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お昼前のうららかな陽気のもと、トモコッティを出たナツメは街道をのんびり歩いていた。
土を叩き固めただけの道とはいえ、都市間を繋ぐ幹線だから広く平らで歩きやすく、四本の轍がクッキリ掘られた二車線を馬車が行き交い、ナツメと同じく歩きの人も多い。目の前を歩く、空のリヤカーを引く農夫っぽい人は、トモコッティに野菜を卸す近所の村人とかかな? 向こうから来てすれ違う馬車はなにを運んでいるのだろう。
『馬車(☆)
積荷。モー牛の枝肉、塩、水鳥の羽根ペン』
道の外は地平線まで……、は言い過ぎだとしても見渡す限りの耕作地が広がり、獣対策か、木の柵で細かく仕切られている。まだ種蒔きの段階だから、剥き出しの土だらけ。ずーっと遠くまで見えて、野良仕事に励む農夫に母の姿を重ねてナツメは目をそらした。ホームシックにかかるのは早すぎる。
開拓前線のチカット村は、少しはモンスターへの警戒があったけど、この辺りは平和そのものだね、とナツメは常識を更新していく。
基本、人の生活圏にモンスターはいない。軍が最優先で駆逐する。逆にそれができない地域に村や街は作らない。当たり前だけどね。仮に五十年に一度の低確率でも全滅がありえる村があるとして、誰が住むんだよ。
行商も同じ。仮に十年に一度は殺される危険に遭う職業が行商だとして、誰がなるんだよ。そんな世界線の商人は冒険者より冒険して人々のライフラインを守る勇者やんけ。
野生の獣が食べ物の匂いにつられて襲ってくる場合はありえるから、低確率の危険も嫌う商人は冒険者を雇うらしいけど。
街道は安全だから利用する。街道の周囲も安全だから農地にする。そしてナツメ、暇を持て余す。
いや考察は無限に楽しむから暇なんて感じたことは一度もないけどね。おや、軽装ながらいかにも兵士な雰囲気のオニーサンが馬に乗って駆け抜けた。腰を浮かせて爆走、危ないなぁ。轍で足首グネったらお馬さんが可哀想でしょ。なにをそんなに慌てているんだい?
『急使の書状
トモコッティ ボウケンシャ ギルド
マセキ ヨコナガシ ハッカク シキュウ
ギルド スベテ チョウサ サレタシ
カルッピソ・フェルト・エンジアンノ子爵』
土埃を上げて去る背中を見て冷や汗がこめかみを伝う。隠している書状が読めるんだ。しかも勝手に暗号解読してね? 鑑定スキルの権限二になるとヤベぇな。もうぼくの中のイマジナリー王様が地団駄踏んで「余の臣下に下れっつってんでしょうがこのバカチンがぁぁ」とか情緒不安定になってきた。
子爵サマはアレだな。私も今知ったのです、てポーズを必死にアピろうとしてんだろうね。数日前に知って闇に葬ろうか悩んでいたら街人に知られて大騒ぎになってどうする私ぃぃぃ、てアタフタしてそうウケる。
ま、それはそれとして。
放火犯のくせに他人事のナツメは懐から手の平サイズの木片を取り出して観察した。
やや縦長の四角形の板。四角を鉄で補強と留め金になっていて、羊皮紙を伸ばすように張り付けてあり、ナツメの名と今日の日付け、商業ギルドの落款というのか? 天秤を模した焼印がおされている。
これが商業ギルドの会員証。シンプルだけどこんなもんだよね。すべての会員の登録控えがどこかに保存されるとか、どこのギルドに行ってもぼくの情報が筒抜けとか、そんなシステムは構築不可能だろうし。
ギルドからすれば、この日付けから一年以内にぼくが金貨十枚納めるかどうかだけが重要になる。納めたらまたなにかの焼印がおされるのだろう。余白の広さから考えて、十年に一度くらいのペースでこの羊皮紙を交換って感じかな。
あとは意味不明の記号と数字が一行書かれている。コイツFランクの新米って意味の符丁とみた。
『38M8RW
商業ギルド職員専用の符丁。
Fランク、問題なし、将来性E』
「余計なお世話っ。そして思った以上にゲスかった」
融資の参考程度の情報なんだろうけどイヤラシイな。FもEも使ってないトコが無性に気持ち悪い。
ランクを堂々と書かないのは、普通人に自慢することじゃないのと、こんなもの簡単に偽造できそうだから詐欺に使われるのを防ぐため、かな。
“ワタクシAランクの商人です。この会員証が証拠。納得しましたか? 実は美味しい儲け話がありまして、一枚噛みませんか?”
“ワタクシBランクの商人ですよ? ホラ、会員証。このワタクシが目利きした幸せの壺が偽物のわけないでしょ失敬な。金貨二百枚で譲って差し上げましょう”
とかどーせ前例があって今の形に落ち着いたんでしょ。ギルドが共犯にされたらたまらないからね。そりゃ隠す。
他にも例えばCランクと分かるバッジがあるとして、それをつけてFランクだらけの露店巡りしたら、本人に他意はなかったとしても、下品にもほどがある。
将来性Eってのはアレか、ぼくはさっき手続きに立ち会った職員に、コイツどう頑張ってもEランク止まりの炎上転売ヤープププ、と思われたってことか? 香油で七三分けをテカらせた鷲鼻ヒョロガリの分際で(※でまかせ。そこまで観察して覚えてない)。
あー、なんか滾ってきたぁ。これが商魂ってヤツか。
農地の終わりを通り過ぎ、まばらな林が右、東側に広がる辺り、街道を外れて少し遠いけど森の奥を目指す。まずはリヤカー作ろうリヤカー。
商人たるもの、たくさん物を運んで稼がなきゃいけないわけで、馬と荷車はないからせめてリヤカーくらいは手作りで用意してしまおう。
本当はそういう諸々もトモコッティで揃えてスタートするつもりだったのに、おのれ冒険者ギルド。
次に目指すダンジョン都市は王都、プレイアザル。ここから徒歩三日の予定。
ぼくの生まれ育った国、ディングリー王国の歴史について、聞いた話と鑑定情報を合わせた推測を要約すると、始まりはこの辺りを治める、意外とチカット村に近い位置に王都を構えた小国だったらしい。
そこからチカット村のある北側は険しい山脈に蓋をされて、強いモンスターも多く、数百年かけて海に面した南側へ侵略を繰り返し、それなりに国力が上がり、今は北側の開拓も進めている、というわけ。
つまりこの辺りはまだ原生林が多くてただで木材ゲットだぜ。
王都のある南に行けば行くほど誰の土地とか厳しそうだから、できることはできそうなうちにやってしまおう。
樵の息子として、木の扱いには慎重にならざるをえない。基本国土は王の物、最低でも村から見える範囲の土地の物は村の共有財産、という価値観が強く、そのへんの木を勝手に切り倒すところを他人に見られとトラブルになる。
まぁ見えない土地まで行ってコソコソパクるんだけど。バレなきゃセーフの精神で。




