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早朝から午前中いっぱいは雨が降り、止んだあとも曇天に覆われた灰色の時間。
ナツメは街道から外れた草地の地中に穴を掘って泊まり、そのまま雨宿りで足止めされたせいもあって、革のロングブーツが汚れるのも、ズボンに泥がはねるのもお構いなく駆け足で街道を進んだ。
ねぐら作りも洗濯も、生活魔法で苦にならない。土を押し広げて固めながら一坪程度の地下室はすぐにできるし、汚れは溶け込ませた水ごと弾けば一瞬で乾燥まで終わる。
ただ、快適かといえばそんなことはなく、故郷を出て五日、そろそろ土のベッドに身体が耐えられなくなってきた。
本当は昨夜、土のベッドの上を砂で覆えば柔らかな寝心地になると発見したのだが、もっと早く気付かなかった自分に落ち込んで、さっさとこの感情を新しい記憶で上書きしたかった。
願いは叶った。
見えるか見えないかの粒子、気持ち霧にけぶる昼下がり。
雲の切れ間から天使の梯子を浴びて、城塞のような威容に神々しさが加わる。
緩やかな上り坂を駆け上がった先、眼前にそびえる街が映った。
ほんの少し見下ろすアングル。高さ五メートルくらいの黒い石壁に継ぎ目は見えず、艶はないけどつるつるの外壁は左右一キロメートルくらいは広がってそう。奥行きは見えない。
壁の向こうに屋根が連なる。家も三階建てとか普通にありそう。
誰もが生活魔法くらいは使える。人によって得意不得意はあってできる範囲にバラつきはあるけど、土木が得意なひとが集まるとこんな街も作れるのか。ナツメは初めて見る、聞いたことがあるだけの都会の街並みに息を呑んだ。
街道の終点もしくは始点。馬車がすれ違える三車線くらいの広さの出入り口は、外に向けて開かれた両開きの重厚な門扉に睥睨されつつ、詰め所の兵士が何人もいて、荷を検めたり話をしたり忙しそうに動いている。それでも人の流れはスムーズとはいえず、門のこちらもあちらも順番待ちの人々が不満顔でゆらゆら肩を揺らしている。
『トモコッティ
ディングリー王国クードショ領工業区。
カルッピソ・フェルト・エンジアンノ子爵所領。
東マーガリオル暦611年建設開始。人口約一万人』
試しに門を見ながら鑑定したら街の情報が出た。融通がきく。
もう一声、なんかない?
『トモコッティ
ダンジョン誕生に伴い建設開始。難度が低く、罠も少なく、
一般人にも門戸を開いて大量の魔石獲得が期待されたが、
チュートリアルすぎて長居する人がなく、見た目より過疎』
都会というほど栄えてはいないのか。いや十分賑やかだけど。
これが寂れているならチカット村は廃村か。ナツメは鑑定にバカにされた気がしてムッとした。
ともあれようやく目的地に到着して一安心。行儀良く列に並ぶ。
『トモコッティ
新人ばかりで稼ぐ冒険者がいなくて、
住民の平均レベルが高いせいもあり、
貧民や犯罪者が少なく、治安が良い』
犯罪率はどうなんですかね? とか暇潰しに認識の角度を変えて鑑定して情報を集める。独学で分子電子プラズマの存在に辿り着いたように、この使い方、かなり有用。
『トモコッティ
中央広場の噴水に立つ先代エンジアンノ子爵、
サンダークローズの石膏像は、深夜になると、
煙突から不法侵入して靴下の匂いを嗅ぐとの噂。
トモコッティ七不思議その三』
権限とやらが上がって内容が濃くなったし、おかげで門番と対面するまでにトモコッティ雑学王になった。
「はい次ぃ、君はー、初めて?」
「はい」
「じゃ、入場税二百ペリョンね」
「はい」
「よし通れー、問題起こすなよ」
「はーいお疲れ様でーす」
入場税は村で聞いて用意していたから問題なし。
基本街において、冒険者ギルドに所属して、冒険者証を持っていれば入場はフリーパスになる。ダンジョン中心とはいえ、周囲の害獣やモンスター駆除、街から街への護衛の依頼もあるだろうから当然といえば当然。その代わり冒険者ギルドが報酬から天引きして税を払っている形になる。
それ以外の人は、入場する度に税を払う。街を運営する資金源だからしょうがない。
じゃあ形だけでも冒険者ギルドに所属したほうがお得に思えるが、門番は人を見るプロなわけで、冒険者のフリしたセコいやつは見抜く。詰め所にご案内、からの取り調べに適したスキルもあるからバレる。それほど高額でもない入場税をケチって犯罪者落ちは間抜けだからあまりいない。少しはいるってことだが。
ナツメへの対応もあっさりしたものだ。不審な点はなく、どう見ても田舎から出てきて、これから冒険者ギルドに登録してダンジョンに挑戦する新人、以外のなにものでもないと決めつけている。
街に入ったナツメはおのぼりさんムーブでキョロキョロしつつ、トモコッティ雑学キングとして迷わずダンジョンに向かった。あ、ここの裏路地に入ると近道ね、大丈夫大丈夫この街ゴロツキいないから。
そして路地を出た先の屋台、クチコミランク☆二つの串焼きを注文する。
「一本ちょうだい」
「あいよ、二十ペリョンだよ」
「はい」
「まいどー」
他に客も並んでないしその場でガブリ。
「え……、うっま。なにこれ」
「おう、美味ぇかー、よく味わって食え」
炭火をうちわでパタパタあおぎながら、スキンヘッドのオッサンにっこにこ。
『串焼き(☆☆)
野生のモー牛の炭火焼き。
モモを一口大に切って串に通す。
香草のタレは幼馴染から購入』
「こんなに美味いもの初めて食べた」
母クリスは料理がアレだった。猟師ベックから手伝いの駄賃にもらう燻製肉がご馳走だし、いつも☆ひとつだから薄々勘ぐってはいたけど、比較するものと出会って今気付く衝撃の事実。
「坊主……、苦労したんだな」
「もう一本ちょうだい」
「あいよ、まいどー、たーんと食え」
「あー、ウメぇ。一応聞くけどおっちゃん、世界一のシェフ?」
「言いたくないがフツーだな」
「てことは、ぼく……、まさか」
「坊主、過去は振り返らず強く生きろ」
「この先大抵のものは美味く感じる幸せボディかよサイコー」
「未来しか見てなかったお前自己啓発とは無縁だろうなウラヤマー」
腹も心も満たされて、街の中央に位置する場違いな岩山、けれど街の中心といえるダンジョンに到着。
二階建て一軒家くらいのこんもりした岩山に、縦横二メートルほどぽっかり空いた入口は暗くて中が見えない。
鑑定によるとダンジョン内は別の世界らしい。
では行きますかと迷いなく進む少年を近くの兵士が止めた。
「ちょ、君、いくらここがヌルいダンジョンでもソロでその軽装はふざけんな。死にたいのか」
くたびれた麻のチェニックにズボン、泥だらけの革ブーツ、刃渡り三十センチメートルの短剣を後腰に佩き、背負い袋の紐を肩越しに左手で握る標準村人は右手を兵士に突きつけた。手を開いて、掌には一枚の銅貨。
「全財産」
「グッドラック」
若いって素敵に無敵。オネェなつぶやきを背中に受けて、ナツメは臆せず暗闇に入った。




