメは自分がおかしいことに気付いている。
どうやら他の人の鑑定スキルは結果だけを教える。麦(☆)なら麦(☆)と。でもナツメが観ると収穫前からこんな感じになる。
『ライ麦(三ヶ月目)(☆)
密集しすぎて風通しが悪い。
天候次第でカビの発生する可能性高め』
さらに質を上げるためにはどうするか? 結果から逆算して次の結果を変えるナツメの使い方はおかしい、……らしい。
チカット村全体の質が少し上がった。それが鑑定スキルのおかげと村のみんなは思っている。呑気に、牧歌的に。他所ではそんな話は聞かない。鑑定スキルにそんな使い途があるなどと知られていない、と気付いているのはナツメだけ。十二歳にしてすでに村の誰よりも博識とか、これは異常だ。
でも流石にこれ以上は不味い。チカット村の領主はペプチーノ男爵になる。村長は代官の役割を持ち、複数の村をまとめる男爵がふもとの町に居を構えている。この男爵に鑑定スキルの有用性を知られたら、きっと利用される。それ自体は特に悪いとはナツメは思わない。別に男爵邸に幽閉されて一生小部屋でなにかを鑑定し続けるとかじゃないのだから、チカット村でしてきたことを男爵のそばでしろというならしてもいい。
ただ……、母さん、絶対元貴族だよね? とナツメは昔を思い出す。目立たないようこんな山村に隠れ潜むように暮らしているわけで、目立ったらなにかしらの厄介事が確定すると思われる。男爵のフルネームは名は聞いたことがなくて、ナントカ・フェルト・ペプチーノという。この国の貴族を示すノーブルネームはフェルト。クリスはクリステル・バーン・ナントカだった。つまり、ここは母さんの生国ではない。そこは安心材料だけど、どうあれお貴族様に目をつけられたら疲れる展開しか予想できない。
ナツメはぼんやり未来を想像して顔をしかめた。美男美女の夫婦のおかげで、ナツメの見た目も整っている。明るい茶髪は自由奔放に柔らかく巻かれてはねて、眠そうな半眼はトロンと下がり気味。言われてみれば気付く程度の色味だけどオッドアイ。左はありふれた碧眼、右は鑑定によると色が抜けて血の赤。涙袋とぷっくら唇は幼いせいで女の子のよう。今は可愛い盛りだけど、十年後は美青年が約束された甘いマスク。
この見た目もトラブルを招きそう、とナツメは冷静に自己分析している。男爵の養子になって寄親関係の誰かに婿入りとか? 寄親が誰かとか貴族のあれこれは聞いただけだからいい加減な想像だけど。
総じて調子に乗らず、年相応の中身を演じるように意識しよう。そうナツメは沈む夕日に誓った。
まぁ、最悪は想定してスキルを磨くけど。
そっと掌を見る。
『ナツメ
鑑定 気力操作 魔力操作 身体強化 気配察知
隠密 短剣術 分子操作 電子操作 プラズマ操作』
ナツメ十二歳、身辺を手練れに守られる上級貴族でもなければ人知れず始末する自信あり。あくまで最悪の場合。




